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WHITE SNOW LOVE−10

 それから市丸は、日番谷の仕事を手伝って、プレゼントの手配やルートの計画など、色々なサンタの仕事をした。
 当日市丸は、日番谷の補助としてそりに同乗し、一日体験のようなことをするだけだったが、数人の子供のところにプレゼントを配らせてもらえることになった。
 ただし、仕事中に写真は禁止だと言われてしまった。
年に4回あるサンタの仕事だから、市丸としてはクリスマスと言われてもピンとこなかったが、全ての準備が整い、日番谷がサンタの衣装に着替えると、にわかに胸が躍り始めた。
「可愛えなあ〜、キミ。めちゃめちゃ似合うで。ボクもこないなサンタさんに来てもらいたかったなあ」
 自分でもわかるほどデレデレの顔で言ってしまうと、日番谷はムッとした顔をして、
「子供達は皆寝てるから、俺の姿は見ねえよ」
「そうなん。残念やなあ。せやけどまあ、しかたないね。姿見られてもうたら、キミきっと、拉致られてまうしね。あんまり可愛えから」
「だから、子供はそんなことはしねえ。てか、普通は大人もしねえ」
 市丸もわざわざ特注したサンタの衣装を着せられたが、こちらは我ながら、あまり似合うとも思えなかったが、日番谷はふっと笑って、「けっこういいんじゃね?」と言った。
 それから以前言っていた通り、本当につけひげをつけ始める日番谷に、市丸は目を丸くして、
「せっかく可愛えのに、ほんまにひげなんつけてまうの?…って、可愛えー!!!マジでめっちゃ可愛えー!今まで体験したことのない可愛さやで、それ!うわあ、あなどれんもんやなあ〜」
 小さな日番谷が強引にサンタのひげをつけた姿は、大人がひげをつけるのとは全く違って、予想以上に可愛かった。変な生き物の着ぐるみを着るとかと、同じ感覚かもしれない。
 市丸が興奮して可愛え可愛えと大喜びしていると、日番谷はやっぱり怒って、
「バカにしてんじゃねえぞ。お前だってつけるんだからな!」
「うん、まあ、ボクはなんでもええけども」
「準備ができたら、そこに立て。お前はまだサンタじゃねえから、そりに乗って空を駆けても大丈夫なように、サンタの粉をかけてやる」
「へえ〜、そういうもんなん」
「普通の人間じゃ、あんな上空で平気でそりに乗ってはいられないからな」
 その後二人はポン太の引くそりに乗って、サンタの村に下りた。
 市丸にとっては初めてだが、一応、出かける前に儀式というか、会社でいうところの朝礼のような、出発の会があるらしかった。
 サンタの村は小さな村で、年配の者も大勢いたが、予想より若者が多くて、市丸は驚いた。
 特にサンタの格好をして、出陣するらしい者達は、下界で皆が認識しているサンタのような老人はいなくて、中堅どころのサラリーマンくらいの年齢の者が多かった。
 そんな中にいたら、確かに日番谷は目立つだろう。
 この中で小さな日番谷がトップの成績を誇っているというなら、妬まれて、反感を買ってしまうこともあると思った。
 ふたりが現れると、特に市丸は、ジロジロ見られた。
 市丸のことは事前に報告してあるらしく、何も言われなかったが、よく思われていないことは、すぐにわかった。
「それでは皆、下界ではくれぐれも気を付けて、サンタの誇りを持って、職務を果たすように」
 神父のようなサンタが挨拶をすると、ひとりひとり順番に祝福のようなものを受けてから、各自が自分のそりに戻り、それぞれに出発していった。
 神父は日番谷によくしてくれるひとりのようで、最後に日番谷が神父の前に行くと、にっこりと笑って、
「今夜も子供達に、最高の夢を与えてくれることを信じているよ」
「ありがとうございます、神父さん」
 日番谷は丁寧に頭を下げてから、市丸を振り返った。
(え、ボクも?)
