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博士とロボット−4

「ギン!」
「こ、この子、今、目からビームが出ましたよー!」
 突然のギンの登場と突然のビーム発射に、浦原も度肝を抜かれたようだが、日番谷も慌てた。
「い、いやその、こいつには色々な状況を想定して色んな機能がついてまして、両手両足の自由を奪われた場合、目からビームが出せたらいいなと…」
「出せたらいいかもしれませんが、こんなところで出されたら、危ない、危ないッスよ!」
 ちょっと子供の発想だったかもしれない。
 少々面白がってつけた部分もあって、日番谷は急に恥ずかしくなって、付け足すように、
「あの、実はその他にも、目も封じられたら、髪の一本一本が針となって発射できるように…」
「ゲゲゲの鬼太郎ッスか?!」
「お見舞いしたろか!」
「ギン、やめろ!」
 即座に毛を逆立てて狙い定めようとするギンに、日番谷は飛びつくようにして、阻止した。
「じゃ、あたしはこれで!よく考えてみて下さいね、日番谷博士!」
「早う去ね!」
 逃げるように去っていった、というか逃げていった浦原の閉めた扉に、鋭い何本もの針が飛んだ。
「ギン、バカ、何考えてるんだ、あの人は浦原局長だぞ!お前も知ってるだろうが!最初に会っただろ!」
「関係あらへん、博士にいやらしい手で触りよった!」
「いやらしいって…」
「絶対博士に変な気ィある!あいつは殺さなあかん!」
 怒り狂うギンのその言葉に、日番谷は唖然とした。
 いやらしいとか変な気などという言葉は、そういう言葉の持つ意味を理解していないと、出てこない言葉だ。
 ギンはそんな言葉も、その言葉の意味も知らないはずなのに、またあのバグが起こったのか。
「ギン、お前…」
「博士」
 ギンの暴走を押さえようと伸ばした日番谷の手をぎゅっと握って、突然ギンが真剣な顔をして言った。
「ボク、ボクな、…博士に恋してんねん」
「恋ィ?!」
 耳を疑う言葉の連続に、日番谷は言葉を失った。
「…恋?恋ってお前、意味わかって言ってンのか?」
「博士のこと考えると、ドキドキすんねん。博士のこと考えると、夜も眠られへんねん」
「ドキドキすんのは、どっか壊れているんだ、きっと。で、お前が夜眠れないのは、普通だ」
「そういうんとちゃう〜〜!」
 冷静に、冷静に対処せねば、と、日番谷は努めて冷静なふりをして、威圧的に顎を上げて言った
「明日、回路を見てやる。そんで、ドキドキしねえようにしてやるから、今日は帰れ」
「嫌や、壊れてへんもん。それにドキドキしとると、すごく幸せやねん。もっとずっと、ドキドキしていたい」
 ロボットのくせに、すごいことを言う。
 無垢だから、逆にストレートなのかもしれない。
 言われた日番谷の方が、耐え切れずに赤くなってしまった。
「あ、博士のほっぺ赤くなった。この間の夜と、おんなしや!」
「お、同じじゃねえ!」
 嬉しそうにすかさず言われて、日番谷は慌ててギンの手を振り払い、頬を隠した。
「あの時の博士、めっちゃ可愛かった。あの顔が忘れられへん。思い出したらどんどんドキドキしてくる。…なあ、もう一度、あの顔見せて…?」
 振り払った手を掴み直し、力ずくで引き寄せられて、ギンの顔が目の前にきた。
「バカッ…授業はもう終わりだって、言っただろ!」
「授業してほしいわけやない。あれから自分で勉強したもん。ふたりでするの、セックスいうんやろう?好きな子に好きいう気持ち受け入れてもろうたら、愛を確かめ合うために、するんやろう?この間は、きちんと気持ち伝える前にやろうとしてもうたから、怒ったんよね?」
「なんだその半端な知識は!どういう勉強したんだ、お前―!!」
「違うん?」
