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博士とロボット−3

「あかんよ博士、大変や、今、今博士の可愛え前のもん、なんやおっきくなったで!」
「気のせいだ、気のせいだから!」
「気のせいやないて!ほんまにおっきくなったし、動いたで!大変やん、ちょう見せてみぃて!」
「いや、別に大変でもねえから!普通だから!案外あることだから!」
「ええ、そうなん?どういうこと?なに?なに?何が起こったん??!!」
「うわー、触るなったら!」
 一度感じ始めたら、脚に触られただけでも、反応してしまう。
 日番谷自身、他人に触れられたり見られたりという刺激を受けて反応することは、初めての経験でパニックだった。
 なんとかギンをごまかしてやり過ごす手立てを必死で考えたが、暴れても力で敵うはずがなかった。
 ぎゅっと閉じた膝にしっかりと手をかけられ、本を開くほどの軽さでぱかっと左右に開かれてしまう。
「あー!なんや、立ち上がっとるーー!!」
「ぎゃーーーー!」
 ぐぐっと顔を近づけられて、まじまじと見られ、日番谷は頭が真っ白になって、思わず絶叫してしまった。
「何なん、何なん、これ、どうなっとるの、どうしてこうなったん、これ、どういうことなん?」
 触るなと言ったのに、大興奮のギンは夢中で言いながら、震える指先でそれに触れてきた。
「うアッ、あっ!」
「可愛え声出た!」
「わーーーー!!!」
「気持ちええん?ここ触られると、気持ちええん?もっとしてええ?どうするともっと気持ち良くなるん?」
「アッ、ヤメッ、バカ、ひ〜〜〜っ…!」
 これはもう、ダメだ、と、とうとう日番谷は腹をくくった。
 ここまで見られたらごまかせないし、うやむやにしても、またギンは来るだろう。
「お、教える、教えてやるから、触るな、手、離せ!」
 震える声で、ギンの手をバシッと叩いてやる。
 ギンはおとなしく手を引っ込めて、期待に満ちた目で日番谷を見た。
「い、生き物にはだいたい、男と女ってもんがあって、生殖して、子孫を残すんだ。人間の場合、男が精子を作って、女の卵子と合体させて、子供を作る。俺は男だから、これが精子を作るところで、これが、出すところ」
 なんでこんな説明せにゃならんのだ、こんなことなら性教育も、最初にデータとして入れておけばよかった、と情けない気持ちで思いながら、日番谷は説明を続けた。
「男は、女性から性的な刺激を受けたり、物理的に刺激を与えられたりしたら、反応して、ここに血が集まって、固くなって、精子を出す準備をするんだ」
「うん」
「…こんな感じで…」
 説明しながら、日番谷は自分のものをゆっくりと扱いて、高めていった。
 実際にして見せないと、ギンは絶対に満足しないと思ったからだ。
「…男に、生殖をして、子を残す行動に向かわせるために、こうやって高めて、精液を出す行為には、快感を伴うように、なっている…」
 火照ってきた肌や上がってきた息、潤み始めた目の説明をするように、なるべく事務的になるよう気を付けながら言ったが、ギンの前でこんなことをして見せている自分がどうしようもなく恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだった。
 しかもギンは熱心に説明を聞きながら熱心にそこをみつめているが、同じくらい熱心に、日番谷の表情も食い入るように見ている。
「…ん、…ぅ…」
 早く、早く達して見せて終りにしたいと思っているのに、見られて緊張しているせいか、なかなかそこまで到達できない。
 ギンのことは忘れて集中するために、目を閉じて行為に没頭し始めるが、実際のところ、日番谷は自慰にも慣れていなかった。
 先生として指導するには拙すぎて、それも恥ずかしくて、どうしようと思いかけた頃、突然ギンの長い指が、そこに触れてきた。
「ア、アッ」
 その感触に、一気に熱が高まったが、日番谷は慌ててギンの手を払った。
「さわるんじゃ、ね…!」
 睨みつけながらも、ギンの指の感触の余韻が醒めないうちに、一気にこすりあげて、のぼりつめた。
「…ふ、ぅっ…」
 ベッドに倒れ込み、大きく息をついていると、放心したように自分をみつめるギンに気がついた。
「…こ、やって、出すんだ。…まだ俺は子供だから、こんなのしか、出ねえけど」
