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年の初めのロマンスロード−1

 大晦日。
 日番谷とふたり、現世で初詣に繰り出す計画を立てていた市丸は、穿界門に集まっている面々を見て、ため息をついた。
(冬獅郎とふたりで初詣のはずやったんに、何がどうしてこうなるんや…)
 日番谷と、初めて迎えるお正月。
 年中行事にほとんど興味のなかった市丸だったが、今年ばかりは、いつになくテンションが上がっていた。
『お正月は、現世で初詣に行こうか?』
 年内の仕事もあらかた片付き、真面目な日番谷もホッと一息ついたところを見計らって、市丸はさりげなく言ってみた。
「大晦日からな、除夜の鐘を聞きながら神社でスタンバイして、新年明けて一番にお参りするいうのは、どうやろか?」
「…へえ〜…現世で初詣か…」
 市丸の言葉に、日番谷の目がキラッと輝いたのを、見逃さなかった。
「でも、現世に下りる許可とるの、今からじゃ難しくねえか?」
「大丈夫や。ボクに任せて。ほんなら決まりな。大晦日から正月は、現世で初詣やvv」
 尸魂界にもお参りする寺社のようなものはあったが、市丸がわざわざ現世に誘ったのには、色々と理由がある。
 隊長という立場を忘れて、ただの恋人同士としてお参りできること。
 日番谷の知らない新しい体験をさせてやって、喜ぶ顔が見たいこと。
 誰も自分達を知らない、つまり誰にも邪魔されない時間を作りたいこと。
 そして日番谷の、現世の服を着た姿を見たいこと。
 そういうことのためにはどんな努力も惜しまない市丸が、面倒な現世行きの手続きを嬉々として進めていると、どこで聞きつけてきたのか、いつの間にか『現世で初詣をしようツアー』というものが結成されていた。
 恐らく最初は日番谷から松本に漏れ、松本から檜佐木に、檜佐木から阿散井に、阿散井から斑目に、斑目から綾瀬川、やちる、更木へ、あとはもう、途中からあちこちに枝分かれして、東仙、浮竹、京楽、七緒、仙太郎に虎徹姉妹、卯ノ花や涅親子までいた。雛森、藍染、吉良は別ルートだ。
「やあ、市丸隊長、遅いじゃないか。主催者なのに、遅れてきちゃダメだよ」
「誰が主催者やねん!誰もこないな会企画してへんわ!」
 恐らく今回一番の邪魔者になるであろう藍染と雛森は、死覇装ではないが、ふたりとも和服でビシッときめている。
 ちゃっかり雛森の隣にいる日番谷は、着物姿の雛森に明らかに気を引かれているのがわかって、よけいにムカついた。
「雛森ちゃんの着物姿、可愛えなあ。そうしとると、藍染隊長と夫婦みたいやで?」
「あら、そんな、市丸隊長vv」
 軽い牽制をかますと、日番谷が鋭く爪先で蹴りを入れてきた。
 どっちにヤキモチを焼いているのか、はたまた純粋に怒っているのか、市丸はそこでようやくじっくりと日番谷を見て、顔がゆるんでくるのを止められなかった。
 本当は市丸が用意したかったのだが、恐らく松本と雛森のふたりで用意したであろう彼の現世の服は、とても似合っていたし、市丸の好みでもあった。
 ぴったりしたジーンズに、編み込みの入った細めの白いセーター。フードの周りにファーのついた、腰丈の、柔らかなバックスキンのコート。
 カシミアのマフラーだけは、市丸が日番谷に贈ったものだった。
「…ああ、十番隊長さん、現世の服、よう似合うてはるなあ…。このままどこかにさらっていきたい気分や…」
「こら、そこー!妖しい空気を作らないーー!!」
 ピピーッと笛を吹いて、これまた艶やかな和服姿の松本が皆の中から出てきた。
「そういう話は、後でふたりきりの時にしてくれる?みんなあんたのこと待ってたんだから、とりあえずさっさと行くわよ」
「なんや〜、最初からふたりきりにしといてくれたら良かったんやんか。勝手に集まってきよって、文句言いなや」
 市丸のイラッとした空気も軽く吹き飛ばす勢いで平和なオーラを発しながら、浮竹がにこやかに来て、
「まあまあ、大勢で行ったら楽しいじゃないか!それより、どこにお参りに行くんだい?」
「ん〜、まあ、伏見稲荷に行く予定やけども…」
 言いかけると、
「なんだそれ!なんで狐にお参りしなくちゃなんねえんだ!必勝祈願だ、八幡に行くぞ!」
 思いがけず、日番谷からダメ出しが入った。
「狐にお参りて何やねん〜。狐は稲荷神社の使徒で、神様やないで」
 京都では有名な、千本鳥居のある伏見稲荷だ。
 神秘的なあの空間へぜひとも日番谷を連れて行きたかった市丸は、誤解を解くべく必死で言うが、
「おお、必勝祈願か、それはいい!」
「私は学問の神を祀る天満へのお参りを希望します」
「ああ、天満か、いいねえ〜」
 更木に七緒、藍染が、また余計なことを言い始めた。
「へえ〜、神社にも色々あるんだな。俺にはさっぱり、区別つかねえけど」
「俺もだ」
 檜佐木と阿散井は、平和に笑い合っている。
「主催者ボクや言うたやろ、ボクが伏見稲荷や言うてんねん」
「いいや、八幡だ。商売繁盛なんか祈願しても仕方ねえ」
「そうだ。戦士たるもの、必勝祈願しかねえ」
「足りないものを補うことも必要です。商売繁盛はどうでもいいですけど、学問は必要です。この機会にこそ、天満へ行きましょう」
「そうだよ市丸隊長、商売繁盛より、学問だよ」
 若干最後の一名は、意地悪で言っているだろうと頭にきて、市丸も実はそれほど伏見稲荷にこだわるわけでもなかったが、どうしても言い返さずにはいられなくなって、
「商売繁盛だけとちゃいますよ。稲荷神社は五穀豊穣の神様でもあるねん。五穀豊穣は全ての生活の基盤やろう。つまりは平和祈願やねん」
 本当は心にもないようなことを言い出すと、東仙が真面目に平和という言葉に反応して、
「平和、それは我らの究極の目標だ。戦いも学問も、全て平和のために、平和の上に存在するのだ。私も稲荷への参拝を推す」
 出発前から、メチャクチャになってきた。
 それならそれぞれ分かれて行きたいところに行けばいいとよっぽど言いたかったが、それでは日番谷と自分まで分かれてしまうのでそうとも言えず、かといって今更じゃあ八幡へ、とも言いづらい。
 そんなに言うなら、神社やめて寺にしたら、というどうでもいい派からの声まで出始めた頃、
「では、間をとって神宮へ」
 にこやかに卯ノ花が割って入った。
「市丸隊長がご希望の伏見稲荷は、別の機会にお二人で行かれた方が良いような理由と思われますし、神宮の神様は、御神威も広大無辺と言われます…熱田神宮などどうでしょう。あそこは、ヤマタノオロチの腹の中から出てきたという、三種の神器のひとつ、草薙神剣が収められているところですよ?」
 どこをどう間をとっているのかわからなかったが、卯ノ花のよくわからない静かな迫力の前に、文句を言う者はひとりもいなかった。