 内心思ったが、仕方なく市丸も続いて神父の前に行き、軽く頭を下げた。
「市丸ギンです。まだサンタやないんですけど、今夜は日番谷冬獅郎クンのお手伝いに入らせていただきます」
「君が市丸くんか」
 なんだか、彼女のお父さんのところに挨拶に来たみたいな気分になって、市丸は落ち着かなかったが、努めて愛想のよい顔をした。
「下界から来たのだね?」
「はい、そうです」
「カメラマンの卵なんだって?」
「いえ、趣味で写真撮ってるだけです」
「ここに来てどれくらい経つ?」
「どうですやろう?時間の流れが微妙に違いますよって。二ヶ月くらいは経ちますやろか」
「では、下界が恋しかろうね?」
「ボクはまた戻ってきますよ?」
「そうあらんことを祈る。…あの子のためにも」
 最後の言葉は市丸にだけ聞こえるような声で言って、神父は市丸にも祝福を与えた。
(…めっちゃ試されてるわ〜)
 市丸は神妙に神父の前から下がると、日番谷を急かして、そりのところへ戻った。
(せやけど、良かった。この子、愛されとる。…ボクらが結婚する時は、あの神父に立ち会ってもらうことになるんかな?あの人やったら、ええかもしれへんな…)
 日番谷がそりを出すと、何人かの村人は、手を振って送り出してくれた。
 市丸はここぞとばかりに愛想を振りまいて、大きく手を振ってそれに応えた。
 いよいよポン太は、雪を蹴って浮かび上がり、天に向かって駆け上り始めた。
「うわー、ほんまに空飛んどる…」
 初めてここで日番谷に助けられた時、夢の中で感じていたのは、確かにこの感覚だった。
 そりにつけられた美しい鈴の音も、あの時間違いなく聞いていた。
(ああ、あの時の天使や…)
 今日の日番谷はサンタの赤い衣装を着てひげなどをつけているが、あの時の白い天使と同じ姿が、そこにあった。
 小さいけれど、堂々とした背中。キラキラと輝く髪。
 この世のものとは思えない美しさ。
 雪の舞う森の中をどこまでも駆けてゆくと、やがて一瞬、周りが闇に包まれた。
 そのままふわっと、眩暈のような感覚を覚えた後、突然目の前に、懐かしい世界が広がった。
「…下界や…!」
 本当にタイムスリップしているようだった。
 眼下にはクリスマス色のイルミネーションが輝く夜の街があり、一気に聖夜の厳かな空気に飲み込まれる。
 日番谷のそりの鈴の音が、聖なる夜に美しい彩を加えていた。
 そして何より、夜空から見下ろすクリスマスの街の美しさ。
 イルミネーションが施されていない区域でも、特別な夜の特別な美しさが、そこにあった。
 皆が幸せに包まれる夜。
 祝福を待つ人々の、幸せな思いに満ちた夜。
「きれいやなあ〜…。ボクは毎年なにげにクリスマスの夜を過ごしとったけども、こないきれいなもんやとは、今初めて知った」
「上空だからな。きれいなものしか見えないんだ。さあ、少し下りて、プレゼントを配り始めるぞ」
 最初の家は、高層マンションの一室だった。
 ピタリと閉じられた窓も、日番谷は魔法の棒のようなものを振って、するりと通り抜けてゆく。
 眠っている子供の枕元にプレゼントを置くと、ベッドの端に手を付き、小さな身体を伸ばしてその子の額に軽くキスをして、素早く戻ってくる。
「今キミ、あの子にキスした!」
 相当な衝撃を受けて市丸が言うと、日番谷はなんでもないことのように、
「ああ、ああいうのは、眠っていても、わかるんだ。子供に必要なのは物質だけじゃなくて、スキンシップと愛もだからな」
「サービス過剰なんやないの!」
「俺のやり方に、文句あんのか!」
「ないよ!ヤキモチ焼いとるだけや!」
 堂々と市丸が言うと、日番谷は呆れたようにタメ息をついて、無視することに決めたらしかった。
 さっさと元の位置に戻って、すぐにポン太を次の家へと向かわせる。
「なんや。あっさりしてくれた思うたら、慣れてはったんや。ボクはあの子らと同じ扱いなんや」
 市丸が後ろで拗ねて言うと、日番谷はムッとしたように、
「失礼なことを言うな。俺にとってプレゼントを配る子供達は、誰もとても大切な子だ。むしろお前を、その格にまで上げてやったんだから、喜べ」
 なんだか素直に喜べなかったが、日番谷は本気で言っているらしかった。本当に、日番谷が選んだ子供達に、与えられる一杯の愛と幸せを与えてやりたいと思っているのだ。
