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ボクの可愛いサンタさん−1

 普段気の抜けないハードな仕事に身を置く死神達は、飲んで食べて楽しく騒ぐための口実があれば、何にでも飛びつき、楽しむことにためらいはなかった。
 今日は12月24日、現世でいう、クリスマスイブだ。
 浮竹が呼び掛けて、京楽がセッティングをし、斑目や阿散井達副隊長クラスが準備を進めたクリスマス会は今、盛大に盛り上がっていた。
「ね〜、だから隊長〜、せっかくなんですから、隊長もサンタさん着たらいいのに〜。隊長サイズのものも、ちゃんと用意してあるんですよう〜」
「誰が着るか。くだらねえ」
「絶対可愛いですって〜」
「可愛くなくていい」
 この楽しい会で、何故か最初から少々ご機嫌斜めな日番谷に、シャンパンを片手に、松本が上機嫌で擦り寄っていた。
「でも、クリスマス会ですし〜、みんなでクリスマスの衣装を着よう!って盛り上げてるんじゃないですか〜」
 広い座敷の上座の中央に、クリスマスツリー。
 その両側にはズラリとクリスマスの衣装が並べておいてあり、着替え自由となってた。
 皆がクリスマスという行事のことをどこまでわかっているのかは怪しいが、皆サンタの衣装やらトナカイの着ぐるみやらを着たり、緑の服を着て飾りを付け、頭に星を付けてツリーに扮していたりしている。
 クリスマスに関係しているものならなんでもOKで、ちょっとした仮装パーティーみたいだった。
 松本は超ミニのサンタ服に身を包み、男達の熱い視線を集めていた。
「あっ、わかった。せっかくのクリスマスなのに、ギンと二人で過ごせないから、ご機嫌ナナメなんですね?」
「ンなワケあるか。なんで、わざわざ今日まで、あいつと過ごさにゃならんのだ」
 市丸の名前が出たとたん、日番谷の目は、ますます吊り上がった。
 日番谷と市丸はおそらく付き合っていて、たぶん恋人同士だ。
 最初からストーカー気味の市丸とツンデレな日番谷だったから、たぶん、おそらく、などと言ってしまうが、間違いないはずだ。
 なによりの証拠に、この間現世へ任務に行った時、二人で市丸へのクリスマスプレゼントを買ってきたばかりなのだ。
 丁度この時期現世はクリスマスカラー一色で、じゃんじゃん流されるクリスマスソングと、ショップはもちろん、民家や公園にまでイルミネーションが施され、あちこちにサンタやツリーが溢れている様子に、日番谷は最初、度肝を抜かれたようだった。
「なんだ、これは!」
「クリスマスですよう〜、隊長」
 もちろん任務が優先だったが、日番谷にとってもその様子には心惹かれるものがあったらしく、珍しく任務終了後に、少し現世を見て回ることになった。
「…ふうん。あのサンタとかいうじいさんが、トナカイの引くそりに乗って、子供達のところへ夜中にプレゼントを配って回るのか」
「ま、基本はそうですね。あと、恋人がサンタクロースということで、カップルではお互いにプレゼントを渡し合うことになってます」
「恋人がサンタクロース?」
「そうです。隊長にはギンが、サンタさんになってプレゼントを持って来てくれますよ?」
「…この間、誕生日でもらったばっかりだ」
「それとこれとは、また別ですよ〜う。…隊長、何もらったんですか?」
 てっきり否定すると思ったのに、さらりと返した日番谷に、松本は内心驚き興奮し、チャンスとばかりに猛烈に深く聞きたかったが、努めてさりげなく聞いてみた。
「なんでもいいだろ。…あいつが寄越すものなんか、くだらねえもんだよ」
 言いながらもちょっと頬を染めて目を逸らすあたり、本当はけっこうもらって嬉しかったとみた。
 それとも、本当にくだらないものでも、市丸がくれたということが、嬉しいのかもしれない。
(うわ、隊長、かっわいい〜!なによう〜、やっぱりラブラブなんじゃない!)
 市丸を喜ばせてやろうなんて気持ちは毛頭ないのだが、日番谷には幸せになってほしかったし、こういう日番谷は、本当に可愛い。
 現世のクリスマスの雰囲気に飲まれたのか、珍しく隙のある日番谷に、松本はここぞとばかりに、
「で、隊長は、クリスマスに何をギンに贈るんですか?」
「えっ?」
 松本の言葉は思ってもみなかったものらしく、日番谷は驚いたように、振り返った。
「だって、隊長にとってギンがサンタさんなら、ギンにとっては隊長がサンタさんですよ。何か、隊長も贈らないと」
「そ、そうなのか?」
「そうですよ」
 自信満々に松本が言うと、日番谷は珍しく、少々揺らいだようだった。
「まさか、隊長がプレゼント用意しているなんて思ってないでしょうから、ギン、驚くと思いますよ。すっごく、喜ぶでしょうね。そうなったら、こっちのもんですよ。何でも隊長の思うまま…まあ、いつものことでしょうけど」
 バチンとウインクして言うと、その言葉にも、心を動かされたようだった。
「そうか…驚くか…」
 真剣な顔をして、本当に検討を始めたようだった。
「せっかくですから、現世で買っていきましょう?何でも揃ってますし、ラッピングもクリスマス仕様にしてもらえます」
「…そうか」
 満更でもない顔をして、日番谷は本当に、市丸へのプレゼントを買って帰ったのだった。
(あんなに可愛かったのに、コッチ戻ったら、すっかりいつもの隊長に戻っちゃったんだから)
 やはり現世のあの独特の雰囲気に、魔法をかけられていただけなのかもしれない。
 瀞霊廷に戻って正気に戻っただけなのかも。
(でも、プレゼントは買ったんだし)
 それはもう可愛らしく真剣に、デパート中を見て回り、市丸がいつも寒そうだからと、ストールというか、巨大なマフラーを買っていた。
 あたしにも買ってと思わず言いたくなったくらい、カシミアの上等なものだった。
(あれは、いつどうやって渡すつもりなのかしらね?)
