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ちっちゃな店長さん−4

 だんだんと、この青年の話は信じていいのか、わからなくなってくる。
 夢を見ているのか現実の話をしているのか、怪しい雰囲気だ。
 だが花太郎はいたって無邪気に、あはっ、そうですね、と言って笑った。
「で、店長さんは、今日は出てきはらんのかな?キミみたいなの一人に任せて、心配やないのかな?」
 チラチラと奥へと続くドアを見ながら、ギンは言った。
 このぼんやりした花太郎一人の今なら、ちょっとくらい勝手に奥へ入っていっても、大丈夫かもしれない。
「あ、店長は、基本店頭へは出ていらっしゃらないそうです。なんでも、タチの悪いストーカーがいるんですって」
 だが、続いた花太郎の言葉に、ギンは目の色を変えて振り向いた。
「ストーカーやて?!大丈夫なん?!どこのどいつや、ボクの可愛え店長さんにそないなことする変態は!許されへん!」
「はあ、なんでも、すらっと背が高くて、髪が銀色で、関西弁で、狐によく似たズルそうな…」
 言いながら、さすがの花太郎も気付いたらしい。
 ギンを見ながらタラリと汗をかいて、言葉を途切らせた。
(…なんや、ボクのことかいな。ストーカーて思われとったんや。心外やな)
 そう思ったが、まあ、そう言われればそうかもしれないと、案外あっさりとギンは流した。
「…で、店長さん、おうちはこの近くなんかな?」
「…は、その、…知りません」
「今日は何時にあがるか知っとる?」
「…知りません」
 ストーカーと言われても気にもせず質問を続けるギンに、花太郎は青くなって、ブルブル震え出した。
「…花太郎クン?」
 ギンは花太郎に一歩近付いて、そうっとその肩に手を回し、顔を覗きこむようにして、にっこりと微笑んだ。
「キミから聞いたなん、言わへんよ?ええやん、帰る時間くらい、教えてや。な?ええやろ、花太郎クン?なんでもキミのええもん、買うたるよ?」
 優しい優しい声で言ってやると、花太郎はカチカチに固くなって、あの、その、を繰り返す。
「…ボクの友達に、メチャメチャ美人で胸の大きな女の子がおるんよ。…紹介したってもええんやけどなあ?」
「えっ、ホントですか?あ、でも、僕なんか」
「ノリがええから、お願いしたらパフパフくらいしてくれるで」
「ええっ!ホントですか?あ、でも、そんなこと…」
「店長さん、今日あがるの、何時?」
「はい、今日は…」
「花太郎!」
 もう少しだったのに、邪魔が入った。
 見ると、いつの間にか阿散井がいて、怒りの形相で走り寄ってくる。
「何してんすか、お客さん!バイトの邪魔しねえで下さいよ!」
 ギンの腕からぱっと花太郎を奪い返し、睨み付けてきた。
「花太郎も、花太郎だ!教えてやったろ、こいつが例の店長のストーカーだぞ!」
 続く言葉はナイショ話だったようだが、地声が大きいから、丸聞こえだ。
「人聞きの悪いこと、言わんといて」
 憤慨したように言って、ギンはキョロキョロと店内を見回した。
 そろそろ客も入ってきているから、日番谷が出てくるかもしれないと思ったのだ。
 だが、奥へと続く扉からは、可愛い店長ではなく、もう一人のバイトの黒崎が出てきた。
(なんや、そろそろ忙しい時間やから、ガッチリバイトで固めとるんかいな。せやけど、もうちょっと客が増えたら嫌でも出てくるんはわかっとんねん。今日はどないしようかな。雑誌の発売日でも聞こうかな)
 一番時間をつぶせる雑誌コーナーへ歩いてゆくと、可愛らしい女の子が、綺麗な花束を持って入ってくるところだった。
「こんにちは、日番谷くん、いる?」
 そのまままっすぐカウンターへ向かい、黒崎ににっこりと話しかける。
「店長ですか?あの、どちらさまで…?」
「本部の雛森って言えばわかるわ。日番谷くん、今日まででしょう?私、丁度こっちに来たから、挨拶に来たの」
 その言葉にハッとしたが、ギンは敢えて振り向かず、耳を澄ませた。
「そうスか。ちょっと待っててくださいね」
「はい」
 黒崎は一度奥の事務所に消えると、日番谷の了解をとったらしく、雛森を中へ入れた。
(今日までてなんやねん!今日が最後てこと?明日からこのお店にはいなくなるゆうこと?!)
 あまりのショックに、ギンの目の前が暗くなった。
 それは、一番恐れていたことだ。
 コンビニの店長と客という関係しかない自分は、そのつながりを切られたら、もう会うことも叶わなくなってしまう。
 だが、これは日番谷のことをもっと知るチャンスでもある。
 ギンはそっと雑誌を置くと一度店の外に出て、駐車場に停めておいた車に乗り、雛森が出てくるのを待った。
 ずい分待たされてから、ようやく雛森が店から出てきた。
 ギンはスルリと車から降りると、大きなストライドで近付いてゆき、「雛森ちゃん」と声をかけた。