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押し入れの冒険−2

   俺、日番谷冬獅郎は、市丸ギンと二人で、どこかわけのわからないところへ落ちてしまった。
 そこは一番隊の布団の入れてある物置のような部屋だったはずなのに、布団の山に埋もれながら、市丸と俺は真っ暗な中をどこまでも落ちてゆき、落ちた先は、一面の花畑だった。
「わぁ、綺麗なところやねえ。一番隊も、素敵なお部屋作らはるわぁ〜」
「いや、それおかしいだろ。明らかに俺達、違う世界に落っこちてんじゃねえか」
 市丸がとぼけたことをぬかしやがるので、俺は思わずムカついて突っ込んだ。
 一番隊が布団部屋にこんな細工をしているわけもないし、落ち方もおかしかった。第一、上を見上げても天井はなく、青い空が広がっていて、どこから落ちてきたのかもわからない。
「十番隊長さんは、夢がないんやねえ。せっかくこない綺麗なところにふたりで落ちてきたゆうのに」
「だから、そういう問題じゃねえだろ!ここ、どこだよ!どうやってもとの世界に戻るんだよ!」
 いくら綺麗でも、俺は一刻も早く、元の世界に戻りたかった。
 こんなところで時間を食っている暇はないし、なにより市丸なんかと二人きりなんて、最悪だ!
 まさか市丸が何か知っていて、こいつの企みでこんなところに連れ込まれたかと一瞬思ったが、市丸もこの世界のことはわかっていないようだったし、それなりにこの展開に驚いているようだった。
「そうやねえ。どうやって帰るんやろうねえ。そのへんに何か、鍵になるアイテムでも落ちてへん?」
 言って市丸がその場に座り込んだので、俺はそのあたりをふらふら歩いて、花畑の中を物色してみた。
「…別に、普通のただの花畑みたいだぞ」
 市丸のもとへ戻ってくると、市丸はさっと立ち上がって、何かをフワリと俺の頭の上に乗せてきた。
「何しやがる!」
 とっさに払おうとするが、市丸の方が速かった。
「お花の冠や〜vvよう似合うとるよ〜vv可憐な王子様みたいや〜vvv」
「王子様でなんで可憐なんだよ、ふざけんな!」
 頭にきて俺はかぶせられた花冠を取って、投げ捨てた。
「ああ、せっかく日番谷はんのために作ったのに、お花も可哀相や」
 悲しそうに言いながら捨てられた花冠を拾い上げ、可哀相に、許したってな、あの子も悪気はないんよ?などと花冠に話しかけている。
 嫌味な男だ。
「どうでもいいけど、俺はあっちの森の方を調べに行ってくるから、お前はいつまでもここで花に埋もれてろ」
「え、ボクも行きますよ。当たり前ですやん。キミ一人で行かせたりしますかいな」
「ついて来んな」
 こういう状況でついてこないわけもないから、そう言ったところで、市丸が気にせずついてきても、文句は言わなかった。
 全く、最悪だ。
 この世界でも夜はくるのかどうかわからなかったが、くるのだとしたら、なんとしてでもその前に元の世界に戻らないといけない。
 市丸とふたりきりで夜なんか迎えた日には、何をされるかわかったもんじゃないからだ。
 しかもここは、いつもの規則で縛られた瀞霊廷の中ではない。隊長という二人の立場も、あってないようなもの。なにしろ、別世界なのだから。
 ただでさえ、その中にあってさえモラルもルールもたびたび無視してきた市丸なのに、こんな解放的なところにあっては、…ウワ、もう、早速きやがった!
「コノヤロウ!勝手に人の手握ってんじゃねえよ、油断も隙もねえーっ!」
「だって、迷子になるとあかんやん」
「ならねえよ!てか絶対テメエの目的違うし!」
「…ええやん、ここなら、ふたりきりや…」
 突然とろりと甘い色を混ぜて、市丸は握る手に、きゅっと力を込めた。
 その声と思いがけない手の力に、ドキッとして慌てて氷の霊気を高めてやった。
「…凍らせられたいか…?」
「うわっ、ひーくん、それは反則やん〜。ひどいで〜!」  
 さすがの市丸も慌てて手を離して、温めるように、凍りかかった手にはあっと息を吹きかけた。
「誰がひーくんだ。今度したら、本気で凍らせるからな?」
「怖いわぁ〜。なんでキミ、そない素直やないの?」
「本気で嫌だって言ってんだろ、いい加減、理解しろよ!」
「本気で嫌とも思われへんけども、本気やったとしても、人の心は変わるもんやし」
「そんな日は永遠に来ねえし」
「そうやろか?」
 えらく自信満々に言われて、ちょっとムカついた。
 くるわけねえだろ、そんなもん。
 俺は本当に、市丸が大嫌いなのだ。
 こいつは平気で嘘をつくし、その言葉は何一つ信じられない。うっかりこんな奴に心なんか奪われちまった日には、きっと一生をメチャメチャにされるのだ。
 振り回されて、弄ばれて、飽きたらポイと捨てられて、楽しかったわ、おおきに、ほな、さいなら、とか笑って軽〜く去ってゆくに決まっているのだ。
 ああ、考えただけで、腹立ってきた。
 一刻も早く、ここから脱出しなくてはならない。
 花畑を過ぎて森に入ると、そこは童話に出てくるような、可愛らしい世界だった。
「なんや、お菓子のおうちでも建っていそうな森やねえ」
 同じ事を思ったらしい市丸が、楽しそうに言った。
