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大正ロマン−1

 日番谷が一番隊を辞してしばらく歩いてゆくと、市丸が立っていた。
 ニコニコ笑ったまま日番谷が近くに来るまで待って、どうやった、お休みとれた?と聞いてくる。
「…別に、休みをとるために一番隊に行ったわけじゃねえけど」
「とれたんやね?」
「……まあ」
 軽く目を逸らし、ほんのり頬を染めて答える日番谷に、市丸はますます嬉しそうに笑って、
「わあ、嬉しいわぁ。これで明日は一日、一緒に二人でお休みや〜vvボクがこれまで生きてきた中で、最高の誕生日になりそうや〜vv」
「…ちょ、抱きつくなよ、こんなところで!」
 慌ててその腕から逃げるが、あんまり嬉しそうに言うので、日番谷はますます赤くなった顔をどうにか市丸に向けると、
「…で、何が欲しいんだよ」
 とりあえず本人に、聞いてみた。
「んん、ボクの欲しいもの?決まっとるやん、『日番谷はんの初めて』〜!」
「…聞き方が悪かった、スマン。俺の言ってるのは、誕生日プレゼントのことだ」
 あまりのキモさに思わずとぼけてみるが、
「何言うてるの、間違うてへんよ。誕生日プレゼントに日番谷はんとエッチさせて欲しい言うてるんよ?」
 ニコニコしたまま、逃がすものかとばかりに、ズバリ言ってくる。
「それマジでキモいから、却下」
 こちらも負けずにズバリ答えてやると、市丸はあからさまに不満そうな顔をして、ええ〜っ、と抗議の声を上げた。
「ボクら付き合うてるんよね?付き合うてるのにダメなん、納得できへん。まだボクの愛疑うとるの?それとも嫌いなん?もしかして、怖い?」
「んなんじゃねえよ。そういうのは、ハタチを過ぎてからだ」
 ごく真面目に答えた日番谷に、市丸はますます不満そうな声を上げた。
「なんやのそれ。誰が決めたん?てゆうか、キミのハタチて何年後やねん」
「さあ?百年後くらい?」
 もちろんハタチなんてのは目安であって、大人の身体になってからという意味で、厳密にハタチと言っているわけではない。第一、何年経ったら自分が大人と同じ身体に成長するのか、日番谷の方が聞きたいくらいだった。
 適当に答えてやると、市丸は突然キリリと眉を上げ、真剣な顔で、
「百年なん、待てへんよ。ボクの我慢の限界は、ようもってあと一週間くらいやで」
「早ッ!」
 思わず呆れて突っ込んだが、市丸の一週間というのも目安であって、厳密に一週間という意味ではない。
 恋愛の段階が進むことに対してイマイチ逃げ腰の日番谷に対し、市丸ははじめから、エンジン全開だった。
 そりゃあ、市丸はいいだろう。
 すでに、大人の身体なんだから。
 恋愛なんて、これまでいくつでもしてきたのだろうから。
 日番谷も一応、市丸のことはたぶん恋人なんだろうと認めていた。
 市丸がそういう気持ちで自分を見ていることは知っていたし、知っていながら彼に誘われるままあちこち付き合ってきたし、この間とうとう手をつないで夜の散歩をしてしまった。
 それまで何度手を取られそうになっても撥ね付け、触れる隙さえ決して見せないできたのだから、流されたとかなんとなくとかではなく、それは日番谷にとって、一大決心であり、市丸を恋人と認めた印だった。
 たったそれだけでも日番谷はその日ドキドキして眠れなかったし、甘酸っぱい幸せな気持ちで、胸がいっぱいになった。
 そして今はそれだけで、十分すぎるくらい、満足していた。
 子供だと笑われたって、構うものか。
 何しろ年齢は、本当に子供なのだから。
「そんなに早くそういうことしてえなら、今すぐそういうことできる身体の奴と付き合えよ」
 素っ気なく日番谷が言うと、市丸は慌てて、
「何言うてるの、おかしいで、それ」
 必死で否定するから、だったらおとなしく待てよ、と続けようとすると、
「今やって別にキミ、そういうことできへん身体やないで?」
「ポイントそこかよ!」
