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ちっちゃな店長さん−1

 可愛らしいチャイムの音に続き、いらっしゃいませこんにちは〜、という野太い男の声が響いて、日番谷は客が店に入ってきたことを知る。
 この時間帯はバイトが手薄で、店頭には最近入ったばかりのバイトの阿散井しかいないことを知っていたため、様子を見に出てゆくと、
(…しまった。出るんじゃなかった。ヤな奴来た)
 入ってきた客は入ってくるなり店の中を見回し、商品ではなく日番谷をみつけて、嬉しそうに寄ってきた。
「こんにちは、ちっちゃい店長さん。お久し振りですね。言うてもボクは毎日何度も来とるんやけど、なかなか会えへんから、淋しいですわ。店長さんは、何曜日の何時くらいに、お店に出てはるんですか?」
 寄ってくるなりベラベラ話しかけられて、心底迷惑だったが客なのでそうとも言えず、
「『ちっちゃい』は余計だ。店のことは基本的にバイトに任せてるんで」
「せやったら、今日はお仕事何時に終わるん?その時間にもう一度来ますわ」
 来てどうするんだよ、と思ったが、日番谷は眉を上げて、
「お買い物にいらしたのでなければ、お客様ではないですね」
「うん、お買い物?するよ〜。ほかほかももまんと、店長さんの愛込め込め手作り弁当ちょうだい♪」
「ンなモン売ってません。阿散井―!ももまん!」
「あっ、いややなあ。店長さんのお手々で用意してほしいんよ?手作り弁当ないんやったら、しゃあないから、そのへんの弁当でええから、温めてくれる?…ついでにボクも、温めてv 店・長・さん・でvv」
「いや、ンなサービスはねえし、あとはバイトがしますんで」
 冷たく言ってさっさと店の奥に消えると、ああん、店長さ〜ん、という情けない声が後ろで聞こえた。
(ったく、変態野郎め)
 初めて見た時は美しい女性連れで、すらっと背が高くスタイルがよく、知的な様子が、そんな女性と並んで遜色ないと思ったことを覚えている。
「ああん、やだぁ。タマゴサンド、売り切れ〜」
「ええやん、ハムサンドで。それより早よせんと、遅れてまうで」
「あ、そうだ。今月号、今日発売なのよね♪」
「何買うねん。さっさとせいや〜」
 たまたまその日は、バイトの黒崎が遅刻してきて、店には日番谷しかいなかった。客も、他にはいなかった。
 男は女性をせかすようなことを言ったが、自分は自分で飲み物を見に、棚の向こうから回ってきて、そこにいた日番谷と目が合った。
「あ…」
「いらっしゃいませ」
 言いたいことは、だいたいわかった。
 子供の日番谷がコンビニの制服を着て立っていたので、びっくりしたのだろう。
 日番谷はスルリとその横を通ってレジに入ると、知らん顔をして店内を見渡した。
 女性は雑誌コーナーで、立ち読みを始めている。
 男は振り返って、まだ日番谷を見ていた。
 いつまでもバカみたいに口を開けて、突っ立ったまま、失礼なほどじっと日番谷を見続けている。
(言いたいことがあったら、言え!ったく、早く来いよ、黒崎!ああもう、バイト募集の広告出してんのに、この時間はなかなか来れる奴いねえんだよな)
 痛いほど視線を感じながら、努めて視線を合わせないようにしていると、男はようやく口を閉じ、狐にそっくりな、性格の悪そうな笑みを浮かべて、ふらりと日番谷に近付いてきた。
「すんません、ももまんひとつ下さい」
 レジに来るなり、ニヤニヤ笑いながら注文をするが、それを聞いて、日番谷はいっそう眉を寄せた。
(…ちくしょう、一番高いところにあるもん頼みやがって)
 その意地悪な笑みからして、わざと高いところにあるものを頼んでいるのだとすぐにわかって、腹立たしいことこの上なかった。
 だが客商売なので、できるだけ平静な顔を保って、奥から台を持って来てそれに乗り、ももまんを袋に入れる。
 男はいっそうニヤニヤしながらその様子を見ていたが、さっとレジの中を見回して、
「あ、あと、マイルドセブンワンカートン」