 手で受け止めたものを見せてやると、ギンはそれを指ですくってしげしげと見て、匂いを嗅いで、ペロリと舐めた。
「わ、バカ、汚ねえよ、ヤメロ!」
 慌てて手をとって止めさせ、ギンの手と自分の手を、タオルで拭いた。
「残念ながら、お前にはこの機能は、ついてねえ。立派なものはぶら下がってるけど、精子は作れねえし、大きくならないし、触っても気持ち良くならねえ」
 かなりショックな宣告だろうと思ったが、まだその意味もわからないのか、ギンはその言葉には、それほど反応しなかった。
 だがギンは真剣な…というより、何かとても熱のこもった目をして、
「ボクにもやらせて」
 いきなり日番谷の足首を掴み、開いてこようとするので、日番谷はびっくりして反射的にギンの頬を引っぱたき、
「ダメだ、見るだけって言っただろ!」
 だが痛かったのは、日番谷の手だけだった。
「あかん。博士の可愛えお顔見とったら、…もう、…なんやの、この気持ち?これ、どないしたらええの?ボクの、ボクの手で、博士を可愛くさせたい…」
 そのギンの言葉に、日番谷はまたも目をまん丸に見開いた。
 その機能がなく、そんな衝動もないはずなのに、ギンは…この言葉が正しいのかもわからないが、…発情している。日番谷に。
「…バカッ…ヤメロ…!」
 これは、明らかに好奇心ではない。
 いくらその機能はないとはいえ、ギンにそんなことを許すわけにはいかなかった。
「離せギン、授業は終わりだ、お前にこんな行為は、必要ない!第一、人間だって、こういうことは、お互いの合意なしでやったらいけないんだ!」
「せやったら、博士もやってほしくなったらええやん!さっきもひとりやったら無理そうやったけど、ボクが触ったら、出せたやん!」
「違うー!」
 何も知らないくせに、そういう勘だけは鋭いギンに、日番谷は焦って、反射的に枕元のリモコンに手を伸ばしていた。
 本当は、これだけは、したくなかったのだ。
 機械とはいえ、ギンの人格を無視するような、こんな頭ごなしな手だけは、使いたくなかった。
 だが、ギンの手で射精させられることだけは、何がどうあっても絶対にするわけにはいかなかった。
 自分が作ったロボットにイかされるなど、博士の沽券に関わる。というか、有り得ない。
 日番谷は素早くリモコンを掴むと、迷うことなくスイッチを入れていた。
「ぎゃっ!」
 とたんにギンが悲鳴を上げて、ベッドから転がり落ちた。
「痛い痛い痛い痛い、やめて博士やめて痛い!」
 それは、孫悟空の頭に嵌めた緊箍児のように、ギンの頭脳回路に痛覚を流すスイッチだった。
 外からギンに痛みを与えることは、難しい。
 だからあらかじめ、いざという時のために、最悪気絶させることのできるほどの痛みを与えることができる手段を講じてあった。
 まさか、こんなことで使うはめになるとは、思ってもみなかったが。
「大人しく部屋へ帰るか」
「帰ります帰ります、帰りますから、許して…」
「明日からも勝手に部屋に入ってきたら、こうするからな?」
「ううう、もうしませんから、お願い…」
 悲痛なギンの懇願に、ようやく日番谷は、スイッチを切った。
 転げ回っていたギンはばったりと床に倒れて、時折小さく痙攣を繰り返している。
(…やり過ぎたか?いや、ここははっきりと、どっちが主人か、わからせねえと)
 ギンから目を離さないまま、手探りで着物をたぐり寄せ、胸から下を隠した。
「おい、ギン、早く出ていけ」
「…うう…」
 恨みがましい声を出して、ギンはなんとか上体を起こすと、チラッと日番谷と、その手の中のスイッチを見た。
「…ヒドイ。そないなもん、用意しとるなんて」
「テメエが言うこときかねえからいけねえんだ」
「だって、博士があんまり可愛かったから…」
「可愛くねえよ!いいから、行け!」
「うう…」
 ギンはふらふらと立ち上がると、今度は日番谷を振り返らないまま、ゆっくり部屋を出て行った。





 それから数日は、平和に日々が過ぎていった。
 次々と舞い込むギンの出動命令も完璧にこなし、その能力も高く評価され、順調この上なかった。
「いやあ、ギンも、すっかり死神らしくなってきましたね!任務も真面目にこなしているし、頼もしい限りですね!」
 リンもご機嫌で言ってきた。
「ああ…そうだな」