「あまり奥に入りすぎるのもなんやから、このへんあたりにしときませんか、ボクらのおうちを建てるの」
「…ボクらのおうち?」
「せっかく来たんやから、ここでふたりで末永く幸せに暮らすいうんも、ええと思いません?」
「思わねえよ!何考えてンだ、テメエ!」
 こいつのこののんびりした空気は、そういうことだった。
 こいつは元の世界に戻りたいなんて、さらさら思っていないのだ。結論は正反対だが、俺と、全く同じ理由で。
 俺とこいつと、今ここで、二人きりだから。
「俺は絶対、嫌だからな!絶対、帰る!テメエは一人で家建ててここで一生暮らしてろ!」
「エエッ、意地悪やな〜。キミがおらへんかったら、そんなん全然意味ないやん〜。キミと二人やから、幸せなんやん。キミの可愛えお顔を、ずうっと見ていたいんやん。瀞霊廷におるよりここに居った方が、ずっとキミと一緒におれると思うから、ここにいたいんやん」
 クソ、調子のいいこと言いやがって。
「俺と一緒にいたかったら、テメエもここから戻れる方法、考えて探せ」
「お手々つないどったら、ええ案浮かぶかもしれへん」
「ここで死ね」
「あん、本当のこと言うてみただけやん〜。冷たいこと言わんといて〜」
 無視してずんずん奥へと進むが、可愛らしいこの森はどこも同じような景色ばかりで、俺達はすぐに道に迷った。
 迷ったといっても、そもそも目的もなければ、花畑に戻る必要もないのだが、とにかくもとの世界へ帰るための、なんの手がかりもみつからないままたださまよい歩き、そのうちあたりが暗くなってきた。
 ヤバイ。ここには、夜もあるようだ。
 隣の市丸は、気のせいか俺とは逆に嬉しそうな顔になってきている。
 夜になるまでにここを脱出できないならば、せめて市丸から逃げる方法を考えなければ。
 今もこいつはここから逃げる方法ではなく、うまいこと流れをそっちへもってゆく方法ばかりを考えているに違いないのだから。
 ここへくる間でさえも、一瞬でも隙を見せたら近寄って触れてこようとするので、それを払って隙を見せないようにしているだけで、俺はすでにくたくただった。
(神様、こんなところで疲れて流されてこいつに奪われるようなことだけは、お願いですから本当に勘弁してください)
 切実に祈った俺の言葉が通じたのか、それからしばらく行くと、一軒の家がみつかった。
 お菓子の家ではなかったが、小人さんでも住んでいるような、小さな可愛らしい家だった。
「あれ、日番谷はん、えろう可愛えサイズのおうちがあるで」
「ああ。ちょっと行ってみるか」
 おとぎの国に出てきそうな可愛い家の戸をトントンと叩くと、
「どなたですか?」
 家の戸がちょっとだけ開いて、中からサイズは小さいが善良そうな大人の顔がのぞいた。
「俺は日番谷冬獅郎といいます。どうやら別の世界からここへ迷い込んでしまったようで困っているのですが、どこか別世界へつながる出口とか、そういうものをご存知ないでしょうか」
 こんなことを言うと頭がおかしいと思われそうだが、他に説明のしようもなくて言うと、やはりその小人は首を傾げて、
「別の世界と言われても、わしはこの世界しか知らないからなあ。とりあえず、今日はもう日が暮れるから、よかったらここで泊まっていくかい?」
「え、ホントですか?助かります」
「あのう、せっかくのお言葉嬉しいんですけども、どうもボクはそのおうちには入られへんようなんですけども」
 忘れていた市丸が、後ろで困ったように言った。
 その小人は俺よりも少し小さいくらいで、俺でようやくギリギリ入れそうなその家に、市丸が入れるわけもなかった。
 それは俺にとっては、ますます好都合だった。
「お前はお前で、別に探せよ。一緒じゃなくちゃいけない理由もないんだから」
「え、それ有り得へん!キミをそのちっちゃい男とふたりきりにするなん、誰が許してもボクが許さへん」
「失礼なこと言うなよ!スイマセン、あいつ、頭おかしいんです」
「ダメや、嫌や、こんな貧相な家やなくて、もっとええうち探そう、ひーくん」
「ひーくんじゃねえ!なんてこと言うんだテメエ!お前はそのへんで野宿でもしやがれ!」
 市丸がそんな失礼なことを言ったにも関わらず、その男は怒りもせず親切に、
「そしたら、ここをもう少しあっちに行ったら、大きな教会があるよ。そこならそっちの大きなお兄さんも入れるよ」
「教会やてひーくん!それはええこと教えてくださいまして、おおきに。さ、早う行こ、ひーくん。ついでにそこで、お式も挙げへん?」
「テメエの葬式か?」
「いややなあ、ボクらの結婚式に決まってるやん〜vv」
「テメエ一人で行け!」
 せっかく市丸に襲われる心配をしないでゆっくり眠れそうな素敵な場所をみつけたのだ。
 俺は絶対、この小さい家で眠らせてほしかった。
「あのバカは心を洗うためにも教会へ行きますけれど、俺はできれば、こちらでお部屋をお借りしたいのですが」
「ああ、いいよ」
「ダメや〜!このクソジジイ、善良そうな顔してなにボクの冬獅郎を誘惑してくれとんねん!」
「い、市丸?!」
 市丸がいきなり刀に手をかけたものだから、せっかくの親切な男は驚いて慌てて扉を閉めてしまった。