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WHITE SNOW LOVE−3

「あれ、なんでキミがポン太クンの家の鍵…」
「よっ、ポン太、おはよう!調子はどうだ?」
 ドアを開けるなり、日番谷は大きな弾んだ声で言って、家の中に駆け入った。
 市丸も慌ててそれに続くと、
「…なんや、ポン太くんて…」
「俺の相棒、トナカイのポン太だ。お前、初対面じゃねえぞ。昨日会ってるぞ。お前を乗せたそり、こいつがここまでひいてきたんだから」
 そこは家ではなく馬屋のようなところで、そこには立派なトナカイが一頭いた。
 日番谷が駆け寄って行くと嬉しそうに耳をピクピクさせ、長い顔をすり寄せている。
「へえ〜、トナカイにそり引かせてるんや。…なんや、サンタさんみたいやねぇ〜」
 ポン太が人間の男じゃなくて心底安心したから、ふたりが無二の親友のように身を寄せ合っていても、ヤキモチは焼かないことにした。
 それに、そう言われてみれば、天使に助けてもらう夢の中に、このトナカイも、いたような、いないような…。
 日番谷は市丸のことは全く無視して、ポン太の食事の準備を始めている。
 どれだけこのポン太が好きか一目でわかるほど、本当に嬉しそうな顔をしている。
 市丸の前では、決してしなかった表情だ。
(…ハッ!あかん、ボク、トナカイにヤキモチ焼いとる!)
 こんな雪山にひとりで暮らしているのだから、この唯一の?友達は、それはもう大切な相棒なのだろう。
 それはわかっても、どう頑張っても自分は入り込めなさそうな絆を嫌というほど感じて、相手がトナカイでもモヤモヤした気持ちをどうにもできない。
「…トナカイて、普通は群れで暮らしとる生き物やないの?こないなところで一頭で、なんや可哀相やなあ」
 それでついそんなことを言ってしまうと、すごい目で日番谷に睨まれた。
「お前に関係ない。どうせお前は、明日ポン太に送ってもらって、山を降りるんだから」
「ええーっ!まだボク帰らへんよ!ポン太クン可愛えなあ〜!ボクお水汲んできたるよ!」
 慌ててご機嫌をとるが、日番谷はツンとそっぽを向いてしまう。
「それより戻って休憩してろよ。明日、途中までは送ってやるけど、その先はひとりで帰るんだから」
「そない意地悪言わんといて〜。もう少し、ここにいさせて〜!」
「まだ雪かき途中だろ。休憩する気ないなら、働いてこいよ!」
 すっかりご機嫌を悪くしてしまった日番谷に、市丸はしゅーんと項垂れて、すごすごと家に戻った。
(あの子にとっては、ポン太クンが心の支えなんやろなあ。言うたらあかんこと言うてもうた。どないしよう…)
 このままでは、本当に明日追い出されてしまいそうだ。
 今更やっぱりまだ元気じゃないフリなどできないし、どうしたものかと考えて、市丸は何とかここに置いてもらう口実をみつけられないかと、ふらふらと家の中を見て回った。
(反則やけど、ちょいと覗かせてもらうで?)
