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博士とロボット−2

 ギンはギンで相当な衝撃を受けたような顔をして、掠れた声で、
「は、博士、今の、もう一度…」
「見せねえよ、てか、テメエはダメだ、もう絶対、俺ん部屋来るな!」
「えーーーーなんでやのーーー!」
 無理やり説明をつけるならば、ギンには日番谷にだけは逆らえないように、どんなことがあっても守るように、というようなプログラムを入れてあるから、日番谷だけを特別だと思う感情が様々な形で現れたということかもしれない。
 本人に自覚はないようだから、普通に言うところの男の欲望とか恋愛とかとは、違うものなのだろう。
 だが、理由はともかく結果がこれでは、うかつにギンを近くに置くのは危険だ。
 それ以来、何度もギンに夜は近付かないように命じ、扉にも固く鍵をかけるようになったが、どんな鋼鉄の扉をつけようと、ギンには全く意味がないことは、作った日番谷が一番よく知っていることだった。
 その怪力で、どんな扉もどんな鍵もいとも簡単にぶっ壊し、毎晩毎晩忍んでくるのだ。
 しかも最初のうちは、一応声をかけて入ってきていたのが、いつの間にかこっそり入ってくるようになったから、性質が悪い。
 そんなこんなで、日番谷は毎晩ギンを追い返すのに一苦労で、睡眠不足で、疲労困憊になってしまっていた。
 それはそうだろう。相手は眠らずに半永久的に動いていられる身体で、日番谷は長期に渡る過密労働と精神的なストレスやプレッシャーでへとへとなのだ。
 こんな状態が長く続いたら、それこそ限界を超えてしまいそうだった。
「とにかく、帰れ!用もないのに来るなって、あれだけ言ってるだろうが!」
 これだけハッキリ命令の形で言っているのに、ギンは簡単に、その隙間をするりと抜けてくる。
「用あるねん。用があったら、来てもええんやろう?」
「今じゃなくちゃいけねえのか」
「あかんねん」
 ギンの頭脳を明晰にしたのは日番谷だが、ずる賢いというかへ理屈がうまいというか、こういう方向で明晰になられても、嬉しくもなんともない。
 日番谷がうんざりした顔で先を促すと、ギンはベッドの端に腰かけて、
「あんなあ、博士。ボクな、今日な、みんなと一緒にお風呂入ってん」
「ああ、そうか。全く問題ない。海に長時間潜ったって、海水にも水圧にも耐えられるようにできている」
「そういう意味やないんよ。皆の身体、見たかったんや。ボクがどれくらい皆と同じなんか、違うんか」
 その言葉に、少しだけ、胸が苦しくなった。
 日番谷がこれまでバイオ方面に手を出さなかったのは、勿論メカが好きだったこともあるが、そういった倫理の問題や、感情の処理まで背負いきれないと思ったこともあった。
「…何も違わないだろう。お前は完全だ。…違わないどころか、理想に近い身体だ…」
 大きな力を制御するには大きな身体が必要だが、大きすぎる身体はこの世界では、何かと不便だ。
 筋肉隆々の肉体ではなく、鞭のようにしなやかな、スリムな体形でありながら堂々たる体躯。
 長い手足。細い指先。
 日番谷の価値観ではあるが、あらゆることを想定して弾き出された数値に基づき、設計された身体なのだ。
「ほんま〜?博士の理想なん?それ、なんや嬉しい…」
「いや、俺の理想というか…、まあ、自信もて」
「うん、まあ、ボクはね、確かに皆とだいたい一緒やなあとは思うたんやけども」
「なら、いいだろう」
「…博士は、違うね?」
「!!??」
 思いもしなかった切り返しに、日番谷の方が、ドキッとしてしまった。
「皆より全然ちっちゃいし、華奢やし、全然違う思うんやけども。…なんでなん?」
「…それは…、俺が、……子供だから」
 今更誰も触れない話題に、平気で触れてくるのも機械だからだろうか。
 あまりに率直に聞かれて、動揺してしまった。
「子供なん?子供やと、どう違うん?なあ、見せて?博士の身体、ボクとどう違うんか、隅々まで、見せて?」
「バッ…」
 そうきたか、と思った。
 だがそれならまだ、理解できる。
 日番谷に対する執着と、知的好奇心が混ざったような状態なのだ。
 言われれば確かにここには日番谷以外の子供はいないし、子供の身体は中性的で、興味の対象になるかもしれない。
「…子供の身体がどうなっているのか知りたいなら、医学書があるから、今度見せてやる。コンピューターから、画像を見つけ出してやってもいい」
