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WHITE SNOW LOVE−5

「よう。サンキュ。茶でも飲んでくか?」
「ホントすかー?」
 どうやら噂の、週に一度の配達便らしい。
 まだ若い男で、日番谷と仲が良さそうな様子が面白くなくて、市丸はすかさず出てゆくと、
「こんにちは。お荷物配達ご苦労さん。こない雪の中、大変やねえ」
「わ、ひ、日番谷サン、誰すか、この人?!」
 近くで見ると、男は市丸よりも身体が大きかった。
 恐らく市丸よりも年が下で、赤い長い髪を後ろで一つに縛っていて、眉のところにおかしな刺青をしている。
 日番谷に敬語で話してはいるが、ガラも品も、あまりよさそうでもなかった。
 そして明らかにこの男も、市丸の出現が面白くなさそうな反応を示した。
「ああ、こいつ、居候。ポン太が怪我したんで、手伝ってもらってるんだ」
「えっ、ポン太、怪我したんスかっ?大丈夫スかっ?」
「ああ。クリスマスの時期でなくて良かった。この間、狼に襲われちまって」
「狼にーっ?日番谷サンは、大丈夫だったんスかっ?」
「ああ、平気だ。銃があるし。市丸、この荷物、中に入れるの手伝ってくれよ。この間頼んだお前の服もあるから、着替えてくるといい」
「うん。着替えは後で。お兄さんのお茶、ボクが入れるよ?」
「…俺、阿散井す。よろしく」
「市丸ギンや」
 日番谷の頭上でふたりの間に火花が散ったのは、間違いあるまい。
 日番谷の注文品が今回多いのは明らかに市丸のためで、阿散井は面白くなさそうに荷物を下ろしてゆき、市丸は余裕の態度でそれを家の中に運び込んだ。
 ふたりのそんな火花に日番谷は気付く様子もなく、市丸が茶の用意をする横で、阿散井のためにケーキを切っている。
「豪勢なもてなしやね。阿散井クンと、そない仲良しなん?」
 それはそうだろう。週に一度配達に来てくれる阿散井は、こんな雪山でひとりで暮らす日番谷にとって、数少ない他人とのコミュニケーションであり、毎週彼の来訪を楽しみにしているだろうことも、想像に難くない。
「まあな。ばあちゃんが生きてた頃からの付き合いなんだ。俺がひとりになったばかりの時は、しょっちゅう来てくれたし、よくしてくれてる」
「!そうなん!せ、せやけど、泊まっていったりは、せえへんよね?」
「いや、吹雪の日とか、時々泊まってくぞ。お前のそのスウェットも、阿散井の着替えだし」
「これかい!」
 そういえば、おばあちゃんと二人暮らしなのに、市丸が着れるサイズの服が何故あるのだろうとはちょっと思ったのだ。
 だが、おばあちゃんがいたならおじいちゃんもいたのだろうし、大柄な人だったのかもしれないと勝手に思っていた。
「と、泊まっていっても、阿散井クンとの間には、何もないよね?」
「はあ?」
「一緒に寝たりは、せえへんよね?」
「部屋余ってるからな。わざわざあんなデカいのと、一緒に寝ねえよ。子供じゃあるまいし」
 いや、大人だから一緒に寝るのだが、それをわかっていないということは、そういうことはないということだ。
 それを聞いてホッと胸を撫で下ろしたが、心穏やかではない。
 おばあちゃんが亡くなった時などは、ポン太が死んでしまうかもしれないとなった時以上に日番谷は精神的に参っていただろう。
 その時そばにいた阿散井は、どんなにか日番谷を勇気づけ、支えになったかと思うと、どうしてそれが自分でなかったのか、悔しくてたまらない。
(いや、せやけど、阿散井クンは、一緒に暮らしてへんもんね。大切なのは、過去より未来やし)
 市丸はなんとかそう思って、気持ちを切り替えた。
 逆に言うと、そういった経緯があり、頻繁に会っていながら、日番谷と恋人にはなれずにいるわけだから、嫉妬する必要もないかもしれない。
(…せやけど、ボクは?)
