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押し入れの冒険−3

 危ないところでした。
 男は全て狼や言うてるのに、中身は大人でも身体は子供の日番谷クンは、全くわかってへんのです。
 親切そうな顔をされただけで、すぐに他人を信用するのも、どうかと思いますわ。
 ボクが何度もそう教えてあげとるのに、日番谷クンはぷりぷり怒って無言のまま教会へ向かってしまいます。
 まあ、結果的にあのちびこいおうちに逃げ込まれることは阻止しましたんで、ええとしときましょか。
 やがて教えられた通り、教会が見えてきました。
 地味で質素ですが、普通サイズの教会です。
 今度は教会なので、誰が入ってもええはずです。
 死神が入ってもええかどうかは、わからへんけども。
 日番谷クンは先に立って、その可愛えお手々で大きなドアを開けました。
「ふむ、普通の教会だな」
「そうやね。さ、冬獅郎、神様の前で誓おうか」
「まだ言うか」
 確かに冗談でしたけど、ほんまにそうしてもええとも思うてましたのに、日番谷クンは思い切り爪先を踏んずけてくれました。
 ほ、ほんまに痛いから。
「普通、こういうところにあるよな、何か鍵みたいなのとか、どっかに続く入口とか」
「そうやねえ。ありそうですねえ」
 ちょこちょことあちこちを探し回っている可愛え可愛え日番谷クンの姿をうっとりと目で追いかけながら、ボクはゆったりと祭壇の前まで歩いてゆき、じっとそのキリスト様とかいうおっさんの像を見上げました。
 何かあるのかと思うたんでしょう、日番谷クンはボクの隣に来て、一緒になって十字架を見上げました。
 今や、とボクは思いました。
 その前で両手を組むと、
「ボク、市丸ギンは、病める時も、健やかなる時も、この者を愛することを誓います」
「な、何言ってんだテメエ!」
 予想に違わず、ぎょっとしたように日番谷クンはボクを振り返りましたが、その可愛えほっぺは真っ赤です。
「教会での結婚式では、こうやって誓うんやで?キミはどうなん?死が二人を分かつまで…分かつとも、ボクを愛することを誓いますか?」
「誓うわけ…」
 …ねえだろうと続いたのやろうけど、せっかくええところやったのに、またも邪魔が入りました。
 突然横の扉が開いて、年配の神父が現れよったのです。
「結婚式を挙げるのならば、私を呼んでくださらなくては」
 おお、気の利いたこと言いよる。
「ほな、お願いしましょか?」
「バカぬかせ、こいつの冗談真に受けるんじゃねえよ!それより、神父なら、何か知ってるんじゃないか?俺達は、どうやら別の世界から迷い込んでしまったようなのだが…」
 日番谷クンは可愛らしく照れて否定してみせると、先ほどの小人さんに言ったのと同じようなことを言いました。
 頭がちょうっと薄うなったその神父さんは、ボクらのことをじっと見て、君たちは恋人同士なのかね、と見ればわかることを聞いてきました。
「そうやけど、それがなにか?」
 ボクが答えると日番谷クンは怒ったようにボクの向こう脛をガツンと蹴ってきて、
「どう見てもンなわけねえだろ!どう考えてもありえねえだろ!俺達男同士の上、俺は…」
 姿がまだ子供やからとでも言いたかったんでしょうか。そこまでは言われへんまま、神父さんを睨みつけました。
「ふむ、恋人同士でないなら現れるかどうかわからんが、この先の池のほとりに現れる愛の天使を呼び出すことができたなら、何か願いを叶えてくれるはずだ」
『愛の天使?』
 ボクらの声がハモりました。
 日番谷クンは嫌そうに、ボクの声は弾んだ調子で。
 神父さんが言わはるには、池のほとりに大きなまん丸いつるつるの岩があって、それをごろりと転がすことができたら、愛の天使が現れて、願いを叶えてくれるそうです。
