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宴〜EN〜−3

 日番谷が九番隊の隊舎に行くと、檜佐木はいなかった。
 丁度早めの昼食を食べに行ったところだと聞いたので、 九番隊の食堂へ行ってみると、まだそれほど混んでいな い食堂で、すぐに檜佐木をみつけた。
 日番谷も軽いメニューで食事を盆に取ると、檜佐木の いるテーブルに向かった。
「…隣、いいか?」
「あぁ?」
 声をかけると、ガラの悪い調子で答えながら、檜佐木 が振り向いた。
 その左頬には、打撲の痕があった。
「あれ、なんだお前、顔、痣になってんぞ?」
「ひ、ひひひ、日番谷隊長!」
 檜佐木は日番谷と気付いたとたんに箸を落とし、椅子 を倒しそうになりながら、慌てて立ち上がった。
「こ、こんなムサいところでよろしければ、どどど、ど うぞ座って下さい!」
「イヤ別に、ムサくもないし」
 過剰な反応に驚きながらも日番谷が隣に盆を置くと、 檜佐木はぼーっと立ったまま、じっと日番谷を見下ろし ている。
 その目が何を言っているか敏感に感じ取って、日番谷 はキッと睨み上げた。
 たいていの者は初めてないしはまれに日番谷を近くで 見ると、『小さい』等と改めて思うらしいのだ。
「テメエの考えてること、読めるぞ、檜佐木」
「えっ!うわわ、スンマセン!いやその、俺は、決して そんな…!」
「言っとくけどテメエらがデカいだけだし、俺はこれか らまだまだ成長するからな?」
「ほえ?…は、はい、もちろんですとも!」
 一瞬きょとんとした檜佐木は、すぐに背筋を伸ばし、 大きく頷きながら返事をした。
「…ところでお前さ、…昨日、松本んとこに、櫛忘れて っただろ?」
 ようやく檜佐木と並んで座ると、食事を始めながら切 り出した。
「え?…ああ、あれ。…もしかして日番谷隊長、その櫛 のことで俺んとこ来たんスか?」
「あ、ああ、まあな…」
「あれが『縁の櫛』ってご存知なんですか?」
「じゃあ、やっぱり本物なのか」
 意外に有名な櫛らしい。
 日番谷は少し考えてから、雛森の昔の縁と、そんな理 由で彼女に櫛を譲ってもらえないかと話してみた。
 檜佐木はその話を真剣に聞いていたが、聞き終わると 答える前に、感心したように嘆息して、
「へえ〜、なんか、すごいなあ。本当に、『縁の櫛』なん スねえ〜」
「いや、その実力の程は定かじゃねえけどな」
 事実松本にフラれた檜佐木に、日番谷は意地悪を言う つもりもなく言うが、檜佐木も気にした様子もなく、い やあ、俺は、効力抜群って気がしてきました、と言った。
「最初乱菊さんに贈ろうとしたんスけどね、軽〜く返さ れちゃいまして…。やっぱこんなの偽物だ、あんな言い 伝えは嘘っぱちだと確かにちょっと思ったりしましたけ ど、こうして色々総合して考えると、やっぱり素敵なご 縁を呼び寄せてくれたような気がします」
「そうなのか?」
「いや、その」
 檜佐木はほんのり頬を染め、目を逸らして皿の上の肉 を口に運んだ。
「でもスイマセン。あれ、実はもう俺、持ってなくて」
「えっ、そうなのか」
「あの櫛は、縁が叶ったら手放さないと、『えん』が『怨』 になって不和を招くって言うじゃないですか。それがあ の櫛が人から人へと渡ってゆく理由なんですけど」
「へえ…」
「俺もまあ、その、乱菊さんとの艶はうまくいきません でしたけど、その櫛を返された時に、ちょっと足が滑っ てすっ転んで、期せずしてあの神々の谷間に…」
 ほえ〜っと頬を赤くして、檜佐木はうっとりと思い出 すように、緩みきった顔になった。
「ま、代償として、ブン殴られましたけど。いい目みた んで、これがこの櫛の縁だか艶だか円なんだと思って、 早く手放さなくちゃ、と思いましてね」
 その頬の痣はそのせいか、と呆れて、日番谷は一瞬遠 い目になった。
「あっ、日番谷隊長、今呆れましたね?!あの胸に、ど れだけの男達が憧れてると思ってるんですか!それを、 毎日あんなに近くで…あまつさえ、俺なら死んでもいい と思えるような、夢のような抱擁を受けたりして…」
「イヤ、ホントに死ぬから」
 うんざりした顔をする日番谷を見て、檜佐木は「日番 谷隊長には、まだあの良さがわからないんですかねえ」
と言ってため息をついた。
「『まだ』っつーか、永遠にわかりそうもないぞ、俺には。 第一、胸だけ歩いてるわけじゃねえんだからな?松本に くっついてるんだからな?」
「だから尚更いいんじゃないスか!」
 どうやら檜佐木とは、永遠に分かり合えなさそうだ。
 いつまでもそんな話をしていても仕方がないので、日 番谷は話を戻すことにした。
「…で、結局今は、誰が持ってるんだ?」
「恋次に渡しました。シケた面してやがったから」
「阿散井に?」
「もしかして恋次んとこ行かれるおつもりでしたら、俺 も付き合わせていただきますよ。話、つけやすいでしょ う?」  にっこりと笑って、檜佐木が願ってもない申し入れを してくれた。
「ホントか?助かるよ」
「いやあ、これも『縁』ってことで」
 檜佐木はテれたように笑ってお冷を飲み干すと、「じゃ、 食い終わったら、早速行きましょう」と言った。