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ちっちゃな店長さん−5

「はい。…あら?どこかでお会いしたかしら?」
 振り向いた雛森はギンの顔を見て、誰なのか思い出そうとする表情をした。
「あんな、冬獅郎クン、今日までゆう話を聞いたんやけども、それ、ほんまなん?」
「あ、シロちゃんのお友達ですか?」
 名前を出したので、知り合いだと思ったらしく、雛森はさっと表情を柔らかくした。
「うん、シロちゃんね、次のお店に行くことになったんです。このお店の売り上げ、最近好調だから」
「売り上げ好調やと、次のお店に移ってまうん?」
「シロちゃん、売り上げの伸びないお店に本部から店長として派遣されてくる指導スタッフなんです。シロちゃんが店長さんになると、どんなお店でもあっという間に人気のお店になるんですよ〜」
 雛森の言葉に唖然として、ギンは一瞬言葉を失った。
(ほ…ほんまに妖精さんやん、そんなの…)
 突然現れてあっという間に人を魅了し、キラキラした夢だけを残して、消えてしまうなんて。
「次はどこのお店に行くん?」
「今度は遠いみたい。都外て言ってたから…」
「どこのお店?」
 少し強く聞くと、その必死な様子に、雛森は少し警戒したみたいだった。
「あの、…シロちゃんのお友達…ですよね?」
「キミは、冬獅郎クンのお友達なん?」
「同僚です。私は現地調査スタッフで、今回はたまたま、派遣先が近くだったから…」
「冬獅郎クン、呼んできてくれる?」
「あの、お店にいますから、直接会いにいかれたらいいと思いますよ?」
 完全に警戒して、雛森はくるりと向きを変え、逃げるように走っていった。
 このまま雛森の行く先を調べ、その筋から日番谷の情報を仕入れたり、何かしら日番谷とコンタクトをとる方法を探るという手もあったかもしれない。
 だが、明日にはいなくなるとわかっていて、今そこにいる日番谷から離れ、雛森を追うことはできなかった。
 動揺のあまり、冷静な判断力を失っていたかもしれない。
 今日、今、まだ日番谷がいるうちに、なんとかしなくてはと思った。
 いくらなんでも今日か明日にはあの店を出ることは確実だから、ずっと車で張っていてもよかったのだが、かつてそれをしても一度も日番谷を店の外で捕まえることができなかったので、その方法では消極的すぎると思った。
 何が何でも、今日、日番谷と話をする方法。
 ただの店長と客という関係を、一気に乗り越える方法。
 手段は、選ばない。
 ギンは迷わず、店に戻った。
 


 雛森が持って来てくれた花を見ながら、日番谷は整理していた伝票を置いて、ふう、と息をついた。
(どうせなら、食うモン持ってこいよな)
 それでも見知った顔と久し振りに会えて、嬉しかった。
 この仕事はやりがいがあるが、プレッシャーも大きいし、ストレスも多い。
 今回は特に…、とんでもない変質者に目をつけられてしまったから、倍以上も疲れた。
 毎日毎日やってきて、ありとあらゆる手で日番谷に声をかけ、仕事の邪魔ばかりして、迷惑この上なかった。
 それも今日でおさらばできると思うと、せいせいしたが。
(おさらば…か…)
 これだけ毎日会いに来られて、今日で最後と言われても、今一ピンとこなかった。
 また次の店に行っても、当然のように現れるような気さえする。
(ま、帰る時つけられないように気をつけさえしたら、いくらなんでも、…)
 念には念を入れ、こっそり帰る方法を考えていると、店の方が何やら騒がしくなった。
 尋常でないその様子に、慌てて出てゆくと、
「あっ、店長!万引きです!こいつ、とうとう店の商品に手ぇつけやがった!」
「万引きィ?!」
 阿散井がギンの腕を押さえ、黒崎がその前に立ちはだかり、その周りを花太郎がパニックになってウロウロし、客たちが何事かと遠巻きに見ている。
 丁度たった今、取り押さえたところという雰囲気だった。
「失礼なこと言わんといて!誰が万引きやねん!冗談もほどほどにしときいや!」
「いや!俺は確かに見た!テメエ、そこの商品、ポケットに入れやがっただろう!」
「入れてへんよ!なんの証拠があって、人を万引き犯呼ばわりするんや!」
「見たつってんだろが!」
「…わかった、ふたりとも。とりあえずお客様、ちょっと奥に来てくれますか?」
 他の客もいる中で、あまり騒ぎを大きくしたくない。
 日番谷が言うと、ギンの目がギラリと不吉な色に光った。
「キミまでボクが万引きしたいうボケ話信じるん!」
「話は奥で聞く。とにかく今は、他に客もいることだし、騒がないでもらおう。黒崎と山田はレジに戻れ」
 冷静に日番谷が言うと、阿散井がギンの腕を引いて、おい、来いよ、と事務所の方へ連れてゆく。
「逃げへんから、手、離してくれる」
「ダメだ。信用できねえ」
 事務所に入ると、阿散井はそこに置いてあった椅子に、ギンを乱暴に突き飛ばした。
 ギンは腕を離されたとたんにひらりと体勢を立て直し、毅然とした態度でどっかりと椅子に座る。
「最初に言うとくけど。ここまでするからには、それなりの覚悟あるんやろうねぇ、阿散井クン?」
「なんだと、テメエ…」
「待て、阿散井。とりあえず、説明しろ」
 剣呑な雰囲気になる二人に、日番谷が鋭く言うと、
「俺が丁度トイレに行って戻る途中で、こいつが棚の商品を懐に入れるところを、見たんですよ。この目で確かに見ました。間違いありません」
「入れてへん」
「お前は黙ってろ。…で、その商品は、何だ?」
「…その、…ゴムです」
「ゴム?」
「避妊具と言いますか、その」
 モゴモゴ言う阿散井に、日番谷も察して、パッと頬を赤らめた。
(よりにもよって何てものを万引きしやがるんだ!)