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ちっちゃな店長さん−6

 ギンは否定していたが、この時点では日番谷は、阿散井を信用していた。
 少なくとも疑われるような行為をしていなかったなら、いくらギンをよく思っていないからといって、阿散井がそんなことを言うはずがない。
 金を持っているようだったから、万引きなどする必要などないと思うが、こういうことは、金がないという理由ばかりでするわけではないと聞く。
 平気でストーカーをするような奴だから、万引きくらいしかねないと、無意識に決めつけていたかもしれない。
 それとも、これも日番谷の気を引くためなのか…そういう理由でも、やりかねないとすら思っていた。
 ストーカーは、日番谷は男だし、まだまだ法律でなんとかしてもらうには、厳しい状況だ。だが、万引きなら完全に犯罪だ。
 ギンに、自分が何をしているのか目を覚まさせるためにも、いい機会だと思った。
「市丸、悪いが、こう言っているからには、調べさせてもらわないといけない。そして商品が出てきたら、警察に通報させてもらうことになる」
 日番谷が言うと、阿散井が勢い込んで、オラ、脱げ、テメエ!とギンの上着を掴んだ。
「…ボクの名前、覚えとってくれはったんやねえ、可愛え店長さん。お店では、ボクの立場を思いやって、わざと名前呼ばんといてくれたんや。…優しい子」
 こんな状況なのに、ギンは嬉しそう…という表現だけでは足りない、気味の悪いうすら笑いを浮かべ、蛇のような目で日番谷を見たが、
「テメエ、この変態野郎!いやらしい目で店長見てんじゃねえ!」
 ますます怒った阿散井がギンの襟元を引っぱろうとすると、ギンはさっと冷たい顔に戻ってその手を掴み、ギリッと捻り上げた。
「離してんか」
「…!テメエ!」
「調べさせたってもええけども」
 阿散井にこれだけすごまれても全く怯みもせず、ギンはひたと日番谷だけを見据えて、冷静な声で言った。
「もう一度言うとくよ。してへん言うとるんに、そこまで疑うて、ボクが万引きしたとかゆうそのゴムが出てきいへんかったら、責任とってもらうで?」
「偉そうなこと言ってンじゃねえ!」
「待て、阿散井」
 そんな言葉に怯んで、調べないで済ますわけにはいかない。それに、店ではあれほど騒いでいたのに、事務所に入ったとたんに冷静になっているギンに対し、頭に血が上っている阿散井に任せるわけにもいかない。これは、店長の仕事だ。
 それに店は混んでいたし、黒崎と花太郎だけに任せておくのも心配だった。
「あとは俺に任せて、阿散井は店に戻れ」
「ええっ!店長がひとりで?危ないッスよ?店長にストーカーした挙句、ゴムを万引きするような変態ですよ?!」
「失礼やな、キミ!これで何も出てこんかったら、この店訴えるで?」
「わかったから。とにかく阿散井は、店に戻れ。何かあったら、呼ぶ」
「ですが店長…」
「こいつがこういう態度に出てるからには、お前みたいに頭に血が上ってる奴が一緒だと、よけいややこしくなる。店も混んでるし、あっち手伝ってこい」
 阿散井を隅に寄せ、小さな声で言って追い出すと、阿散井はしぶしぶ従った。
「さて、市丸」
 ドアを閉め、ギンに向き直ると、ギンは唇の端を、にいっと上げて笑った。
「ようやっと、ふたりきりやね?」
 その笑顔と声と言葉に、本当にギンはここでふたりきりになるために万引きをしたのではないかと思えてしまい、ゾッとする。
「…まず、免許証出せ」
「あは」
 肩をすくめて見せるが、ギンは大人しく免許証を出し、机に放った。
 それを取り上げて見ると、確かに名前は市丸ギンとなっていて、住所もこの近所だった。
「これは、話が終わるまで、預かっておく」