「全く違っちゃいねえが、根本的に、」
「わかった!」
 叫んでギンはどこかへ飛び出すと、きれいな花束を抱えて戻って来た。
「これ、博士にあげる」
「あげるてお前、こんなものもらっても、てか、お前これ、中庭の花―!」
「え、あかんかった?せやったら」
 また最後まで聞かずに飛び出したギンは、今度は両手いっぱいに、柿の実を持って戻ってきた。
「これなら、どうやろか?」
 とてもとても嬉しそうに、期待に満ちた目で差し出してくるギンに、日番谷は眩暈を覚えそうになった。
 もはやもう、どこからどう教えていいのか、わからない。
「あのなあ、ギン」
 可哀相だが柿の実は受け取ったらOKだと思われそうなので、断固受け取らないまま、日番谷はタメ息をついた。
「順序立てていこうな。まずその一、恋ってゆうのはな、男と女がするもんだ。俺もお前も男だ、それは恋じゃねえ。それはわかるか?」
「わかれへん。男同士でも恋人同士になれるて阿近が言うた。現にリンと恋人同士やて言うた」
「えーーーーーー!!!!」
 阿近は宿敵生物化学部門の、しかも涅の第一助手だ。
 そんなところで繋がっていたら、こちらの情報は筒抜けではないか。
 しかも日番谷は、そんなことは全く知らなかった。
 部下に裏切られたようなショックと、部下の辛い恋に気付いてやれなかった自分の不甲斐なさと、純粋にまさかのカップリングに対する驚きで、日番谷はギンに言おうとしていた言葉が、全て吹き飛んだ。
 というか、その一からつまづいてしまっては、先に続かないではないか。
「なんや、博士、知らんかったん?ダメやん、可愛え部下のことは、もっとよう見てやらんと」
「いや、知ってたさ!だがこれはその、見て見ぬフリというかだな、ほら、俺は、おおっぴらには、生物化学部門の奴と付き合っていいとは言える立場じゃねえだろう?てか、お前も、軽々しく他部門の奴のとこ行くんじゃねえ!お前はその身体の全てが、マル秘データなんだぞ!」
 しどろもどろながらショックを隠して必死で切り返すと、ギンは嬉しそうに、
「妬いてくれとるの?」
「どこで覚えた、そんな言葉―――!!」
 マズい。
 完全にギンのペースだ。
 日番谷は深呼吸をして、素早く頭を切り替えた。
「ま、とにかく、リンのことは置いておいて、そもそもそういうことは、男女が子供を作るためにすることだから、男同士でも、機械のお前も、子供の身体の俺も、する必要はないんだ」
「子供作るためにもするけども、愛を確かめ合うためにもするんやて。身体を繋げたら、愛する相手を自分のものにできるんやて。ボク、博士をボクのものにしたい」
「いや、だからお前にその機能は…」
 …ないことを思い出して、日番谷は少しホッとして、冷静になった。
 可哀相だがギンは、愛する者と身体を繋げることは、できない。つまり日番谷がギンにヤられる心配もない。
 心底安堵しながらも、少々可哀相な気もしなくもなくて、かわりに日番谷は、精一杯優しく、
「…身体を繋げなくても、深い愛情と思いやりがあれば、心は通じるものなんだ。そうやって魂がぴったり寄り添ったら、それで恋人同士なんだ」
 そこまで言って、ギンには魂もないことを思い出して、日番谷は慌てて、
「そうか、わかったぞ。本当はお前、仲間が欲しいんだろう?例えばお前と同じロボットの、女の子とか。もしお前が望むなら…、作ってやってもいいんだぞ?」
 とりあえず、情熱を注ぐ相手がいないから、生みの親の日番谷のところにそれが向けられてしまうのだ。
 ギンはある意味天涯孤独だから、自分の存在そのものの持つ意味を深く共有することのできる相手が必要なのだ。
 浦原の話を聞いた後で第二号を作るのはあまり気乗りしないが、自分のためにもギンのためにも、そうするのが一番いい解決法に思えた。
