.

大正ロマン−3

「お水飲む?」
「ん、」
 市丸の手を振り払いながらグラスを受け取り、一気に飲み干したとたん、
「うわっ、テメ、これ、水じゃ…」
「あれ?間違うてもうた」
 完全に水で薄めてあるそれを、市丸が自分で飲むために用意したはずがない。
 いつの間に作ったのか、まんまと飲まされてカッとしたが、殴りかかろうとしたとたん、クラリときた。
「大丈夫?回ってもうた?ほんの少うし、混ぜてあっただけなんになあ」
 日番谷の手首を取り、優しく介抱するかのような素振りで、引き寄せてくる。
「テメエ、離せよッ!子供が酒飲んじゃいけねーのは、テメエの嫌いな規則で決まってるからってんじゃなくて、解毒しきれるほど身体ができてねえから、本当に良くねえんだよ!大人が自分の基準で面白半分で、飲ませるな!」
「うんうん、ゴメンな、ボクも酔うとった。あんまりキミが可愛えから。堪忍な?」
「酔ってたら何でも許されると思ったら、それも間違いだ!」
「うん、うん」
 市丸の答えはうわの空だ。
 勢いでまんまと腕の中に収めた日番谷の感触を楽しむことに夢中だからだ。
「聞いてるのか、市丸!つか、離せ!」
「冬獅郎は、ほんま可愛えね。小さくて柔らかくて、ええ匂いがする」
「この、酔っ払いエロオヤジーッ!」
 市丸からムッとするほど漂ってくる酒の匂いに、少々本気で身の危険を感じ始めた。
 力で市丸を押し返すには、市丸は大き過ぎて力が強すぎて、近すぎて、ここは狭すぎる。
「お酒には酔うてへんよ。酔うてるのは、食べてまいたいくらい可愛え冬獅郎にや」
 確かに市丸は、酒を飲んでいなくてもそういう恥ずかしいことを平気で言うから、本当に酒のせいではないのかもしれない。
 だが、いざとなったら酒のせいでごまかしてしまえるこんな状況で襲ってくるなんて、やっぱり最低だ。
 日番谷は迫ってくる市丸の唇を両手で押さえて必死で守りながら、
「お、俺、初めてなのに!みんなが初めてのキスはレモンの味とか言ってる隣で、俺だけ酒の味だったなんて、悲惨すぎるじゃねーか!」
 このままいくと絶対に奪われると確信した日番谷が動揺しまくって言うと、市丸の動きが突然、ピタリと止まった。
「…ほんまやね。こんなん、甘酸っぱくもなんともないよね。ゴメン」
 今のゴメンが、一番心がこもっていた。
 市丸は日番谷を離すと、そのまま落ち込んだようにテーブルに突っ伏した。
「市丸…?」
 あれだけ嫌だヤメロと言ってもきかなかったのに、意外なところで効きすぎだ。
 今までこういう引き方をしたことなど一度もなかったのに、離してくれたのはありがたいが、そんな反応をされると、日番谷も困ってしまう。
「別にボクは子供が好きなんとちゃうし、若くてピチピチした年下の子恋人にできたて、そないなポイントで喜んどったわけやないんよ?せやけどキミがメチャメチャ年下で若くてピュアなんは事実なんやから、そういうことも、考えてあげんとあかんかった。思いやりが足りんくて、ほんま堪忍な?」
(ええーっ、なにこいつ、マジでそんなこと反省してやがるの??)
