.

ちっちゃな店長さん−2

「店長さん、そこにポスター貼ってある映画の前売り券買いたいんやけど、この機械、どうやって使うん?」
「画面に表示が出ますんで、その通りにしていただけば」
「わからへん。こういうの、苦手やもん。教えてくれる?」
 わからないはずはない、というか、やってみてもいないに決まっているのに、ギンは平気で言ってくる。
 テメエのために出てきたんじゃねえと思ったし、店が混んでいるため苛々したが、バイトもレジで手一杯だったので、仕方がなく日番谷は、ギンと並んで機械の前に立った。
 隣に立つと、ギンはいっそう背が高く感じ、ほっそりした見かけ以上に、圧迫感や厚みを感じた。
「まず画面に触れてください」
「うん♪」
「って、いきなり何しやがる!」
 日番谷が画面に手を伸ばしたとたん、その隣で身をかがめ、頭の高さを合わせて横から画面を覗き込んできたので、ほんのすぐ横に、ギンの顔がきた。
 しかも両腕で日番谷を囲うように、後ろから機械に両手をかけてきたので、ギンが作り出した腕の中の空間に、突然閉じ込められてしまったような格好になった。
「え〜、なにて、せっかく教えてもろうとるんやし、ちっちゃな店長さんと目の高さ合わせた方がええか思うて…」
 日番谷が振り向いたらギンと至近距離でバッチリ目が合ってしまい、日番谷もぎょっとしたが、ギンも珍しく言葉の途中で言葉を途切らせた。
(ち、近…すぎ…)
 こんなにもすぐ近くで向き合うと、こんな時なのに、ギンの体臭にふわりと包み込まれて、抱き締められているような気がした。
 いや、このままでは、本当に、…
 抱き締められる、ととっさに危険を感じ、日番谷は反射的にギンの腕の下をくぐり、ぱっと距離を空けた。
 頭の上ではそのギリギリのところで、思った通りギンの腕が、日番谷がいた空間を抱き締めるようにかすめてゆく。
(あぶねえ!)
 間一髪で逃れ、日番谷がギンを睨みつけると、ギンは呆然としたように日番谷を振り返った。
「わ〜…捕まらへん…ほんまに妖精さんや…」
「ふざけんな!いやがらせするだけのつもりなら、さっさと帰れ!」
 日番谷が怒鳴ると、ギンはきょとんとした顔で、
「えー、機械の使い方聞いとるだけなんに、なんでいやがらせ言われなあかんの?」
「お前、今…!」
「画面見やすいようにかがんだらいやがらせなん?」
「じゃなくて、今、」
「かがんだら姿勢辛かったから、機械に両手かけたけど、それがあかんかった?」
「〜〜〜〜〜〜〜!」
 抱き締めようとしたことは結局未遂だったから、そうやって言われたら、何も言い返せない。
 これで自分が女だったら、それだけでも十分痴漢行為となるのだろうが。
「それより早う、教えてや。まず画面に触れて、それからどないするの?」
 何事もなかったかのように、ぬけぬけと言うギンにギリッと奥歯を噛み締めて、日番谷はギンから距離を空けたまま、
「映画予約と書いてあるところに指で触れて下さい」
 言葉だけで指示すると、ギンは子供のように唇を突き出して、
「わかれへんから聞いとるのに、口で言われてもわかれへん」
「じゃあ、どけ!俺がしてやるから、テメエはそこから離れろ!」
「え〜、操作するとこ見とかんと、ちっとも覚わらへんもん。そばで見ていたいんやけど」
「じゃ、バイトの手が空いたら呼ぶんで、」
「何もせえへんよ?」
 他の者に代ろうとしたとたん、素早くギンは言って、真剣な顔をした。
「何や怖がらせてしもうたんやったら、謝りますわ。ボクはただ、ほんまに、店長さんに教えてもらいたいだけなんよ。意地悪言わんと、教えてくれへんやろか」
 突然下手に出られて、日番谷は少し戸惑った。
 だが、ギンのそんな言葉など、信用できない。
 警戒して、どうしようか考えていると、それを見てまたもすかさずギンが、
「せやったら、こうしましょ?ボクが、半歩、下がります。かがみません。手ぇも、後ろで組んどきます。それならええやろ?」
 言って本当に機械から半歩下がり、手を後ろで組んでみせる。
「……絶対そこから動くなよ?」
 まだ警戒していたが、仕方なく日番谷は言って、機械の前に戻った。
「この映画ですよね?このボタンを」
「うん♪」
「何枚必要ですか?」
「店長さんとボクと、二人分や♪」
「…乱菊さんとあんたと、二人分ですね?」
 冷たく言ってやると、ギンは驚いたような顔をして、
「乱菊は、ただの幼馴染や。キミが思うてるような、そんな仲やないで?」
「いえ、どうでもいいスけど」
 心底そう思って言うが、ギンは必死で、ほんまやで、キミの方が、百万倍可愛えよ、と寒気がするようなことを言ってくる。
「で、あんた、名前は?」
 本当は聞きたくもなかったが、入力しないといけないので聞くと、ギンは嬉しそうに、
「市丸ギンや。初めて聞いてくれはったね。よろしゅう。キミは下のお名前、なんていうん?」
「いち、まる、ギン。じゃ、あとは電話番号を入れて、内容を確認したら、OKを押して、30分以内にレジで代金をお支払い下さい」
 言って逃げようとすると、ギンはさっとトップ画面へ戻るボタンを押して、
「あっ、間違えて最初に戻ってもうた!もう一度教えて、可愛え店長さん」
「本当に買う気あるのか、テメエ!」
「この映画、とっても面白いんやて。次の土曜から上映やろう?一緒に行かへん、店長さん?次のお休みは、いつですか?」
「お断りします」
「せやったら、ドライブなん、どう?どこでも行きたいとこ、連れてったるよ?」
「映画の券は、買われないのですね?じゃあ」
「買うよ。店長さんがもう一度教えてくれはったら、3枚でも4枚でも買うたるよ」
 一瞬だけ、どうしようかな、と思ったが、この男から金をむしり取るチャンスだ。
 日番谷は黙ったまま機械のところに戻って、
「で、何枚買いますか?」
「何枚買うて欲しい?」
「じゃ、10枚」
「うん、ええよ♪」
 軽く答えるので、チラッと見るが、ギンは嬉しそうににこにこしている。
 日番谷が視線を向けたりしたから、それはもう嬉しそうだ。
(…バカじゃねえの、こいつ?100枚とか言ってやればよかったか?…いや、すぐに払えそうな額にしといた方がいいからな…。ま、いいか)
 払い込み票が印刷されてくると、「じゃ、レジへ」と言ってギンを誘い、そこで阿散井にバトンタッチする。
「あっ、なんやの。店長さんがレジしてくれへんの?せやったら、払わへんで」
 さっさと逃げようとしたら、そんなことを言われた。
 ムカつくが、ここまでしたのだから、ここはなんとしてでも払わせたい。
 仕方なくレジを打って券を渡すと、ギンはそこから一枚取って、日番谷に渡した。
「じゃ、これ」
「なんだよ」
「キミにあげる」
「いらねえ」
「一緒に行こ?」
「行かねえ」
 もうレジは済ませたので、それ以上は付き合ってられないと思い、冷たく答えて今度こそ奥に消えた。
 ドアを閉じ、そこに背もたれると、ドアの向こうから、店長さ〜ん、戻ってきてや〜、という、淋しそうなギンの声が聞こえた。
(店長さん店長さんて、うるせえよ、もう!)