.

ボクの可愛いサンタさん−2

 会が終わったのはもう夜中だったが、お開きになると、日番谷は松本と連れ立って一度私室へ戻った。
 今日はふたりで過ごそうと市丸に言われていたが、何やら色々と期待してるっぽい市丸の様子に、思わず逃げ腰になってしまった。
 市丸にはなんというか、変な趣味があって、すぐに変なことをしたがるので、こういう行事の日は、特に危ないのだ。
 そんな日にプレゼントなどを持って現れてしまったら、どんな目に会うかわかったもんじゃない。
 せっかく用意したのに無念でならないが、自分の身が可愛かったら、仕方のない判断だと思っていた。
 だが、松本のこの作戦だったら。
 プレゼントも無駄にしなくて済むし、まんまと危機も逃れられる。
 本当は日番谷だって市丸のことを好きだったから、プレゼントを喜んでもらいたかったし、現世で買ったオシャレなマフラーを巻いた市丸の姿を見てみたかった。
 すっかり諦めていたけれど、実現するかもしれないとなって、俄然勇気が湧いてきた。
 ただ、その前に…、
「本当にこんな格好しなくちゃいけねえのかよ?」
「はい、サンタさんになるんですから」
 今回のクリスマス会で日番谷に着てもらおうと用意したというサンタの衣装を着せられて、日番谷はタメ息をついた。
 松本がなぜこんなに協力してくれるかというと、隊長思いということもあるのだろうが、この姿をひと目見たかったのだそうな。
 可愛い可愛いと大喜びをされて嬉しくはなかったが、これも礼だと思えば、仕方がない。
 会で着るのは我慢できないが、今見ているのは松本だけだし、市丸の部屋に行っても、奴は寝ている。
 はずだ。
 あの後睡眠薬入りのチョコレートを持って、市丸のところへ行った。
 隅っこへ誘い出して、小さな声で、今晩、お前の部屋へ行くから、と言ったら、市丸は飛び上がるほど、喜んだ。
「ほんま、ほんま?ほんまに来てくれるん?ふたりでイブを過ごせるん?」
「…ああ」
 あまりに喜ぶので、少々胸が痛んだが、背に腹はかえられない。
 松本に教えられたとおり、チョコレートの箱を渡して、
「…これ、松本にもらったんだけど。今晩会う前に、お前に食ってもらっておいたら、いいことがあるって」
「乱菊が?…チョコレート?」
「クリスマスプレゼントだって言ってた」
「こないなもん食べんでも、ボクは十分元気なんやけど」
 すぐに察したらしく、市丸は満更でもない顔をした。
「せやけどせっかくやから、もろうとこか」
 あっさり受け取って、市丸は嬉しそうに笑って、
「なあ、このままふたりで消えるいうんはどうやろ?」
「バカヤロ。絶対ダメ。後で絶対行くから、それ食って、待っとけ」
「うわあ、大胆なお誘いや〜。夢やないやろか。乱菊とふたりで、何か企んでへんやろね?」
 鋭く言われてドキッとしたが、それをごまかすようにキッと睨むと、
「…クリスマスだぞ」
「クリスマスやね?」
「クリスマスは、こ、こい、こい…」
 恋人達の夜なんだろ、とかなんとか市丸が喜びそうなことを言ってごまかそうと思ったのに、悲しいかな、その単語が言えなかった。
「こい?」
 市丸が、口が耳まで裂けてるんじゃないかと思うほどにんまりと切れ上がる笑みを浮かべて、嬉しそうに聞き返してくる。
「…とにかく、特別な夜なんだ!」
 乱暴にごまかして、真っ赤になってしまった顔を隠すために、慌てて向きを変え、逃げるように席へ戻った。
 あの様子なら、喜んでチョコレートを食べて、準備して待っているはずだ。
 涅ネムにもらったものだから、効き目も確かなはずだ。
「隊長、これ」
 松本が、白い大きな袋にプレゼントを入れて、手渡してくれた。
「よし。では、行くか」
 何か大きな任務に出かけるような気分になって、日番谷は大きく息を吸って、吐いた。
「世話になったな、松本」
「いいえ〜。隊長の可愛いサンタ服姿を見られたんで、十分です。プレゼント、喜んでくれるといいですね。喜ばないわけないですけど」
 あの流れからしたら、ちょっとは拗ねるかもしれないが、プレゼントそのものは、受け取ってくれるだろう。
 とても手触りがよかったし温かかったから、使ってくれるんじゃないかとも思う。
「じゃあな、松本。お前もこの後、あんまり飲みすぎるなよ?」
 松本は日番谷のために一度戻ってくれたが、この後また、有志の二次会三次会に参加するらしかった。
「はぁい。いってらっしゃい、隊長。メリークリスマス♪」
 松本に送られて、日番谷は部屋を出た。
 サンタの格好などをして恥ずかしいから、屋根から屋根へ、瞬歩まで使って、三番隊へと向かう。
 こっそり忍び込んでプレゼントを置いてくるなんて、本当にサンタみたいだ。
 市丸の部屋へ着くと、霊圧を消したまま、こっそり中の様子を窺う。
 市丸の霊圧は静かに安定していて、眠っているようだった。
 そっと中を覗くと、部屋にはろうそくがたくさん灯されていた。
 日番谷を迎える準備なのだろうか。
 いつもは殺風景な部屋なのに、部屋の隅には小型のツリーが飾られていて、ピカピカライトが点滅している。
 部屋の中央にはテーブルが置かれ、真ん中にロウソクの立ったケーキと、美しい緑のシャンパンの瓶と、美しい透明なグラスが並べて置いてあった。
 幻想的なその光景に一瞬息を飲んで、素早く市丸の姿を探す。
 開け放たれた奥の部屋の布団の上で、倒れるように眠っていた。
 どうやら本当に眠っているとみて、日番谷は安心して、部屋に入った。
(こいつ、こんな準備なんかしやがって…)
 早くも日番谷は、眠り薬なんか盛って、市丸の気持ちを踏みにじってしまったことを、後悔し始めていた。
 だが、ふたりでケーキを食べたりシャンパンを飲んだりするだけならいいが、その先を考えると、やっぱり腰が引けてしまう。
 日番谷があんなことを言ってチョコレートを渡したから、煽ったことは間違いないが、だからよけいに、今は情けなどかけてはいけない。
 とにかく今夜の任務は、市丸の枕元にプレゼントを置いて帰ることだ。
 松本が言うには、サンタクロースは枕元に用意された靴下の中にプレゼントを入れてゆくそうで、その演出をしたかったが、そんな巨大な靴下などないから、サンタの袋ごと下げていくことにした。
 万が一にも市丸が起きないように、そっと足音を忍ばせて、奥の部屋へ入った。
 袋を下ろし、枕方向の壁に画鋲でしっかりと留めた。
(…ヨシ!)
 ろうそくは危ないから、全部吹き消していこう。
 市丸の気持ちが胸に痛いから、なるべく見ないようにして帰ろう。
 そう思いながら踵を返そうとしたとたん、
「…サンタさんや…」
 不吉な声が後ろから聞こえて、日番谷は冷や汗とともに、ピタリと動きを止めた。