 真面目というか、日番谷にはギンが少々上の空なように思えて仕方がなかった。
 あれ以来、ギンが夜に忍び込んでくることは本当になくなり、昼間にベタベタしてくることも少なくなった。
 ギンは何も言ってこないし、あまり蒸し返したくない話題なので、こちらからも何も言わないまま、あのことはなかったことになってきつつあるように思う。
 あれからギンのプログラムをもう一度見直しても、あれがなんだったのか、わからない。
 一過性のちょっとしたバグで、何事もなく正常に戻ったのならば、問題はないのだが。
 ただ気になるのは、ギンがふらっとどこかへ消えてしまう回数が、多くなったことだ。
 どこへ行っていたんだ、と言っても、涼しい顔で、ちょっとその辺お散歩に、などと答える。
 そばにいろと言っただろう、と言うと、本当に文字通りくっつくほどそばに来て、思わず「離れろ」と怒ると、「わかりました〜」と言って、あっという間に消えてしまう。
 ああ言えばこう、こう言えばああという具合で、まるで言葉遊びになってしまうのだ。
 だが、ギンのそんな気紛れさにもいい加減こちらの方が慣れてきてしまって、ギンの行動を把握しきれなくなってくる…それは、まだ今の段階では、あまり良くないことだと思った。
 あれからそろそろ日も経ったことだし、一度ビシッと言った方がいいのかなあ…と思い始めた頃、技術開発局長が、じきじきに日番谷のラボにやってきた。
「こんにちはーっス!元気にやってますかー?」
「浦原局長!」
「最近例のロボット君、大活躍みたいっスねえ〜。あれ、今日はいないんスか?」
「あ、…今、使いに出してる…」
 どこに行ったかわからないなどとはとても言えなくて、日番谷がしどろもどろで言うと、浦原は全て見透かしたような、それでいて全て見逃してくれるような、寛大な微笑みを浮かべた。
「そッスか、残念。ところで日番谷博士、ロボット君もですけど、実のところ、このところの任務では、アナタの評価もそれはそれは高いみたいでしてね」
「はあ」
「ご自身の戦闘能力、統率力、そして状況判断力、全てにおいてかなり上のクラスだと、大絶賛なんッスよ。…ここだけの話、アナタもせっかく死神なんだし、研究室だけにいるのはもったいないという話も出ているみたいっス」
「それは…」
 つまり、護廷隊に転属しろということか。
 瞬時に察して、日番谷はさっと顔色を変えた。
「もちろん、技術開発局としては、優秀なアナタを手放したくなんかありません」
 日番谷の心情を即座に読み取って、浦原は素早く言った。
「特に上層部では、アナタが今回開発したロボット君の評価はとても高くてね。…大量生産したらどうかという話も、あるとかないとか…」
「大量生産?」
「つまり、面倒じゃないでしょう?改造魂魄を使った『尖兵計画』は倫理面で廃案になった。…でも機械なら、問題ないだろうというわけです。…上層部が考えそうなことッスよ」
「馬鹿な!そんな目的で、ギンを作ったわけじゃ…」
「じゃあ、なんですか?」
 鋭く切り返されて、日番谷はハッと答えに詰まった。
「…死神とは…全く別の…、強い…」
 思ってもみなかった。
 研究者は時に、開発することそのものを目的としてしまうことがある。
 技術の開発そのものが目的で、利用方法は、二の次になるのだ。
 強い個体を作りたいという目的はあった。
 生物化学部門に、負けないような。
 だが、機械でそれを作ったら、どういう使われ方をするかまでは…
「アナタはまだ若い」
 全てをわかっているように、浦原がそっと、優しく言った。
「それに、とても能力がある。色んな方面でね。どの能力をどこで活かすかということは、アナタが考えてアナタが決めることだ。あたしは、アナタが決めた道なら、どの道だって、全力で応援するつもりッスよ…?」
 優しい手が、くしゃっと日番谷の髪を撫でた。
 初めて会った時と変わらない、全てを包み込んでくれるような、大きな大人の手が…、
 日番谷がうっとりした気分になりかかった瞬間、カッと、視界の端で、何かが赤く光った。
「うわぁ!」
 次の瞬間、目の前を超高温の光が走り抜け、ジュワッと不吉な音がして、特別製の壁が湯気を立てて溶けた。
 寸でのところで避けた浦原は頭を溶かされずに済んだが、帽子の先が少しだけ、熱で溶けて嫌な匂いがした。
「ボクの博士に、何してるん!」