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大正ロマン−2

 そんなわけで、連れて来られた店は、「大正ロマン」という名前のちょっとハイカラな造りの洒落た居酒屋だった。
 洒落てはいるが、隊長格が飲みに来るというよりも、大衆向けの気軽な店のようだった。
「二名様、こちらのお部屋へどうぞ〜」
 だが、案内されるまま店の奥へ進み、どうぞと言われて開かれた引き戸の向こうの部屋は、
「ななな、なんだこれ、狭ッ!しかも、密室!」
 カップルなどが、自然に密着できるように考えてあるのだろう。ジャスト二人分以上の広さは決してない大きさのテーブルがピッタリと左側の壁につけて設置してあり、その前に座布団をふたつ並べたらいっぱいになるほどの広さの、座るスペースがある。
 テーブルの下はそこに足を入れて座れるように掘られていて、そうやって座ると足は楽だが、隣に座る相手と嫌でも近くなってしまうような造りになっていた。
 それに小さな小さな部屋は完全な個室で、薄暗い明りがぼんやり灯っているだけだ。
 ラブラブな恋人同士だったらロマンティックに感じるだろうそんな部屋も、日番谷には身の危険を感じずにはいられないものだった。
「ええから、早う入り♪」
「うわあ!」
 なかば押し込められるように奥に入れられてしまい、大きな市丸の身体が出口を塞ぐように隣に座った。
「とりあえず、お酒と、オレンジジュースと、…」
 日番谷がまだ動揺しているうちに、市丸はさっさと注文をして、戸が閉められた。
 そうすると更に密室感がアップして、落ち付かなくなる。
 いや、落ち付かないというより何より、
「…テメエ市丸、一人で場所とりすぎだろ、もっと向こう行け、足広げるな!」
 ただでさえ大きな身体は場所をとるのに、市丸は遠慮もなく大きく足を開いて座り、その上日番谷の方に寄ってくるので、日番谷は壁と市丸に挟まれて、動くスペースもほとんどなかった。
「大きなボクと小さなキミで、丁度ええ広さやね♪」
「丁度よくねえ、俺は狭いッ!」
 のほほんと言われて、思わず日番谷はキレて言うが、市丸はどうやらご機嫌だった。
「日番谷はんがもっとこっちに寄ったらええよvなんならボクのお膝に座る?」
「座るか!」
 怒鳴ったところで、トントン、とノックの音がした。
「失礼します、お飲物お持ちいたしました」
 声とともにスラリと開かれたのは、二人が入った入口の戸の対になった反対側、テーブルの向こう側の戸だった。
 そちらが開かれるとふたりの空間を邪魔されることもなく、料理や飲み物だけテーブルに置きやすく、そして日番谷は、更に逃げられない感をひしひしと感じた。
「おお♪お酒がきたで〜vvはい日番谷はん、オレンジジュースvv」
 冷えたグラスを渡されて、日番谷はため息をついた。
 なんだかんだ言っても今日は市丸の誕生日祝い(イブだが)で来ているのだし、いくら狭くて密室でも、さすがの市丸もこんな居酒屋でことに及ぼうとまではすまい。
 要は、日番谷とロマンチックな気分に浸りたいのだ。
 そう思ったら、こんなことではしゃいでいる市丸が可愛くなくもなかったし、当初の目的通り、気分よく酒を飲ませてやったら満足するだろう。
 日番谷は運ばれてきた徳利を手に取ると、
「しょうがねえから、ついでやる」
 言って市丸の猪口に、酒を注いだ。
「おおきに。したら乾杯しよか。可愛え可愛えボクの冬獅郎と、数々の苦難の末冬獅郎の恋人の座を手に入れた、世界一幸せなボクに乾杯やvv」
「アホかテメエ、テメエの誕生日祝いだろうが。もう酔ってんのかよ」
「そうやった」
 冷たく言っても市丸は嬉しそうにニヤニヤというかデレデレしたままで、日番谷の次の言葉を待っている。
 仕方なく日番谷は、
「…誕生日おめでとう、市丸。…明日だけど」
「おおきに」
 本当に嬉しそうに笑ったその時の市丸の笑顔に、思わずドキッとしてしまう。
 なんだかんだ言っても恋人の市丸が喜ぶ姿を見て、日番谷だって嬉しくないわけはない。
 市丸に言わせたらおままごとかもしれないが、日番谷はこういう時間が一番心が満たされて、好きだった。
 市丸は緩んだ顔で日番谷を見ていたと思ったら、酒の注がれた猪口をついと持ち上げて、水でも飲むように、さらりと飲み干した。
「…」
 なくなった、よな?と思い、もう一度その猪口に、酒を注いでやる。
「おおきに」
 嬉しそうに答えて、市丸はまたすぐにその酒を飲み干した。
(…おいおいおいおい)
 思いながらもまた注ぐと、おおきに、と答えてまた飲み干す。
(わんこそばか?!)
 思っている間に酒がなくなり、市丸はすぐに追加を注文した。
「…おい市丸、ちょっとお前、ペース早すぎじゃねえ?大丈夫か?」
「ん〜、キミに注いでもろうたお酒はおいしくておいしくて、キミに注いでもらうことが嬉しくて嬉しくて、ついつい飲んでまうんや〜」
 さすがに酒が好きと言っただけのことはあり、それだけ飲んでも顔色も変っていないが、市丸の中のテンションが上がってきていることは、間違いなかった。
「キミも好きなもん注文してええんよ?いっぱい食べ?」
 さっと品書きを渡されて、日番谷はチラリと市丸を見てから、山のように料理を注文した。
 市丸も酒だけ飲ませるよりはペースも落ちるだろうし、何より腹がすいていた。
 料理が出ると、ここぞとばかりに市丸そっちのけで食べに食べてやったが、市丸は嬉しそうににこにこ笑って見ているだけで、不満もなさそうだった。
「…お前も食えよ」
「うん、食べとるよ♪キミには負けるけどな」
 食事が出ても、相変わらず市丸の猪口はあっという間に空になり、注いでも注いでも底なしに飲んでゆく。
(…こいつ、ザルなのか?こういう奴のことを、ザルって言うのか?)
 ここまでくると、さすがに感心してしまう。
「…ほんまによう食べるね、日番谷はんは。その小さい身体のどこにそないたくさんの食べ物が入っていくんやろうね?」
 市丸のザルぶりを感心していたら、自分の大食ぶりも感心されてしまった。
「俺はまだまだ成長するんだ。今にテメエなんか軽く超えてやるから、楽しみにしてろよ」
 市丸は大人の中でも身体が大きい方だというのはわかっていたが、大きな身体には強く強く憧れたし、それくらいにはなりたい。
 日番谷が食べる手を止めないまま言うと、市丸は何故か嬉しそうに、
「うん、早う成長してや〜。…で、どれくらいまで成長したら、ハタチになるん?」
「ぐふっ」
 思わず喉に詰まらせそうになって、日番谷は咳き込んだ。
 そういえば、そうだった。市丸に追いつく前に、大人の身体と認められるくらい成長したら、H解禁になってしまうのだった。
 それを今か今かと待ち望んでいる市丸には、嬉しいことはあっても、残念なことなどあるはずもない。
「大丈夫?日番谷はん」
 咳き込む日番谷の背に、市丸の手がそっと伸びて、優しく撫でられた。