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ちっちゃな店長さん−3

  ようやくギンから逃れて、ホッとしたとたん、足が細かく震えていることに気が付いた。
 ギンが怖かったわけではないが、一部の隙も見せられないギンとのやりとりに緊張したのは確かで、思いがけない急接近に、心臓が踊りあがったのも確かだった。
(クソ、サイテー。何が映画だ。そんな面かよ)
 ギンとふたりで映画なんかに行ったら、暗闇の中、並んで座らないといけないのだ。
 ドライブだって、車の中は密室の上、どこに連れていかれるのか、わかったもんじゃない。
 どうせ誘うなら、お茶とか食事とか、無難なものにしときゃいいのに…と無意識に考えて、
(な、何考えてンだ、俺!お茶でも食事でも、行かねえぞ!)
 慌てて考えを振り払って、机に突っ伏した。
(男の子供にストーキングするような変態野郎だぞ?!毎日毎日、…)
 店長さん、というギンの声を思い出して、ゾゾ、とした。
(まさか、家調べたり、外までついてきたりしねえよな?)
 店から外に出る時は、それはもう気をつけていたし、今のところ店以外には来ないので、大丈夫だとは思うのだが…。
 その後しばらくしてチラリと覗くと、さすがに諦めて、帰ったらしい。
 ギンがいないなら店を手伝おうと出て行くと、
「あのう、店長」
 申し訳なさそうに、阿散井が声をかけてきた。
「なんだ」
「これ、さっきのあいつが」
 差し出してきたのは、さっきの映画の券だった。
「店長に渡してくれって」
「受け取るなよ、そんなもん!今度来た時、返しとけ!」
「店長からじゃないと、受け取らねえスよ〜」
「辛抱強く返せ」
「え〜〜〜。今度の日曜なんてどう、って言ってました」
「伝言なんかされてんじゃねえ!」
 図体はデカいくせに案外人のいい阿散井と、ちゃっかりそれにつけ込むギンに、日番谷はますます頭が痛くなった。
 


 初めてそのコンビニで日番谷を見てからというもの、寝ても覚めてもその可愛い顔や姿が頭に浮かんで、ギンは何も手につかない状態になっていた。
 家の近くのコンビニではあったが、今まで寄ったこともほとんどなかったのに、夢遊病者のようにフラフラと出て行っては、その姿を追い求めてしまう。
 だが、最初にちょっと意地悪をしてしまったせいか、日番谷はギンの顔を見ると、さっと奥に引っ込んでしまい、いくら粘っても顔も見れない日もあった。
(なんであない小さい子が働いとるんかな。でも、小さいゆうても店長さんやし、子供の目ぇやなかったよな、あの子。一体、何者なんやろう)
 一日中コンビニをはっていても、日番谷がいつ仕事を終えて店を出るのか、わからなかった。
 まさかそこに住んでいるわけでもないだろうが、謎が多すぎて、あの子は本当は妖精なのではないだろうかと、時々本気で思ってしまう。
 ある日突然現れたから、ある日突然消えてしまうのではないかと思えて、夜中に急に不安になって、店に走ってしまったこともある。
 すっかり警戒されて、聞いても何も教えてもらえないから、ますます気になって、日番谷のことばかり考えてしまう。
 初めて会ってから、何日経った頃だろうか。
 夕方過ぎくらいに店に顔を出すと、日番谷はいつものようにいなかったが、新しいバイトらしい子が入っていた。
(チャンスや!)
 初めて会うから、ギンのことも知らず、何か教えてもらえるかもしれない。
 ギンは商品を棚に並べている青年の後ろにすうっと近付いてゆくと、こんにちは、キミ、初めてみる顔やねえ。新しく入ったん?と声をかけた。
「あ、いらっしゃいませ。ボク、今日からです。よろしくお願いします」
 さっと名札に目を走らせると、山田、と書いてあった。
「山田クン、下のお名前、なんてゆうん?」
「花太郎です」
「花太郎クン。ええお名前やね」
 にこっと笑ってやると、花太郎は照れたようににこっと返してきた。
 素直そうで、人がよさそうで、気が弱そうで、都合がいい。
 ギンは隣に立ち、缶コーヒーを選ぶようにしながら、
「花太郎クン、今日は店長さん、いてはるの?」
「え?はい、奥に」
「店長さんの下のお名前、知ってはる?」
「日番谷冬獅郎さんておっしゃるそうですよ」
「とうしろう?どんな字書くん?」
「冬の獅子に、太郎の郎と書くそうです」
「かっこええお名前やねえ。ふうん、冬獅郎クンか…」
 まんまと名前を教えてもらって、ギンはにんまりと笑った。
「なんであない小さい子が店長さんなんかなあ。キミ、知っとる?」
「日番谷店長は、妖精さんなんだと思います、僕」
「妖精さんかあ…」
 本来なら、んなアホな、とでも答えるべきところだろうが、確かにあの見る者を虜にするような不思議な魅力は、妖精なのではないかとギンも思った。
 吸い込まれるような翠の瞳に、輝く肌。握り締めたくなる、小さな可愛い手。
 体重を感じない小さな身体でちょこちょこと店の中を歩いているのを見ると、背中に羽根が生えていて、本当は飛んでいるのではないかと思ってしまう。
 花太郎につられてついうっかり、妖精・日番谷店長を想像してほんわりしていると、 
「はい。だって、店長には不思議な魅力があって、不思議な力があって、お客さんをたくさん呼び寄せるのだと聞きました。それで、小さいけれど、店長さんなのだと」
「ふうん。確かに、不思議な魅力はあるけども」
 それに言われてみれば、それほどはやってもいなかったこのコンビニに、このところ日に日に客が増えているような気もする。
 だが、それではまだ、子供の日番谷が店長をしている説明には足りないだろう。
「あの子、いくつくらいなんかなあ。小学校は、出とるんよね?」
「僕より上だと思います」
「えっ!そうなん?キミ、いくつ?」
「え、いえ、僕は18ですけど、いえその、僕より頭がよさそうだし、僕より色々知ってるし、僕よりしっかりしているし、なにより店長さんだし、立派にこなしていらっしゃるし」
「……キミなあ、しっかりせえよ」
 思わず呆れて、ギンは言った。