 またも一番上に置いてあるタバコの、しかも取りづらい箱を注文してきた。
 日番谷は一度台から下りて場所を移動し、また台に乗って、更にその上で背伸びをして、マイルドセブンをひと箱取る。
「あと、おでんのたまごと大根とこんにゃく一個ずつ」
 これまたレジから遠くに入れてある具ばかり頼んでくる。
(…この野郎)
 また台を移動させ、容器に注文された具を入れていると、
「なに買ってんのよ、ギン。あらあ、可愛い。坊や、お手伝いなの?」
 連れの女性が気が付いて、レジの方にやって来た。
「坊やじゃありません」
「そう、ごめんね。いくつ?」
「ももまんひとつとマイルドセブンワンカートン、たまごと大根とこんにゃくひとつづつで、4137円です」
 無視して会計をすると、
「なにタバコなんか買ってるの、ワンカートンも?あんた、いつから吸うようになったのよ」
「ええやん、なんでも。乱菊は黙っといて」
 これで、本当は欲しくもないのに、ただ日番谷に取らせるためだけにタバコを頼んだことは決定的になった。しかも嫌がらせのためだけに、ワンカートンだ。
「キミそのお名前、なんて読むん?珍しい苗字やね?」
「一万円お預かり致します」
 ムカムカしながら差し出された札を受け取り、それには返事をしないでお釣を渡そうとすると、小銭を出したとたん男はさっと手を引っ込めたので、硬貨が机の上に落ちて跳ね、派手に散らばった。
「あっ…」
「なんや、ボクの手ぇにお手々添えてくれるサービスはないんかいな。お釣落ちてしもうたやん」
「なに意地悪してんのよ、ギン!ごめんね、ボク。お詫びにこのハムサンドと雑誌もこいつが買うから」
(誰がボクだ!ってか別に、それは俺への詫びになってねえだろう!単にテメエが払うもの自分の男に買わせてるだけじゃねえか!)
 いっそう深く眉間にシワが寄ったが、日番谷は低い声で、
「…ありがとうございます」
 散らばった小銭を集め、会計をやり直して、今度はつり銭を男の手ではなく、レジの台の上に置いた。
「あれ、手渡してくれへんの?サービス悪いなあ。せやったら、ポテトもちょうだい」
「ギン〜、やめなさいよ〜」
 乱菊と呼ばれた女性がギンと呼ぶ男の腕を掴んでたしなめるが、ええやん、ポテトも食べようや、と言って、また札を出してくる。
「811円のお返しです」
 日番谷がつり銭をまた台の上に置こうとすると、さっと手が伸びてきて、つり銭ごと、日番谷の手を掴んだ。
「おおきに。…また来るな?」
「ギン!なにやってんのよ!」
 乱菊が怒ると、ギンはさっと手を離して、
「ええやん〜。可愛えもん、もうたまらへん」
「可哀相じゃない。いい年して、みっともないわね!」
 ゴメンね、ボク〜、などと、こっちも全然嬉しくない侘びを入れて、ギンの背中を押して出て行った。
(二度と来んな!)
 急いで流しに行って、握られた手を念入りに洗っていると、
「スンマセン店長〜、遅刻しました〜!」
 ようやく黒崎がやって来たのだった。

 そんなわけでギンの第一印象は最悪だったが、二度と来るなと思ったのに、ギンはそれから毎日やって来た。
 それ以来ひとりで、仲が良さそうだったあの派手な女性を連れてきたことは、一度もない。
 だが、普段はバイトが入っているため、ギンの顔を見る度日番谷はさっと奥に隠れ、店頭に出ることはしなかった。
 もともと、あまり店頭に立てる姿でもない。
 一体どれだけ暇なのか、ギンは一日に何度も何度もやって来ては、日番谷の顔を見るまで粘ってゆく。
 日番谷とて毎日一日中いるわけではないので、彼が何度やって来ているのか、正確にはわからなかったが。
 バイトが日番谷を店長と呼ぶので、ギンはすぐに日番谷がこの店の店長であることを知って、可愛え店長さん、ちっちゃな店長さん、と、嬉しくない言葉を頭につけて呼んでくる。
 もう、ここまでくるとストーカーとしか思えない。
 このままギンが帰るまで店に出るつもりはなかったが、店が混んできてレジが一杯になり、どうしても仕方がなくてヘルプで店頭に出てゆくと、ギンは顔を輝かせて飛んできた。