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押し入れの冒険−1

 こんにちは、市丸ギンです。よろしゅう。
 今日はボクの可愛え可愛え恋人の話をさせていただきます。
 ほんまは、恋人いうにはまだちょうっとばかり早いような段階なんですけども、ボクの可愛え可愛えあの子は恥ずかしがり屋さんで、少ぅし素直やないところがあるものですから、そこがまた食べてしまいたいくらい可愛えんやけど、とりあえずもう少し関係進まなこちらももちませんから、毎日毎日、そらもう一生懸命アプローチしているところです。
 名前は日番谷冬獅郎といいまして、我が護廷十三隊の十番隊長をしてはります。
 身体はまだ、そうですね、人間でいうと十二、三歳くらいでしょうか。あぁ、そんな小さかったんやねえ。改めて言うと改めて小ささ実感してしまいますが、中身はそらもう立派なもんです。
 身体が子供なので皆にバカにされないように、いつもしっかりと胸を張り、顎を上げ、キリッとしたお顔をして、汚くはないけれども時々乱暴な口をきいたりするようです。
 それでもほんまは笑うととっても可愛らしいことや、大人と違って穢れを知らんというか、子供らしい純粋な部分も時々垣間見れて、そのギャップに胸がきゅんきゅんしてしまいます。
 とにかくそんな可愛え日番谷クンのところへ、今日もボクはご挨拶にうかがいました。
 あの子の一日の予定はもちろんチェック済みです。
 彼の副官は松本乱菊いうこれまたボクの大切な幼馴染みなんですけども、彼女も十番隊長さんをとっても気に入って大事にしているので、ボクが十番隊の執務室に遊びに行くと、あまり歓迎されません。
 それで、それ以外で日番谷クンに会える機会があるようでしたら、そらもう逃さんようにしています。
 今日の狙い目は、総隊長のところへ定期報告へ行った帰りです。
 ボクも何度も通った一番隊ですが、日番谷クンはまだ新しい隊長さんですし、真面目な人やから、真っ直ぐ目的地まで行って、真っ直ぐ帰ることしか知りません。
 ボクはそ知らぬ顔をして、報告を終えて退室した彼の前に顔を出しました。
「こんにちは、十番隊長さん。ご機嫌いかが?こないなところで会うなんて、奇遇ですねえ?」
 にこやかに挨拶をしても、日番谷クンはいっそう眉を寄せて、なんでテメエこんなところにいやがるんだと、怒ったように返します。
「ボクも一番隊に用事があって来ただけですよ?キミの用事も終わったんやったら、せっかくやし、お茶でも飲んでいかへん?」
「やなこった」
 取り付く島もありませんが、そないなことを気にしてましたら、彼の恋人になんなれません。
「そしたら、そこまで一緒に帰りましょうか?」
「断る」
「そう言わんと。ちょっとくらいええですやん」
 無理矢理隣に並んで歩くと、日番谷クンの歩くスピードが速くなりました。
 もともと歩幅の差で、それほど慌てて追いかけなくても付いてゆけるのですが、これでは恋人同士の逢瀬らしい、甘いムードは盛り上がりません。
「あれ、十番隊長さん、どっち行かはるの?こっちですよ?」
 広い広い一番隊の隊舎の中、分かれ道を右へ曲がろうとした日番谷クンに、ボクは反対側の廊下を指差して言いました。
「帰り道、こっちですよ?」
「ウソつけ。俺はいつも、こっちから帰っている」
「あぁ、キミは身体が子供やから、誰も文句言わへんのやね。…ほんまはそっち、女の子達の区域なんやけど。羨ましいわぁ、ボクなんそっちに踏み込んだら、一発で痴漢扱いされてまいますわぁ。確かにそっちの方が近道で、ええんですけどね?」
 言ったとたんに、日番谷クンのお顔は、それはそれは可愛らしく、ぱあっと真っ赤になりました。
「そ、それを早く言え!」
 慌てて引き返してきて、ボクの指差した方へ歩いてゆきました。
 相変らず、疑うことを知らへん子です。
「まあ、ここへ通うのはボクの方が長いですからね。中の構造は、ようわかってますよ?せっかくやから、近道教えますね?」
 さりげなく並んで歩きながら言うと、日番谷クンは可愛らしい眉を寄せて、
「お前、人の隊舎の中勝手にウロウロすんの、よくねえぞ。仮にも隊長なんだしさ」
「大丈夫ですよ。まだ隊長やない時からウロウロしてましたから」
「それもよくねえって」
 呆れたようにタメ息をつく様子すら、可愛え子です。
 ボクは日番谷クンが一番隊舎の中をよう知らへんことをいいことに、ひと気のないところへと誘い出してゆきました。
 ほらね、せやから人の隊舎の中をウロウロすることも、大切なんですよ?