「…うん、まあ、キミには勝たれへんわ。今日はボクだけの冬獅郎クンやなくて、みんなのサンタさんやもんな」
「よくわかったじゃねえか」
 その言葉は、本当に、その通りだった。
 日番谷の仕事ぶりは、本当に素晴しかった。
 日番谷はその存在だけで、愛と幸せを振りまいている。
 日番谷のそりが通った後には、キラキラ光る幸せの欠片が落ちて残ってゆくようで、その幻想的なまでに美しい光景は、市丸の心を打った。
 聖なる夜。
 そんな言葉は毎年何度も聞いてきたけれども、誰にも言われないのに実感でそれを感じたのは、初めてだった。
 こんな可愛い小さな少年が、子供達に幸せを配って回る、サンタさんなのだ。
 都会の子供だけでなく、小さな町の小さな子のところにも行って、目を覚まさない魔法のかかる不思議な棒を振って、子供達の枕元にプレゼントを置いては、その額にキスをしてゆく。
 そうするとどんな子供も、眠っていてまだ日番谷にもプレゼントにも気が付いていないのに、祝福を受けたように幸せに満ちた顔になるのだった。
(わあ、すごい…ボクのサンタさんは、世界一や…)
 本当に本気で、市丸は思った。
 これほどの愛と幸せを、他の誰が与えることができるだろうと思った。
 今この時、サンタの日番谷は、あの雪山の小さな少年とは違って見えた。
 生き生きとして、キラキラと輝いて、サンタの誇りと幸せに溢れている。
 今夜この世界は、この小さな少年が支配していた。
 世界中が日番谷を待って、クリスマス色の夢を見ている。どこかから聞こえてくる美しい賛美歌が、日番谷を讃えているようだった。
 市丸はもはや言葉もなく、そのまばゆく美しい姿に見惚れた。
 空を駆けるトナカイのポン太も、神秘的なまでに、日番谷とひとつだった。
「オラ、お前の番だ。行ってこい」
「え」
 日番谷に声をかけられて、市丸は突然我に返った。
 見ると自分が選んだ家の前にそりは停まっていて、自分が用意したプレゼントが、足元にある。
「えー…今更ボクが行っても、この子なんや可哀相や。キミが行ってあげた方が絶対ええよ」
「大丈夫だ。お前だって、…幸せを与えるの、すごく上手だから」
 少してれたような、そんな可愛い顔で言われても、もともとそんなタイプでもないし、市丸が幸せを与えたいのは、日番谷だけなのだが。
「ほな、失礼して」
 だが、日番谷にそんなふうに言われたら、行かないわけにいかない。
 市丸は日番谷の手から不思議な棒を受け取ると、窓の前に降りて、振ってみた。
 するとするりと、閉まっている窓を通り抜けることができた。
(…冬獅郎クンが通るならまだしも、ボクやさっきの大人のサンタさん達が人のお部屋に勝手に入ったら、不法侵入でとっても犯罪チックなんやけど…)
 子供にキスをするのも、市丸がやったら犯罪くさくて、そうでなくてもあまり乗り気になれなくて、プレゼントを置いて、さっさと戻ってくる。
 日番谷は難しい顔をして、「うーん、お前、どうもいまいち、雰囲気ねえな。ま、慣れかな?」などと言っている。
「冬獅郎クンになら、最高のサンタさんになれる自信あるんやけど」
「あ、それ、それ。『その』『それ』を、子供達のとこでやったら、立派なサンタだぞ」
「う〜ん、キミ以外の子ぉには、この愛はふりまけへん」
「じゃあ、俺だと思って」
「思えるわけないやろ〜!」
 いまいちな仕事ぶりだった市丸にも、日番谷は嬉しそうだった。
 ますます幸せそうに、そりを走らせる。
 美しい夜空に吸い込まれるように駆けるそりの上で、市丸までもその聖なる幸せに飲み込まれてしまう。
「冬獅郎クーン!」
「ん?」
「サンタさん、最高やー!」
「そうか」
 振り向いた日番谷は、今まで見たこともないほどの幸せに輝いていた。
 誰のためでもない、自分のための幸せに。
 雪の山の中で、おばあちゃんのためにサンタになったのだと思っていた少年は、誰よりサンタの仕事を愛していた。
 誰よりサンタの誇りに満ちていて、雪山での日番谷の生活に自分が幸せを与えてやれるなんて、おこがましい考えだったと市丸は思った。
(幸せにしてもろうとるのは、ボクの方や。あかん。ほんまにボクは、もうこの子から、離れられへん…)
 日番谷が世界にかけた聖なる夜の魔法は、夜が明け、空が白み始めても、消えることがないように思えた。