 他に反省するべき時はたくさんあったろうに、その全てをスルーしてきておいて、そこは気にするのか?!と、呆然として言葉も出ない。
「キミは年上の恋人いうんも嫌やない年頃やろうけど、こないこなれ過ぎた進み方は嫌やろうね。もっとひとつひとつ、丁寧に進めてあげんとね。年上のええとこ全然なくてごめんな?嫌いにならんといてな?」
「い、いや別に、俺もそれほどファーストキスにこだわりがあったわけでも…」
 なんだかよくわからないが、思わず慰めるように言ってしまうと、市丸はパッと顔を上げて、
「…日番谷はんは、優しいんやね」
「そういうわけじゃ…」
「好きや、冬獅郎…」
 ぎゅっと両手を握り、熱くみつめながら言ってくる。
「い、市丸…」
「お酒の匂いしてゴメンな?せやけど真剣やし、本気やからな?」
「えっ、ちょっと、」
 市丸は片手で日番谷の手を握りながら、日番谷のオレンジジュースのグラスから氷をひとつ取ると、日番谷の唇に押しつけてきた。
「あーんして?」
「なに、いち、」
 しゃべったとたん、氷がするりと口に入ってきた。
 市丸は自分の口にもさっと氷を入れると、日番谷の手を引いてその身体を抱き寄せて、
「冬獅郎…」
 うっとりと囁きながら、唇を寄せてきた。
「…っ…」
 ひんやりと柔らかいものが唇に当たり、優しく重なってから、一度離れた。
 市丸は優しい、それでいて熱い目で日番谷を見て、頬や鼻、瞼にふんわりとキスを落としてから、やがてまたゆっくりと、唇を重ねた。
「ん…っ…」
 今度は優しく重なるだけでなく、氷とともに、ぬるっとしたものが口に押し入ってきた。
 それは日番谷の口中をあちこち探った後、ふたつの氷とともに戻ってゆき、また押し入ってくる。
 ふたりの口をふたつの氷が何度も何度も行ったり来たりしながら、ゆるりと溶けてゆく。
 そのうち氷が溶けてなくなると、生々しい舌だけが、ダイレクトに日番谷の舌に絡まってきた。
「…んん…っ、ふっ…」
 身体の芯から脳まで蕩けるような、痺れるような、深いキスだった。
 レモンの味とか酒の匂いとかそういうレベルではなく、身体の奥から何か熱いものがムラッと湧いてくるような、…
「あっ、なにしやがる…!」
 突然抱き上げられて、後ろ向きに膝の上に乗せられた。
 無防備なその体勢と、包み込んでくる市丸の匂いに、鼓動が跳ね上がる。
 プライドにも障るその扱いに、日番谷がそこから抜け出そうと身をよじると、
「ええから、冬獅郎…」
 動きを封じるように両腕ごと強く抱き締められ、掠れた声に生々しい欲情を感じて、日番谷は焦った。
「良くねえよ、市丸っ、離せ、…」
「可愛らしい身体や。こういうふうに抱き締めたいて、ずうっと思うとったんよ?」
「俺は、嫌だ…っ!」
 ドキドキしすぎて、息が苦しい。
 こんなふうに抱き締められていると、愕然とするほどの体格差を思い知らされて、そこに嫌でもセクシャルな匂いを感じとって、日番谷はますます焦った。
 だが、ただでさえ狭い場所で市丸の膝に乗せられてしまうと、市丸とテーブルに挟まれて、身動きがとれなくなる。
「冬獅郎、こっち向き?」
「や、やめろって市丸、…ンン!」
 大きな手で顎を取られ、ねじるように後ろに顔を上げさせられて、再び唇がかぶさってきた。
「…ち、まる、…やめ…」
「…あかん。大人の男は、やめられへん」
 袴の横から滑り込んできた手が、柔らかな肌に触れてくる。
 その冷たくて大きな手の感触に、日番谷は飛び上がりそうになった。
「ん、やだ、やめろ、って、」
「怖ないよ、冬獅郎。気持ちようなるだけやから、力抜いてみ?」
「…っ」
 さっきまで、ひとつひとつ丁寧に、とかなんとか言っていたはずなのに、やっぱり市丸は、信用できない。
「もっと大きくあんよ開き?」
「バッ…カ、やめ…」
「もっと大きくや。袴穿いとるんやから、平気やろ?」
 市丸は自分の脚の外側に開かせた日番谷の脚を掛けさせて、更にぐいっと開いてきた。