「この先の中庭に、そらもうきれいな桃の花が咲いていますんよ。ついでですから、チラッとお花を楽しんでいきましょう?」
「…そうか」
 日番谷クンは珍しく素直に答えて、桃の花を少し楽しみにしたようです。
 一番隊には中庭がいくつかあって、ボクが連れて行った中庭は、中でも狭くてひっそりとしていましたが、それゆえ人も少なく、なかなかの趣がある穴場なのです。
 やっぱり日番谷クンも喜んでくれはったようで、目を細めて桃の花を愛でていました。
「このスポットはボクのとっときの場所やったんですけど」
 後ろからそっと近付いて、ボクは精一杯さりげなく、その肩に手を添えました。
「キミに一度、見せてあげたい思うてたんですよ」
「気安く触るな」
 つれない日番谷クンはそれすら許してくれず、ピシャリと手を払って一歩遠くへ逃げてしまいました。
 それでも、この場から一目散に立ち去ろうという気配はありません。
 こういうところ、やっぱりこの子は口で言うほどボクのこと嫌ってへんと思うのですが、どないしたら素直になってくれはるんか、さっぱりわかりません。
 もどかしくなって、力尽くで抱き締めてチューしてやろうかと何度思ったかしれませんが、ガードの固いこの子は、なかなかそんな隙も見せてくれません。
「日番谷はん、そろそろもう少し素直になってくれへんやろか?」
 とうとうボクは、タメ息とともに、言いました。
「キミのことがほんまに好きやて、何度言うたら信じてくれはるの?いつになったら、ボクの気持ちに応えてくれはるの?」
「俺はテメエのことなんか好きじゃねえし、お前の気持ちに応える気持ちはねえって、何度言ったらわかるんだ」
 いつもと同じ答えです。
 せやけどそれがほんまの気持ちなら、そない可愛らしくほっぺがピンクになってはるのはおかしい思うんやけど、どうですやろか。
 この子相手に、やっぱり優しい言葉だけで気持ちを伝えるのは、無理かもしれません。
「それは、ウソやね?」
 ボクはさっとその可愛え手をとって、ぐっと彼に迫りました。
「キミは何をそない恐れてはるの?誰かを好きになるいうんは、当たり前の感情やで?」
「恐れてなんか…だいたい、そもそも、本当にお前のことなんか」
 手を振り払って逃げようとするので、そうはさせずに、壁の方にどんと追い詰めました。
 体格が違い過ぎて、却っていまいち追い込みづらいのですが、仕方ありませんな。その小さいところも、たまらん好きなんですから。
「ボクもいつまでも、優しくしとらんで?」
「おまっ…」
「…お目々、閉じ…?」
「バ、…」
 日番谷クンが猛烈に抵抗しようとしたのと、誰かの霊圧が近付いてくるのを感じたのは、同時でした。
(こんなええとこ邪魔するアホは、誰や?!)
 せいぜい席官クラスの霊圧だったので、強い霊圧を放って追い払ってやってもよかったのですけども、ここは一番隊なので、面倒なことになってもあきません。
 ボクはそこが丁度布団などを入れている物置のような部屋やと知っていましたので、とっさにその戸を開けて、日番谷クンごと中に入って隠れようとしました。
 お布団の山に二人で埋もれるゆうのも、その先の甘い展開を期待させる、なんや淫靡で素敵な展開やと思うたんです。
 ところが、さすがのボクも、これには驚きました。
 中は確かに、布団の山やったんです。
 なのにそこに埋もれたとたん、柔らかな感触に包まれたまま、ボクらは果てしなくどこかに落ちていったのです…。