「ええけども。どうやらこの責任とってくれはるんは、阿散井クンやのうて、店長さんてことになったみたいやね?」
 脅しをかけるように、ギンが静かな低い声で言った。
 一瞬だけ、ここまでギンが言うからには、本当に万引きなどしていないか、もしくはそのゴムとやらは、すでにどこかに捨ててしまったのではないかと思った。
(いや、見てすぐ阿散井が取り押さえたみたいだし、どこにも何も落ちてなかったし、どこかにやる時間もなかったはずだ)
 なら、ギンがどこかに隠し持っているはずなのだ。
「責任はとる。…その上着、調べさせてもらうぞ」
「簡単に言わはるけど」
 不遜に笑ったまま、ギンは言った。
「あんたらがボクにしたこと、どういうことか、ほんまにわかってはるんやろか?」
 一歩近づこうとして、日番谷は足を止めた。
「キミが来てから、この店、ぎょうさんお客さんくるようなったね?さっきも、ぎょうさんいてはった。その人達みんなの前で、ボク、万引き犯呼ばわりされたんやで?」
「…そういう話は、何も出てこなかった時にしろ」
「あかん。これはボクの名誉の問題や。キミも今、ボクを疑うてる。万引き犯扱いして、身体検査なんしようとしてはる。これで無実やっても、その事実は消えへん。さっき店におったお客さん達も、ボクに疑いかかったいう記憶は、消えへん」
「だからそういう話は、なかった時に聞くと言っている」
「なかった時。どう責任とらはるつもりやの?」
「今話しても、仕方がない」
「言うとくけど、お金で解決するつもりやったら、受け入れへんよ?」
 なぜ今こんな交渉が始まるのか。
 日番谷の眉が、ピクリと上がった。
「もしも何も出てこうへんで、ボクの無実が証明されたら、キミが。ボクの納得する方法で責任とってくれはる言うんやったら、身体検査でもなんでも好きにしたらええよ」
「お前の納得する方法だと?」
「そうや」
 狡そうに笑うギンに、もしも、もしも万が一本当に何も出てこなかったら、この男が自分に何を言ってくるのか、素早く日番谷は考えた。
 もちろんこんな男の考えることなどわかるはずもないのだが、ギンは自分のストーカーで、嫌がらせのような行為も数多くしてきたが、根底に日番谷に対する恋心があることは、なんとなく感じ取っていた。
 それを踏まえて考えると、自分はそれを冷たく袖にし続けてきたから、それを恨みに思って仕返しをしてくるつもりか、ここぞとばかりに交際を迫るか、どちらかになるのではないかと思えた。
『ボクと一緒に映画に行かへん?…ドライブでもええで?』
 そんなギンの誘いが、一瞬頭をよぎった。
 どちらにしろロクでもないが、自分の立場としては、阿散井の言葉を信じて、そんな脅しには屈しないで、毅然とした態度を貫くべきだ。
 そもそも阿散井の言葉を信じれば、ギンは間違いなく、万引きをしているのだ。
 それならば、ここでその品が出てこないはずはない。
「無実であれば、それなりに詫びはする。だが、李下で冠を正さず、だ。何もないところに疑いは生まれねえし、疑いがかかったからには、俺は調べないといけねえ。そしてそのことでお前とそんな交渉をすることはしねえ」
「その言い方やと、ボクにも落ち度があったみたいやん。納得できませんなあ。店に置いてある商品手に取っただけやん。誰でもすることやろ、それくらい」
 店にある避妊具を、手に取ったことは認めるのか。
 ギンの言葉に、初めてこの店に来たあの日連れてきていたグラマラスな美女を思い出して、日番谷はわけもなく、カッときた。
 ギンは彼女との関係を否定していたが、…相手は彼女ではないかもしれないが、あれだけ熱烈に日番谷に言い寄ってきながら、結局そういうことなんじゃないかと思った。
「ごたくはもういい。とにかく上着を脱げ!」
 カッとした勢いで思わず怒鳴ると、ギンはさっと立ち上がって、素早く上着を脱いだ。