 ログハウスには、広い大きな居間の奥に、まだいくつか部屋があるようだった。
 市丸が寝かされていた部屋の他に、風呂とトイレ、物置のようなところ、そしてあと数室のうちのひとつは、日番谷の部屋だろう。
 どこがそうなのかよくわからなかったが、適当にひとつの扉を開けてみると、
「こ、これは…!」
 驚いて、市丸はドアの前で立ち尽くした。
 そこは、真っ赤な、本当のサンタクロースのような衣装がズラリと並んだ、ウォークインクローゼットだった。
 サンタのような真っ赤な帽子や、巨大な布袋まである。
「まさか、ほんまにあの子…」
「何してるっ!」
 鋭い声がしてハッと振り向くと、いつの間に戻ったのか、険しい顔をした日番谷がいた。
「あ、ゴメン。トイレと間違えてもうて…」
 とっさに言うと、日番谷は黙ったまま歩いてきて、扉をバタンと閉めた。
「な、キミ、もしかして、ほんまにサンタさんなん?」
「…」
「そうなんやろ?昨日は飛ばへん言うたけども、ほんまはポン太くんの引くそりで、空飛ばはるんやろう?もしかしてここは、亜空間なん?それでキミは、こないなところに一人で…」
 市丸が続けて言うと、日番谷はとうとうタメ息をついて、
「…まあ、隠すことでもないか。お前はもう、サンタを待つ子供でもねえんだし。お前の言う通り、俺の仕事はサンタクロースだ。ポン太の引くそりでクリスマスの夜に下界へ降りて、子供達にプレゼントを配ってる」
「ええーっ、ほんまに???せやけどキミ、まだ子供やんか。サンタさんて、ちょっと太ってひげの生えたおじいさんなんやないの?」
 自分で展開した推理ではあるが、そうあっさり認められると、色々突っ込みたくなる。
「いいんだ。寝ている子供に配るんだし、一応は、つけひげもつけてくし。暗いから、わかりゃしねえ」
「いや、わかるて!てか、キミその可愛えお顔につけひげて…それも可愛え!!!見せて!!!キミのサンタ姿、見せて!!!!」
 ついうっかりエキサイトして言うが、
「見せるか、バカ。とにかくそんなワケで、お前をあまりここに長く居させてやるわけにいかねえんだよ」
「どうして?ボク、何でもお手伝いするで?」
 この可愛い可愛い少年は、やっぱり天使とか妖精と同じような存在だったのだと思って、ますます興奮したくらいだ。
 市丸は本気で言ったのだが、日番谷も真面目な顔で、
「お前の言った通り、ここはお前の暮らしてたとこから見たら、亜空間だ。別世界なんだ。違う空間なんだ。…時間の流れも違う。お前、あまりここに長くいると、帰れなくなっちまうぞ?」
「え?」
「ここでの『時間』は、お前の世界の『時間』とは、違う。同じように一日を感じるだろうが、違うんだ。早く帰らねえと、こっちの時間の流れに身体が順応しちまって、うまく元の生活に戻れねえぞ、お前。時間に、取り残されちまうんだ」
 真剣な日番谷の顔を、市丸もじっとみつめ返した。
 それは例えば、ここに一ヶ月もいてから帰ったら、元いた世界では何年も経っているとか、そういうことなのだろうか。
「別に、ええよ」
 色んな可能性を一瞬のうちに考えたが、そのどれも、怖いとも嫌だとも感じなかった。
 それよりも、日番谷と別れてしまうことの方が、耐えられない。
「元いた世界なんて、キミとの時間に比べたら、クソくらえや。ボクはここにいたい。ここでキミといたい」
「バカッ!何もわかってねえくせに、軽々しくそんなこと言うな!とにかく、お前は明日帰るんだ。今日はもう、ゆっくり休め!わかったな!」
 恐ろしい剣幕でそれだけ言うと、日番谷は奥の部屋へ入って、鍵をかけてしまった。
(…軽々しく言ったつもりなんかないんやけど…)
 一瞬で市丸の魂を奪い去ったくせに、今更一人で帰れと言われても、もうもとの世界の方に、自分のいる場所を感じられない。
 こんなにも胸が焦げるような思いを、どう処理したらいいのかもわからない。
 日番谷はそれから食事の時だけ部屋から出てきてくれたが、それ以外は部屋にこもって、市丸に顔さえ見せてくれなかった。


 途方に暮れたまま眠れずに、その夜市丸は、暖炉の前の揺り椅子に座って、ぼんやりと窓の外を見ていた。
 今夜もしんしんと雪が降っている。
 確かに市丸は、まだ日番谷のことも、この世界のこともよく知らない。