 見ている限り、イブだからといって、今日特別会う予定もないみたいに見えた。
 そうでなかったらこんな会などに参加しないで、ふたりで過ごしているだろう。
 まだ瀞霊廷では、それほどクリスマスが浸透しているわけでもなかったから、現世ほどは特別な夜という意識もないのかもしれない。
(でも、ギンがこの夜を見逃すはずもないと思うんだけどな。その割には隊長、クリスマス会に、一も二もなく参加するって言ったし)
 チラリと見ると、市丸は女の子達に捕まっていた。
 別に日番谷は、それがおもしろくないというわけでもないだろうが。
「隊長、クリスマスプレゼントは」
 そっと聞いてみたとたん、睨まれた。
「クリスマスプレゼント?なんだ、それ」
「ギンに買った」
「あれはもう、渡すのやめた」
「えっ!どうしてですか?」
 高かったのに、という言葉は、引っ込めた。
「あの時は、なんか、雰囲気で買っちまったけど、よく考えたら」
「よく考えたら?」
「いつ、どうやって渡すんだ?」
「…」
 それでご機嫌が悪かったのかな、と突然松本は理解した。
 それはもうきれいにクリスマスのラッピングをされた大きなプレゼントを渡すのは、日番谷にとっては、どれほどの勇気がいることなのか、松本にはわからないが、想像はできる。
 なにしろそれを手で持っている時点で、クリスマスプレゼント用意してきましたと丸わかりな状態だ。
 渡すには、自分の部屋に市丸を呼ぶしかない。
 そして恐らく、自分の部屋に誘うことも、まだ日番谷にはできないのだ。
(バカね、ギン。それくらい察して、部屋におしかけなさいよ!)
 いや、察せないかもしれない。
 まさか、日番谷が自分にプレゼントを用意しているなど、思ってもいないだろうから。
 もしかしたら市丸も同じ理由で、なんとしても自分の部屋に呼びたかったのかもしれない。
 日番谷にはプレゼントがあるなどと口が裂けても言えないだろうし、市丸の部屋まで持っていく勇気もなく、挫折した結果、ふたりで会うということそのものから逃げて、こんな会に参加してしまったのかもしれない。
 これは想像でしかないが、どんな理由にせよ、せっかく珍しく日番谷が頑張ったのに、このままでは可哀相だ。
 松本は少し考えてから、どんと胸を叩いて、
「わかりました隊長、私に任せてください」
「は?」
「いい考えがあるんです。ちょっと待っててくださいね」
 言って松本は立ち上がり、涅ネムのところへ行った。
 要は、日番谷に口実とか、逃げ道を作ってやればいいのだ。
 恥ずかしい思いをしないで、プレゼントを渡す方法。
 もちろん市丸はプレゼントよりも他のことを期待しているだろうが、そんなことは知ったことではない。
 日番谷の一番の目的は、とにかくプレゼントを渡すことだ。
 そこだけに焦点を合わせれば、できないこともないと思った。
「隊長、お待たせしました。これを」
「なんだ、これ?」
 渡した箱を見て、日番谷は眉を寄せた。
「睡眠薬入りの、チョコレートです。これをギンに食べさせて、寝ている間に、プレゼントを枕元に置いてくるんです」
「な、なんだと?!」
「驚くことはありません。サンタさんは本来、寝ている間に来ることになっているんですから。隊長はあくまで、サンタさんが来たと言い張ればいいんです。もちろんギンには、サンタさんの正体はわかっているので、大丈夫です」
 松本が言うと、日番谷は目をまん丸にして、その案を検討し始めた。
「…そうか。サンタが来たことにすればいいのか。まあ、恋人がサンタクロースなんだもんな。何のおかしいこともないよな」
 熱心に考えるあまり、自分で恋人と言っていることにも、気付いていないようだった。
 ふだんめったに見せない日番谷のそんな顔に、松本はワクワクしながら、頷いた。
「その通りです。朝起きてびっくり、というのも、本来のクリスマスの醍醐味です」
「そうか。…でも、どうやってこのチョコ食わせればいいんだ?食ってすぐ効くのか?効き目の持続時間は、どれくらいだ?お前も食えとか言われたら困るし、変な場所で食われても困るし」
「簡単ですよ。隊長なら」
 まんまとのってきた日番谷に、松本は満面の笑みで答えた。