 ボクらは早速行ってみました。
 池はすぐにみつかりました。
 その水はとても澄んで透明度の高い、それはそれは綺麗な池でした。
「あっ、あったぞ市丸。あの岩じゃねえ?」
 ボクが池の水を覗き込んでいる間に、日番谷クンはうわさの岩を見つけはったようです。
 寄り道知らん子ぉですから、綺麗な池の水になん、興味ないねんなあと思いましたが、早うボクから離れたい一心なのかもしれません。
「転がすぞ。早く手伝え、早く!」
「日番谷はん、色気足りひんよ。もっと可愛くお願いしてくれはったら、ボクのパワー十倍なるで?」
「図々しいぞテメエ!その図体でこんな岩くれえ動かせなかったら、俺はテメエをバカにするからな!」
「こんな岩くれえ言うても、けっこうあるで?言うほどまん丸でもあれへんし」
「ゴチャゴチャ言ってねえで、早くやれよ!」
「ほなら、失礼して」
 言うて腕をまくると、ボクは可愛え日番谷クンの後ろから、両手を岩にかけました。
「バ、バカ!なに人の背後回ってンだよ!隣でいいだろ、隣で!」
「イヤや。このポジションやないと、力入らへん」
「死ねバカ、クソ変態!…動かねえぞ!テメエ本当に力入れてんのか!」
「入れてますよ〜。足りへんのは、ボクの力やのうて、キミのボクへの愛やないん?」
「なんだそれ!そんなもん、あるわけねえだろ!てか、岩動かすのに関係あるか!」
「愛の天使やもん、ラブラブ度に反応して出てきはるに決まってますやん!あの神父も言うてたやん!」
「…言ってたか?」
「恋人同士やないと、出てきはらんかもしれへんて」
「…」
 口からでまかせやけども、あながち間違いとも思われへんから、日番谷クンも悩んではるようでした。
「…な、ふたりで手ェ重ねて押したったら、ラブラブ感出る思わへん?」
 言ってそっと手を重ねてみましたが、ビクッと瞬間震えただけで、今度は振り払われませんでした。
「せえので押してみよか?」
 ぐっと抱き込むように身体を密着させてみても、俯いたまま、逃げません。
 その様子があんまり可愛くて、もうボクは岩なんどうでもようなってもうて、そのまま抱き締めるように日番谷クンの身体を自分の身体で押して、岩に押し付けました。
「…な、なにしやがんだよ…」
「…冬獅郎…」
 ぽっと赤くなった可愛えお目々の端に、そっと口付けを落とそうとかがんだ時、ちょっぴり岩を押したかもしれません。
 あれほど力をかけてもビクとも動かなかった岩は、それだけでいとも簡単にごろりと転がったのでした。
「ふわっ!」
 もたれていた物が突然動いたため、日番谷クンの可愛え悲鳴と同時に二人してその場に倒れこみ、期せずしてボクは彼の上に乗っかってしまいました。
 …ほんまは転ぶ前に体勢立て直せたんやけど、同じく体勢を立て直した愛しい日番谷クンの上に、強引に倒れこんでしまったのは、男としてどうしようもありませんやろ。
「お、重っ!テメ、いつまで乗ってやがるんだ、どけ、どけ!」
「あああ、今ので足をくじいてもうたみたいや。動かれへん。もう少し、じっとしとってや」
「ウソつけ!」
 日番谷クンの身体はほんまに小さくて、細くて、ええ匂いがしてたまりません。
 このまま押しつぶしてしまいたいほどの可愛いらしさやったんやけど、それもあかんから、ちょっとだけ身体を浮かせて、抱き締めました。
「冬獅郎…ほんまに好きや…いい加減ボクの気持ち、わかってや…?」
「バカ、離せ!あ…、どけって…!や…」
 日番谷クンはほんまに嫌がっていましたけれども、こんなチャンスを逃す手はありません。
 ええ気持ちにさせたったら、嫌でもボクのものになるて、男の勝手な理屈で押し進もうとした時です。
 今度はクソ愛の天使様が現れてくれはりました。