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年の初めのロマンスロード−2
そんなわけで、一同は熱田神宮とやらへ向かった。
なんだかんだ言って、現世へ来てしまうと、大晦日の雰囲気は厳かでありながらお祭りの様相も呈していて、皆のテンションは自然に上がっていた。
皆それぞれ義骸に入り、それぞれ仲良しグループで固まっていたが、市丸は目的地に近付いてくるにつれ、都合のよい方向へ進みそうな気配に、ほくそ笑んだ。
「…すごい人込みやなあ。日番谷はん、はぐれてまうとあかんから、手ぇつないで行こ?」
せっかく隊長という立場を忘れて恋人同士として、誰にも邪魔されずに現世でデート、と思っていたのにこれでは、隊長であることも忘れられないし、ふたりきりでもない。
そう思ってがっかりしていたが、現地は恐ろしい人の群れだった。
これは、うまくいけば、皆人込みに紛れて散り散りになって、まんまと日番谷と二人きりになれそうだ。
市丸がにっこり笑って手を差し出すと、しかし日番谷は冷たくそっぽを向いて、
「子供じゃねえぞ。手なんかつなぐか」
「せやけど確か熱田さんて、日本でも五本の指に入る参拝者数のとこやで。なめたらあかんよ」
言いながら、早くもぎゅうぎゅうの行列にもまれ始めつつあった。
「なんだネここは!こんなところに私を連れて来て、押しつぶそうとでもゆう魂胆かネ!」
「おー、なんだこりゃ、邪魔だ、斬るぞ!」
「やめて下さい、更木隊長〜!」
などという声があちこちで聞こえ、遠くなってゆく。
「ほら日番谷はん、子供とか大人とかゆう問題やないで。こういうとこでは、手ぇつないではぐれへんようにするの、普通やねん。見てみい。皆手ぇつないどるよ?てゆうか、手ぇつないどるかどうかなん、わかれへん」
市丸の言葉に、日番谷は周りを見回した。
人、人、人。
身体の小さい日番谷からは、もはや遠くの人の顔など見えず、松本や雛森がどこにいるのかさえ、すでにわからない。
しんと冷えた夜なのに、人いきれで暑いくらいだった。
「こ…こいつら、どっから湧いてくるんだ!」
「うん、まあ、尸魂界からも湧いてきとるくらいやから、どっからでも来とるんやろうねえ」
市丸と二人で現世で初詣。
日番谷だって、楽しみにしていなかったわけではない。
この日のために、おさいせん用の現世の通貨も手に入れていたし、参拝のマナーも勉強したのだ。
でも、松本や雛森にバレた時点で、もうふたりきりは諦めていた。
それが思いも寄らない理由でいきなりふたりになって、しかも現世の服を着た市丸は、知らない人みたいで…
日番谷は見ていないようなフリをしながら、こっそり市丸を盗み見た。
ほっそりしたズボンにミニタリー風のレザーコートが、やけに似合って色っぽい。こうして見ると本当にスラッと背が高くてスタイルが良いのに、どこからともなく近付いてはいけない悪い人みたいな雰囲気がかもし出されていて、いかにも怪しい大人みたいだった。
(こ、こいつと手なんかつないだら、それこそどっかにさらわれちまいそう…)
実際さらう気満々そうな市丸の怪しい笑顔に、いつも以上に、手をつなぐくらいのことで、緊張して、ためらってしまう。
「ほら、日番谷は…」
言いかけたところで、ぎゅーっと横から押されて、日番谷の身体は、ぴったりと市丸に押し付けられた。
「おっ、こらええわvvそのまましっかり抱き付いときやv」
「ババババカ、離れろ!」
「そないなこと言うても無理やー。身動きできへん。キミとこうして、ぴったりくっついとる以外どうしようもないわ〜」
「ウソつけこの野郎―!テメエは図体デカいんだから、なんとか、わ、わ、」
日番谷がもがくと、かえってあらぬ方向に押されて、あれよあれよという間に市丸を中心にぐるぐる向きと位置が変わって、市丸の左側にいたのに右側まで回って、また戻って、気が付いたら市丸と向かい合わせで抱きつくような形に収まってしまった。
「なな、なんでこんなことになるんだー!!」
「キミが抵抗するからやて〜。満員電車と一緒で、流れに身を任せるしかないんよ。ほら、諦めてこのまま進むで」
「こんな格好のまま進めるかー!」
こんな混雑の中、ぐるぐる回ったとはいえ市丸とぴったりくっついていたのは、市丸が日番谷の身体を捕まえていたからだ。
その気があったらぐるぐる回らないように押さえておいてくれることもできただろうに、この男はおもしろがって、自分の身体にそって日番谷がぐるぐる回されてゆくのを楽しんでいたのだ。
(おのれ市丸。なんとか、なんとか離れねえと、有り得ねえぞ、これ!)
人の中に埋もれているから、たとえ今誰かが来たとしても見えないだろうが、市丸と抱き合っているみたいなこの格好で、後ろ向きのまま神様の前に進んでいくなんて、有り得なさすぎる。
しかし市丸の方は大喜びで、しっかりと日番谷をそのポジションで抱きかかえたまま、無理矢理進んでゆくのだ。
「あ、日番谷はん、どうやらゴールが見えてきたで。おさいせんの用意はええ?」
背の高い市丸は人より頭ひとつ出ているので、この人込みの中でも、遠くが見えるらしい。
そう言われても、ポケットまで手を伸ばすことも難しかった。
「いいわけあるか!さ、財布が…」
「んん?お財布、どこなん?お尻のポケット?」
「ひゃあ!」
抱き締める手がモゾモゾと、尻のあたりを撫でてゆく。
「テメエ、財布探してねえだろ!尻の割れ目にポケットはねえぞ、この痴漢野郎!」
「違うんよ、ボクもうまく手ぇ動かせへんねん。ポケット探しとるつもりやねん」
「ウソつけ、手つきおかしいだろ、明らかにそれ、揉んでるだろ!」
「違うんよ〜不可抗力や〜。周りの奴らがぎゅうぎゅう押してくるよって、仕方なくお尻揉んでもうとるだけやねん〜」
「押されただけで揉まねえだろ、変態、痴漢、離せ!」
「ああ〜、どないしよう〜、そないなつもりあれへんのに、人込みのせいで、手が〜」
「だから、人込みのせいじゃねえだろ、この野郎…!」
ゴメンな、ゴメンな、と言いながら、ここぞとばかりに触りまくってくる市丸に、日番谷は本気でキレて、渾身の力を込めて、市丸を突き放した。
「あっ…!」
市丸と日番谷の間に空間ができたその一瞬に、人の波が、ものすごい勢いで、流れを速めた。
賽銭箱に近付いたのだ。
「わ…わーーーっ!!!」
「日番谷はんー!!!!」
くっつかされた時以上の勢いと力で、あっという間に日番谷は、市丸から引き離され、もみくちゃになりながら、どこかに流されてゆく。
人の波の中にすっぽりと埋もれ、揉まれに揉まれ、賽銭どころではないほどもみくちゃになりながら、日番谷は自分がどこにいるのかもわからなくなった。
「冬獅郎、冬獅郎――!!」