 だが、大喜びするかと思ったギンは、逆にあからさまに嫌そうな顔をして、
「そないなもん、いらん」
 即座に、思いもよらない言葉を返した。
「そないなもん作ったら、ボクに注いでくれる博士の愛が半分になってまう。博士がボク以外のやつに気持ち注ぐんは、嫌や。もう一体たりとも、ロボットなん作らんといて」
 そのあまりの思い入れの深さに、日番谷はゴクリと唾を飲んだ。
 あれから落ち着いたと思っていたが、そんなことは、全然なかった。
 ギンはギンで冷静に情報を集め、自分の気持ちを分析し、なんとか日番谷に拒絶されないで、その恋とやらを成就させる方法を、必死で探していただけなのだ。
 これは完全に、想定外だ。
 ギンは自分で学習するようにはプログラムされている。
 そして日番谷の命令をきくように、日番谷を守るように初期設定されている。
 それが、ここまで暴走した感情にまで発展するとは予想もしていなかった。
「お前は、俺を守るようにしたプログラムを、恋愛と勘違いしてるんだ。俺を特別だと思う気持ちを、恋愛と混同してるんだ。辛いなら、もうそのプログラムは消去してやる。俺は、お前に守られなくても、十分…」
「違う、プログラムやない!これはボクの大切な気持ちや、消去する権利なん、博士にやって、ない!守らなあかんなん、人間に対してやってプログラムされとるけども、ああ、面倒やけども守らなあかんなあ思うだけや。せやけど、博士は違うんや!」
「それは、生みの親だからだ。どっちにしろお前は俺の命令なんかききゃしねえし、それもプログラムミスかもしれねえ。やはり一度、今のうちに、その部分のプログラムは、直すべきだと思う」
 博士らしくごく冷静に、諭すように言うと、ギンは黙って、すうっと冷めた表情になった。
「機械やから、プログラム。思い通りにならへんから、リセットかいな」
 冴え冴えとした冷たい声で言われて、日番谷はドキッとした。
「ギン…」
「そないなこと言う博士なん、嫌いや」
「……!」
 言ってさっと部屋を出ていくギンに、日番谷は言葉もなく立ち尽くすばかりだった。





 その夜日番谷は、自分のベッドに横たわり、目を閉じて、じっと考えていた。
 ギンは本当に、彼が口で言うように、人のような感情を持っているのだろうか。
 あの後浦原のところに謝りに行くと、浦原は笑って許してくれたが、「アナタを守りたいばかりに、アナタの制止もきかずに攻撃してくるようじゃ、ちょっと危ないッスね、あの子」と、ズバッと言われた。
「あいつ、ちょっとまだ不完全で…。なんとかします。でも、だから、大量生産の件は、まだ…」
「そうッスね、そういうことにしておきましょうか。…とりあえずのところは」
 浦原の言葉を思い出して、日番谷はタメ息をついた。
 ギンが本当に本気で日番谷に思いを寄せ、その気持ちのままに暴走するのだったら、無敵の攻撃力を持っているだけに、確かに恐ろしく危険だ。
 日番谷の言葉は絶対のはずなのに、彼の感情や判断ばかりが優先されて、まるで言うことをきかない。
 だが、そのあたりを改良して完全に従順なロボットを作ったら、尖兵として大量生産の命令が下ってしまうかもしれない。
 でもいつまでたっても完成しなければ、予算が下りなくなってしまう。
 涅に張り合って、なんて厄介なものを作ってしまったのだろうと、日番谷は思った。
 あれからギンが姿を見せなかったことも気になって、せっかく早々にベッドに入れたのに、眠れない。
 ギンに、嫌いと言われたことも…。
(もう人型ロボットなんて、二度と作るか。…いや、ギンも、…)
 改良などということよりも、いっそのこと、失敗作として解体してしまった方がいいのかもしれない。この計画そのものを、白紙にしてしまうのだ。