 市丸はそこまで考えて、急にドキリとした。
 自分だって、そういう意味では、阿散井と大差ない。
 それどころか、彼には毎週日番谷に会いに来る理由も方法もあるが、市丸はここを追い出されたら、二度と会う術すらない。
(ボクは、ここでこの子と暮らせたら、それは幸せやけども、それだけやったら、いつか耐え切れへんようになる日がくる…そうなったら、ボクは…、この子は…)
 日番谷が大事なら大事なほど、傷つけるようなことはできない。
 だが、日番谷は恐らく、まだ当分は、…市丸にしてみれば途方もなく遠い未来まで…、恋をするのに適当な年齢に成長することはなく…
 日番谷が何度も警告してきていたその『時間の壁』、『亜空間の壁』の本当の恐ろしさに、市丸はようやく気が付いて、愕然としてしまった。

 阿散井が帰ると、日番谷と市丸は、ふたりで届いた荷物の片付けをした。
 新しいものが届いた時の楽しさは、こんなところで暮らしていたら、格別なのに違いない。
 日番谷はとても嬉しそうにひとつひとつを取り出し、食材は先に保管庫へしまい、それ以外のものを楽しそうに見ている。
「毎週くるから、雑誌も取り寄せられるぞ。お前も欲しいもんがあったら、言えよ。カメラ関係の本は、適当に何冊か持って来てもらったけど。あと、映画のDVD、これはレンタルなんだ。俺はアクションが好きなんだけど、お前は映画とか、観るか?」
 なるほど、それなりに娯楽も充実しているようだ。取り寄せれば、ゲームとかもし放題かもしれないし、音楽のCDも簡単に手に入りそうだった。
「うん、映画、好きやで。ボクは洋画専門やけど。今晩、一緒に観る?」
「ああ、そうだな」
 届いたものを見たところ、日番谷が好きなものは、本や雑誌の系統、それから映画。あまり騒がしくない音楽。
 子供の好きそうな、ゲームやアニメ、マンガの類は、少なくとも今回の注文品の中には入っていなかった。
 まだ子供だから興味がないのか、市丸の手前頼むのが恥ずかしかったのか、女の子の写真やH系のものも何もなかった。
「…大人の雑誌やDVDも、ちょっとあったらええなあ」
 思い切って市丸は、言ってみた。
 そういうものが好きで、切実に必要としているというよりは、日番谷に男を意識させたかったからだ。
「大人の…?」
「うん。エッチなやつ」
 市丸が言うと、日番谷は一瞬にして真っ赤になった。
「そ…うか、お前大人だもんな。スマン、気が付かなくて。今度、好きなの頼めよ」
 そんなもの欲しがるなんてと不快感を示すかと思ったが、その点一応は、日番谷も男の子だから、理解はあるらしかった。
(ま、そないなもん見てもうたら、理性飛んでまうよって、ほんまはいらへんけども)
 そうでなくとも、日に日に優しいだけではない感情が、市丸の心の中で、大きくなってきている。
「な、それよりも、キミに似合うんやないかと思うお洋服も、頼んでおいたんやけども」
「なんだと。お前、勝手に…。俺の服は、十分ある」
「せやけどほら、このセーター、おしゃれやろう?」
 白いスリムシルエットのフード付き編み込みセーターは、前がファスナーになっていて、おしゃれでありながら、見ようによっては、とてもエロい。
 一瞬で脱がせてしまえるという、男のロマンがある。
 そんな下心になど日番谷が気が付いたわけはないが、純粋にそのデザインは、気に入ったらしかった。
「ふうん…じゃあ、明日着るか…」
「うん、絶対似合うでV」
 新鮮な食材が届いたため、その晩の食卓は豪勢だった。
 肉の串焼きにスープ、それにワインまで出てきた。
「お前大人だから、酒とか好きなんじゃないかと思ったんだが。…どうだろう?」
「うわあ、なんやめっちゃ嬉しい。ボク酒飲みではないんやけども、お酒は大好きや。おおきに」
 なんだか新婚みたいな気がしなくもない。
 阿散井のスウェットから、ぴったりした黒のセーターとジーンズに着替えた市丸も、少しは違って見えるようで、日番谷はちょっと照れているように見えた。
「乾杯しよか?キミとボクの出会いに」
「うわっ、恥ずかしー!何言ってんだお前。第一、俺は酒飲めねえ」
「ええやん、ちょっとくらい。寒い国でお酒飲んで身体あっためるんは、普通のことやで?」
「ん…そうか」
 少なめには注いだが、日番谷の白い肌は、アルコールであっという間にピンク色に染まっていった。
 特別弱くもないようであったが、アルコールは日番谷の鉄のような自制心をちょっとだけ緩めるようで、その晩、日番谷はいつもよりよく喋った。
「…お前って、不思議だよな…」
「ん?ボク?」
 食事の後、暖炉の前に移動すると、日番谷はパチパチはぜる火を見ながら、静かに言った。
「今まで俺に酒飲めなんて言う大人はいなかったし、最初から俺のこと、全く子供扱いしなかったし。あんなに冷たくしてやっても、全然平気だし。いつでも帰っていいって言ってんのに、こんなところで暮らしたがるし」
「んー…不思議やろか、それ」