「他の子供の身体になん、興味ない。博士の身体を、見たいねん」
(こ、これは………)
 どうしたらいいんだ!と、日番谷はタラリと汗の出る思いで、ギンを見た。
「バカか、世の中の男はな、皆そう思ってもそうそう見られなくて、我慢してるものなんだよ!」
「へ?それ、どういう意味なん?」
 思わず言ってしまうと、ギンがきょとんとした顔をしたので、日番谷は失言に気が付いて、ハッと口を閉じた。
 ギンは男の欲望も男女の恋愛も知らないのだ。
 男が好きな女性の裸を見たがるものだということも、そういう欲望は相手の同意がない限り抑えておくべきもので、簡単に叶うものでもないことも、知らないのだ。
 そしてこれからも、極力そういうことからは遠ざけておきたかった。
 恋愛も欲望も知らないはずのギンがどうしてそういうものに興味を持ち出したのかはわからないが、日番谷の言葉の意味がわからないということは、つまりそれは好奇心であって、欲望ではないということだ。
 うかつに教えて知識としてそれを覚え、無意識に模倣されても面倒だった。
(…興味だけなら…いっそのこと見せてやったら、満足して終わるかも…)
 疲弊しきっていたためか、うっかり日番谷は、そう思ってしまった。
 そういえばギンは最初から日番谷の身体に興味を示していたから、それで毎晩忍んできていたのかもしれない。
 逆に言えば、見せてやらない限り、何をどう言っても、これからも毎晩毎晩やってくるのかもしれない。
「…見せてやるだけだぞ?」
 ひとつ大きくタメ息をついて、とうとう日番谷が言うと、ギンはぱっと顔を輝かせた。
「えっ、ほんま?!」
「指一本触れることは許さねえからな?」
「うん、うん、見るだけやvv」
「見たら満足して自分の部屋帰れよ?」
「うん、わかった、帰りますvv」
 性的に興奮することのないはずのギンが興奮しているように見えるのは、気のせいだろうか…。
 悩みながらも日番谷はベッドの上に立ちあがると、帯を解いた。
「ほらよ」
 できるだけいやらしい雰囲気にならないように、思い切りよくズバッと脱いだ。
「オオーーー!!!」
 ギンは呆けたように口を開けていたが、いつもは開けているんだかどうかもわからないような目も、カッと効果音をつけたくなるほどの勢いで開いていた。
 すごい目だった。
 目を開けるとカッコイイとか、吸い込まれるような紅い目が怖いとか、そういう問題じゃない。
 医者に裸を見せるような、事務的な態度に徹しようと思っていたのに、舐めるようなその視線は情熱的なまでに熱く、身体の中まで見られているような心もとない気分にさせ、本当に隅々までをもジリジリくるほどの熱意をもってみつめてくるその目に、勝手に肌が火照ってくる。
「…膝、ついて?」
 だからだろうか、命じるのはこちらのはずなのに、ギンのそんな言葉に、素直に従ってしまっていた。
「両手、上げて?」
 ギンほどではなくても、日番谷だって、それほど性的な事柄に詳しいわけではなかった。
 だから両手を上げてと言われた時、特に深い考えもなく、ただその方が楽だからという理由で、右手首を左手で掴んで、真っ直ぐ肘を伸ばさずに、軽く曲げた状態で上げた。
 ここに鏡があったら、さすがの日番谷も気が付いたかもしれない。
 たったそれだけのポーズが、なんともいえない官能を含んだものになり、ギンの目の熱も、部屋の空気の濃度も、その艶めかしい姿態に触発されて、みるみる上がっていっていた。
「…後ろ、向いて」
「……」
 ギンに背中を見せるのは心配だったので、日番谷はゆっくりとその場で一回転するだけにした。
「…これでいいか。これだけ見りゃ、十分だろう」
 答えを待つ間もなく着物を取って前を隠しながらその場に座り込むと、ギンは驚くほどに真剣な顔と声で、ゆっくりと首を横に振りながら、
「…あかん。まだ一番皆と違うとこ、よう見てへん」
「一番違うって…」
 どこのことを言っているのかすぐに察して、日番谷はカッと頬を染めた。
 しかもそこをよく見せろと言われて、完全に身体が固まってしまう。
「…脚、大きく開いて見せてや?ええやろう?隅々まで、見せてくれるんよね?」
 どうしようと思ったが、ここまできたら、やりとおすしかあるまい。
 満足させないと、せっかく恥を忍んで見せたのに、結局何も終わらない。
「……」
 日番谷は黙ったまま着物をどけて、後ろに手を付いて体重を支える姿勢で、えいやっとばかりに、大きく脚を開いて見せた。