 恋をする相手にしては、日番谷は幼すぎるし、女の子ですらないこともわかっている。
 その上、どうやら人間でもない。
 そんな恋が成就するのかと聞かれたら、それは難しいことかもしれないが、だからといってこの狂おしい気持ちは消えはしないし、今ここで日番谷と別れてしまったら一生後悔することだけはわかった。
 本当に、帰らねばならないのだろうか。
 一生を捧げてもいいと言っても、日番谷は許してくれないだろうか。
 日番谷が、市丸と暮らすことなど真っ平御免だと言うならともかく、もう少し試してみてくれてからでも遅くないのではないだろうか。
 結果市丸が元の世界に戻ることになり、そこで不都合が起こったとしても、それはそれで受け入れる覚悟もある。
 とにかく、お互いほとんど何も知る時間もないまま別れてしまうことだけは、嫌だった。
 もっと日番谷のことを知りたい。
 自分のことも、もっと知ってほしい。
 自分の過去や、未来と引き換えにしても、日番谷との新しい暮らしを夢みずにはいられない。
(方法があるんやったら、ボクもサンタさんになってもええんやけども。写真は趣味でも撮れるんやし。そう言うても、許してくれへんのやろうな、あの調子やったらな…)
 とにかく今は、日番谷の中で市丸は、まだよそ者なのだ。そのままで追い出されてしまうのは、なんとも口惜しい。
(このまま帰ったって、ボクは残りの人生、キミの幻を追って生きるだけの屍みたいなもんになるだけやのに。あの子にそれをわかってもらうには、どないしたらええんや…)
 なんとも切ない思いに項垂れていると、どこからか何か、不穏な気配と不審な音がして、市丸はハッと顔を上げた。
 その気配は、家の外から感じる。
 市丸が立ち上がるのと、奥の部屋から日番谷が駆け出してくるのは、ほとんど同時だった。
「冬獅郎クン、今、何か…」
 言いかける間にも、日番谷はただならぬ様子で暖炉に駆け寄り、その上の壁にかけてあった、猟銃を手に取った。
「ちょ、キミ…」
「狼だ。お前、そこの薪で松明作って、ついてこい」
「狼っ?キミ、銃なん持って、大丈夫なん?」
 驚きながらも素早く市丸は言われた通り、暖炉の横に積んである薪を二本取って布を巻きつけ、油を染み込ませて火をつけた。
 日番谷は頷いて、躊躇なくドアに向かった。
「何でもできるって言っただろう。銃の腕には自信がある。お前は、援護を頼む。さっきあっちで、大きな音がした。ポン太が心配だ。行くぞ」
 冷静に言うが、日番谷の顔面は蒼白だ。
 それはそうだろう。狼は、群れでくる。
 この丈夫なログハウスの中にいれば安全だろうが、さっきの音は裏手のポン太の家の方からした。様子を見に行かねばならない。
 日番谷は、明らかに彼の体格には大きすぎる猟銃を、それでも手馴れた様子で構えながら、そっと外へ続くドアを開けた。
 すかさず、小さな舌打ちが聞こえてくる。
「マズい。やっぱりあいつら、ポン太を狙ってる」
 トナカイ自体は、草食動物ではあるが、実際にはそんなに弱くはない。
 大きな身体と固い蹄、それに強力な角がある。
 だが、狼は群れだ。
 昼間市丸が雪かきをした道はまだそれなりに残っていて、市丸が松明を二本持っているとはいえ、狼のいる外へ、日番谷はためらいもなく踏み出した。
「気ィつけてな?」
「お前もな」
 日番谷はポン太の家に近付くと、そこにいた一頭の狼を、ためらいもなく撃った。
 銃の音と撃たれた狼の鳴き声で、群れの中に動揺が走ったのがわかった。
 狼達はふたりに気付いたが、日番谷が次々と撃ってゆくのと市丸の松明で、襲ってくるものはいなかった。
「キミ、ほんまにすごい腕やなあ」
 ほぼ百発百中の日番谷に感心するが、日番谷は無言のままポン太の家に駆けてゆき、素早く鍵を開けて中に飛び込んだ。
 市丸もそれに続き、中に入ると、すぐに戸を閉めた。
「ポン太!」
 悲鳴のような日番谷の声と同時に、銃声が響いた。
 どこかに穴でも開けたのか、中にいたらしい狼達は一目散に逃げてゆき、日番谷はトナカイのところに駆け寄った。
 辺りには何頭か狼が倒れていて、ポン太が勇敢に闘ったことがわかる。
 だが、ポン太も重傷を負っていた。
 狼達が去り、駆け寄ってくる日番谷を見たら気力が尽きたのか、ゆっくりとその場に崩れてしまう。
「ポン太、大丈夫か!」