 全く予想に反したことを言われて、思わず本気で突っ込んでしまった。
「ほんまやで。一番大切なのは愛や。二人の間に愛があるんやったら、年がいくつとか、身体のサイズとか、関係あれへんやろ?」
 愛とか言われるとうっかり正論みたいで頷きかかってしまいそうになるが、
「あるに決まってるだろ!愛があるんだったら、テメエこそ相手の嫌がってること、無理矢理しようとすんな!」
「キミこそ愛があるんやったら、相手がしたい言うてること、どうしてそこまで断るん?!」
「どうしてって…」
 全く納得いかないのに、わけのわからない勢いに、うっかり押され気味になってしまった。
 こういう時勝敗を分けるのは、言っている内容よりも、声の大きさとか語気、なにがなんでも自分の言い分を通そうという、強い意志だ。
 いつも市丸はのらりくらりと柳のように、意味もないような言葉で相手の言葉をはぐらかしながら、蛇が獲物を絞めるように、やんわりその手に絡めていくのに、今回はずい分直球だ。
 それだけ必死なのかもしれないが、日番谷だって、こればっかりは、そうそう簡単に頷けない。
 このままいってもせっかくの市丸の誕生日に休みまでとったのに、喧嘩になるだけだとわかっていたから、黙ったまま、市丸を睨み付けた。
 その様子を見て、市丸は、ふう、とタメ息をついた。
「せやったら、今晩ボクのお酒の相手してもらえへん?」
 ダメとみるとさっと引き、あっという間に気持ちを切り替えて次の手に出る市丸の柔軟さは、感心するほどだ。
 にこにこしながら、「それならええやろ」とばかりに妥協案を出してくるが、やっぱり日番谷は承諾できなかった。
「ヤダ。酒なんか飲んだら、テメエ絶対ェ酔っぱらって襲ってくる。普段酒なんて飲まねえクセに、こんな時だけ酒なんて、絶対ェ怪しい」
 日番谷が言うと、市丸は驚いたような顔をして、
「…ボク、ほんまはお酒、好きなんよ?」
「そうかぁ?」
 普段本当に酒が好きでたまらない副官を見ているだけに、市丸が酒好きの部類に入るとは、到底思えなかった。
 市丸が酒豪達の酒の席に付き合っているところなど見たこともないし、一緒にいる時でも、飲んでいるのを見たことはなかった。
「乱菊と比べて言うてるんやったら、間違いやで。あないな飲み方好きやないだけや。…それにキミ、お酒の匂い嫌いや言うとったやん」
 日番谷の疑問に答えるように市丸が言った言葉に、日番谷は思わず目を見開いた。
「…そんなこと、言ったか?」
「言うたよ。乱菊達の話やったけど。…せやからボクは、キミに嫌われたなくて、お酒控えとっただけや」
「…そうだったのか…」
 言った方は言ったことも忘れているのに、そんな風に言われると、ちょっとばかり心が揺れてしまう。
「せやけどな、好きな子ぉと飲むお酒は、そらもう格別なもんなんよ。キミにお酒付き合うてもろうたら、夢みたいに幸せや。…なあ、ボクの誕生日プレゼントに、ボクの夢叶えてもらえんやろか?」
 日番谷のために好きな酒を我慢していたというのなら、酒に付き合ってやることそのものが、誕生日プレゼントになるのかもしれない。
 追い討ちをかけるように言われたそんな言葉に、今度こそほだされて頷きそうになるが、
(…いやいやいやいや、こいつの言葉、どこまで信用していいか、わからねえぞ。こんなこと言いながら、やっぱり隣の部屋に布団敷いてあるかもしれねえ)
 仮にも恋人をここまで疑って拒むのも悲しい気はするが、日番谷だって自分は大事だし、恋人といってもまだそれほどの仲ではないし、市丸は信用できない。
 警戒して答えない日番谷の様子を見て、市丸は再度妥協案を出した。
「ほな、お部屋やのうて、どこかお店に飲みに行こ?それやったら、襲われるとか、心配せんでもええやろ?」
「…次の間に布団が敷いてあるような店じゃねえだろうな?」
「うん、大丈夫、ごく普通の居酒屋でええねん。その方がキミも安心やろ?」
 そこまで言われてようやく日番谷は、肩の力を抜いて頷いた。