 ギンが誘い込まれるようにその前に手を付いて身を乗り出してきたので、
「触るなよ」
 ぴしゃりと言って、キツく睨みつけてやった。
 ギンはその言葉に、チラッと日番谷を見上げたが、すぐにその熱い目をそこに落とした。
 本当は目を逸らしてしまいたかったが、見ていないと何をするかわからないと思ったので、唇を噛んだまま、自分の股間を凝視するギンをじっと見ていた。
「…子供やと、ここに毛ぇ生えてへんの?」
 またもなかなか言えないだろうことを、ズバッと言ってきた。
「…大人になる途中で、生えてくるんだ」
 羞恥で頬が熱くなったが、それは逆にギンが何も知らないということで、熱心に見てはいるが、そこに性的な意味合いはないように思えて、いくらかホッともした。
「ふうん…このままの方がええように思うけども」
「なんだよ、それ」
「生えてへん方が、つるつるで可愛えわ」
「つるつるとか、言うな!!」
「え、なんでなん?」
 またもきょとんと言われて、日番谷は言葉に詰まった。
 日番谷が答えないと、ギンは再びそこをしげしげと見て、
「…ちっちゃいだけやのうて…なんや、色も形も違うみたいなんやけど…」
「だから、子供なんだって言ってるだろう!子供のはこうで、大人になったら、お前のみたいになるんだよ!」
 もうヤケクソで、怒鳴るように言うと、ギンは愛しそうにそれを見ながらふっと笑って、
「…ここも、このままの方がええなぁ?」
「ンなワケねえだろ!さ、十分見たなら、終了―!」
「まだやて。…後ろの袋の、向こう側見せて?」
「は?」
「ここの奥に、なんやまだあるような気ぃして、気になるねん。何があるんか、見せて?」
 いつの間にか、無邪気と言うには淫猥過ぎる大人の雰囲気を醸し出しているギンに、一瞬日番谷は怯んだ。
 だが、何も知らないはずのギンに、立場が上のはずの自分が気持ちで負けるわけにいかない。
「バカ、この後ろは、子供も大人もねえよ!皆同じだ、お前にもある。見せる意味ねえ!」
「そうやろうか?」
 ギンは食事を必要としないが、形だけでも皆と同じように飲食はできるように、口から入れたものを一度体内に溜めて、排出できるようにはしてある。機能的に人とは全く異なるが、器官そのものは作ってあるのだ。
 乱暴に突っぱねるが、ギンは何か確信でもしているみたいに、揺るぎなく言った。
「ほんまにそうなんか、見ないと納得できへん」
「…こんなもん見ても、おもしろくもなんとも…」
「見な収まらへん。気になってしゃあない。今見せてくれへんなら、見せてくれるまで、何度でも…」
「ああもう、わかったよ!」
 ここまできたら、恥もくそもあるか、と日番谷は開き直った。
 どうせギンは、何も知らないのだ。
 何か思ったとしても、それが何なのかもわからないし、身体的にも、そこから先何かをすることもできないのだ。
 日番谷は上体を倒して右の肘から先をベッドに付き、身体を斜めにして左手を左の膝の下に入れ、思い切って大きく上に上げた。
 我ながらなんともはしたないというか、潔すぎるポーズだったが、どうとでもなれと思った。
 ギンはその勢いに圧倒されたみたいに日番谷を見たが、すぐに息を飲むようにして、一点を凝視した。
「…あ、あー、なんやろう、なんやろう、これ」
「後で医学書でもしっかり読め」
「医学書…ああ、これ肛門やね、お尻の穴いうやつや」
 医学書と言われて、流しこまれた大量のデータの中から、人体解剖図でも思い出したのだろうか。
 ギンが納得したように繰り返したが、そういう風に言われたら、保健体育というか医学というか、勉学のためにしているような気になって、少し気分が落ち着いた。
「これは、大人も子供も一緒だ。大人になっても何も変わらねえし、もっと言うと、男も女もない」
「そうなん。せやけど、博士以外の肛門見ても、こない可愛えとは思わへんと思うわ…」
 感動したみたいに言って、ギンの指が無意識のように伸びて、すっとそこに触れてきた。
「さ、わるな!」
 突然そんなところを触られて、びっくりして日番谷は思わず叫んでいた。
 しかも敏感なそこはギンのほっそりした、機械でもちゃんと体温のあるその指先の感触を、必要以上に生々しくハッキリと感じ取ってしまった。
「あっ…博士…」
「うわあ、バカ、触るなって言っただろ、終了、終了――!!!」
 あろうことか、ギンの指で前のものが反応してしまい、日番谷は青くなって、慌てて脚を閉じてそれを隠した。