 これ以上、ギンに情が移る前に。
 もっとひどいことになる前に。
 枕を抱きしめたまま、日番谷はがばっと起き上った。
 研究者は、時に非情になることができなければ、勤まらない。 
 夜中にギンの部屋へ行くのは危険だが、痛みを流すリモコンを持って行けば大丈夫だろうし、そもそもギンは、最後まではできないのだ。
 スリープ状態にして、研究室に連れて行ってしまえばいいのだ。
 心を決めると、日番谷はリモコンを手に取り、白衣を羽織って、部屋を出た。
 
 
 
 
 ギンの部屋は、日番谷の部屋のすぐ近くにあった。
 緊急の場合に、すぐに駆けつけることができるためにだ。
 鍵はかかるが、もちろん合鍵を持っている。
 いつもと立場が逆だな、と思いつつ、少々緊張しながら、ノブに手をかける。
 鍵はかかっていなかった。
「…ギン、入るぞ、俺だ」
 小さく声をかけ、思い切ってドアを開けて入るが、中には誰もいなかった。
「あいつ…こんな夜中まで、どこほっつき歩いてンだ…!」
 せっかく気持ちを固めて来たのに、肩透かしを食わされた気分だ。
 日番谷はため息をついて、部屋の中を見回した。
 ベッドとモニターがあるだけの、簡素な部屋。
 ベッドはどうやら一度も使われたことがないように見えて、この殺風景な部屋に、眠ることもなく一人でいるギンを想像してみる。
 世界の皆が眠っている間、一人眠らずにじっとこの部屋で起きていたギンが何をしていたかは、すぐにわかった。
 モニターのそばに、DVDやら本やらが山のように積まれていたからだ。
 本は、無機質な、図鑑だとか百科事典というような類のものではなく、ルポから小説、マンガまであった。
 DVDもほとんどが映画で、ジャンルも幅広く、日番谷が知らないタイトルのものもたくさんあった。
 日番谷が教えなかった、複雑な人間の感情や、恋愛といったものも、こうやって覚えたのだろうか。
 夜毎こうしてひとりで画面をみつめ、生きている者達の住む世界に、自分も迎え入れられることを夢見ていたのだろうか…。
(…ダメだ、俺、感情に流されやすすぎる。やっぱり研究者には、向いてないのかも…)
 ギンを眠らせて、解体してしまおうと思っていた気持ちが、急速に萎えてきてしまった。
(どのみちギンはいねえんだし、探すのもダルいし、戻って寝るか…)
 手に取っていたDVDのパッケージをぽいと戻して、日番谷が立ち上がって向きを変えようとすると、
「博士、どないしたん、こないな時間に。ここは、ボクの部屋やで?」
 突然大きな胸に、ガバッと抱き締められた。
「うわっ、ギン!」
「夜這いに来たん?嬉しい。ボクも同じ気持ちや」
「バカ、んなワケあるか、だいたいテメエ、どこ行って…、ンム!」
 言葉の途中で、ギンの大きな口が、日番谷の口に、ためらいもなくかぶさってきた。
(ひ〜〜っ、俺の、ファーストキス〜〜〜!)
 それどころの話ではなかったはずなのに、この一瞬で、全てが吹き飛んだ。
 暴れて引き剥がそうとするが、ギンは全く平気で、頭の後ろに手を入れて、がっちり固定までしてくる。
 ようやく唇を離すと嬉しそうに、
「うわぁ〜、柔らかいんやねえ、博士のクチビル。感動や〜」
「喜ぶな!お前、何考えてるんだ!相手の了解も得ずに、人の大切な、大切な、初めての…」
 言ってもギンには、わかるまい。
 涙なしでは語れないが、初めてだったと言うのも悔しくて、日番谷は途中で言葉を止めたが、ギンにはわかったようだった。
「博士キスするの初めてなん。嬉しいー。ボクも博士が初めてや〜」
「嬉しくねえー!」
 必死でギンの胸を叩いても、ギンが特別怪力でなくたって、敵う体格差じゃない。
「な、もう一回、もう一回、ええやろ…?」