 その全ての説明は一言でできるのだが、今言うべきか、市丸は少し悩んだ。
 というか、これまでもことあるごとに言ってきたつもりだったのだが、ハッキリ言わないと、やはり伝わらないのかもしれない。
 でも言ってしまって、日番谷がそれを受け入れられなかったら、市丸はここを追い出されてしまう。
「…お前、向こうの世界に、恋人とか…いなかったのか?」
 日番谷にしては珍しい質問をされて、市丸は驚いたが、そういう方向で自分に関心をもってくれることは、嬉しい。
「おらへんよ」
 簡潔に答えると、日番谷は少しためらうようにしてから、
「…でも、モテただろ?」
 そういう言葉は普通、言う本人が相手にそういう魅力を感じる時に言うものだ。
 市丸はドキッとして、急に自分までアルコールが回ってきたような気分になった。
「さあ、どうやろう。女の子の気持ちなん、ボクにはさっぱりわからへんよって」
「…モテたんだ」
 おもしろくなさそうな顔になって、日番谷は毛皮の上に寝転ぶと、そこに顔を埋めた。
「やっぱ背が高いからかな?口もうまいしな。…いしな」
「ん?何て言うた?」
「うるせー!んなモテるくせに帰りたくねえとか余裕こきやがって、ムカつく!」
(案外絡み酒や。てか、酔うと怒り出すんやな、この子)
 それも可愛いが。
 いや、日番谷だったら、どんなことになっても可愛いが。
「冬獅郎クンは」
 酔っている相手に告白するのはフェアじゃないが、本音を聞き出すチャンスではある。
「好きな子おるの?」
 聞いておいて緊張してドキドキしてきた。
 いる、村のあの子が好きなんだ、とか言われたらどうしようと思ってしまう。
「…いたって俺は、いつまでたってもガキの身体だし…」
「おるんやー!!!!」
 ついうっかり絶叫してしまったのは、市丸もアルコールが入っているせいだろうか。
 いつものようにクールには流せずに、
「相手は誰やねん、聞いてへんで!この際やから、その子は諦めよ?もっとええ恋が、すぐ近くにあるで!」
 日番谷の肩を掴んでガクガク揺らしてしまうと、日番谷は目を白黒させながら、
「あ、いや、いたとしてもって話だし。いるとは言ってねえし。てか、離せ、揺らすな。気持ち悪い。…おえーっ」
「わー!冬獅郎クン!」
 慌ててトイレに連れてゆくが、なんとか吐かずに持ちこたえたようだった。
 それでも気分が悪そうだったので、そのまま部屋に連れてゆく。
 日番谷の部屋は、…場所はわかっていたのだが、入るのはこれが初めてだった。
 日番谷ひとりには大きすぎる、大人用のベッド。
 ずらりと本の並んだ本棚に、整理された机の上には、画面の大きなデスクトップのパソコン。
 暖かそうなふわふわの絨毯の上には、日番谷サイズの小さなムートンのスリッパがあり、大人用のサイズの椅子の背には、子供サイズの可愛い上着が…
(あかーん!理性飛んでまうー!!)
 市丸は慌てて日番谷をベッドに横たえると、優しく布団をかけてやった。
「…いちまる…」
「おやすみ、冬獅郎クン」
 そんな可愛い声で名前を呼ばれたら、理性もギリギリだ。
 市丸は優しく言ってそっと髪を撫でると、さっとベッドを離れた。
(ゴメンな、今のボクにはキミを着替えさせてあげられへん。そないなことしたら、ボクは百パーキミを襲ってまうからね。キミのたんすを開けたら、百パー下着盗んでまうからね。堪忍な?)
 あとは余計なものは見ないようにして、逃げるように日番谷の部屋を出た。
 日番谷の部屋は日番谷の匂いがして、それもアルコールで理性の緩んだ頭には、刺激が強すぎた。
 今までは、なんとか愛だけで、日番谷を大切にして、優しく接することができた。
 だがもうそろそろ色々が限界になってきている。
 日番谷と一緒に暮らすことは、嬉しくて楽しくて、天国にいるみたいに、幸せだ。
 だが、すぐ近くにいながら何もできないことは、地獄にいるみたいに苦しかった。
 さっさと帰れと言われていたのに、情が移ってから別れるのは辛いから、とっとと帰れと言われていたのに、キミのそばに一生いると言い張って居座って、ここまで心を開かせておいてから再び一人にしてしまうなんて、そんな残酷なことができるはずがない。
 だがこれ以上ここにいて、今以上に日番谷に自分を必要とさせておいて、キミが好きだ、キミが欲しいと市丸が言うことは、とても卑怯なことのようにも思えた。
(ど、どないしたらええんやろう、この溢れるパッション……というより、…男の欲望…)
 相手が妙齢の女の子だったら、ここまで面倒でもなかったはずなのに。
 自然に相手も察して、それなりに回答を目線や態度で示してくれただろうし、受け入れてくれる確率も、ぐんと上がったはずだと思う。
 日番谷の言ったとおり、市丸はこれまで、女の子にはとてもモテてきたから、こんなことで悩んだことなどなかったのだ。
 だが、阿散井というライバルみたいな男の出現や、アルコールで気の緩んだ日番谷の無防備な顔は、市丸の男としての欲望を一気に煽り立ててしまった。