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現世のお土産−2

「いらん!」
「とっときや!今度はエロやないで。ちょっとこれは現世でもなかなか手に入らへん、珍し〜いもんや!」
 第四弾は、好奇心を刺激する方法だ。
 ただしこの段階では、もう直接的なエロ系の萌えは諦めている。
 日番谷はチラッとだけ振り向いて、
「それが何か、今そこで、口で言え」
「ええ匂いのする、お香や」
「…」
「疲れた身体を癒したり、気分をリラックスさせたりするんやで。ええ匂いなだけでなく、薬用効果もあるんや」
 市丸がその香の束を出して見せると、日番谷はようやく戻ってきた。
「そういうもんを、早く出せ」
「ゴメンな、さっきのもんも喜んでくれはると思うて買うたんやけど、こういうもんの方が、冬獅郎は好きやったんやね」
「当たり前だ、バカ野郎」
 言って市丸が渡した香を、そっと鼻に近づけた。
「…いい匂いだ」
「せやろ。とっときやもん。寝る前にたくと、リラックスして、よう眠れるで?」
 それはもう、市丸が忍び込んでそっとさっきの服を着せても、気が付かないくらいに。
 という言葉がうっかり出そうになったが、市丸は慌てて飲み込んだ。
 今度は日番谷は気付かずに、先にロクでもないものばかり見せたせいか、ちょっと嬉しそうな顔をしている。
 どうやら、お気に召したらしい。
 少しばかり良心は痛むが、とりあえずご機嫌が直って一安心だ。
「他にもあるよ。現世の色んな景色の載った、写真集とか」
 言って今度こそ、真面目なお土産を出してくる。
「へえ〜」
 日番谷はもとの座布団に座ると、早速写真集を開いた。
 厳選しただけあって、それは見事なものばかりで、日番谷はすぐに夢中になってそれを見始める。
「…日番谷はん、気に入ってくれはった?ボクにも、見せて?」
「なんだよ、お前、もう見たんじゃねえのかよ?」
「キミと一緒に見たいんよ。ひとりで見ても、ちっとも心に響かへん。キミと一緒に見る景色が、見たいんよ?」
 たとえば同じ景色を見ても、隣に日番谷がいるだけで、それは特別な景色になる。
 毎日見ているはずの平凡な景色でも、この世に二つとない、最高に美しい景色になる。
 お互い自由の少ない身だから、せめて写真集の中だけででも、日番谷と二人で色んな景色を見れたら。
 そんな思いは、今度も日番谷に伝わったようだった。
 ほんのり頬を染めて、照れ隠しのためか睨むように市丸を上目遣いで見ていたが、写真集を抱えて、そっと立ち上がる。
 そのまま遠慮がちに市丸の隣に座ろうとするので、
「日番谷はん、こっちおいで?」
 自分のあぐらをかいた足の間をぽんぽん叩いて言うと、また睨まれた。
「変なことせえへんて。日番谷はんがここ座って一緒に見た方が、見やすいやん」
「…ホントに変なことしねえか?」
「一緒に写真集見るだけや」
 日番谷がそのポジションにきて、何もしないでいられるかどうか、本当は自信がなかったが。
 とりあえず言い切ってやると、日番谷は少しためらってから、おとなしく市丸の胡坐の上に座り、写真集を開いた。
(ほ、ほんまに来たで?この子ほんまに、こっち系の作戦には無防備やな〜)
 それはつまり、本気で市丸を好きだということだろうか。
 身体狙いも心狙いも、市丸にとっては愛は愛だが、大人の男になりきれていない日番谷は、その辺を明確に区別しようとする。
(そういうところも、可愛えんやけど)
 市丸は日番谷の身体を抱き締めるようにして、どのお写真が気に入った?と聞いた。
「いいのいっぱいありすぎて、困るよ。これとか…これとか?お前はどういうのが、好きなんだ?」
「ボクはキミがそばにいてくれとったら、どれもええもん。キミがキレイて言うた景色が、ボクにとっても特別キレイに見えるわ」
「なんだよ、適当に答えやがって」
「ええ?本気やけど」
 小さな指が、ぱらぱらとページを繰ってゆく。
 日番谷が次々と新しい世界を開いてゆくようで、本の上の景色が、本当に美しく見えた。
 ひとりで見たら、こんな景色に心など、全く動かされたりしないだろうに。
「いつかキミと二人で、本物のきれいな景色、見たいなぁ。一泊でええから、現世に遊びに行きたない?」
「…難しいな」
 きれいな景色の写真集は、それなりに効果があったらしい。
 いつもは無理の一言で片付けられそうなところなのに、それほど冷たくは返されなかった。
「例えばや、キミはどんなところ、行ってみたいん?」
「…そうだな、人の多い都会よりは、自然の豊かなところがいいな」
 それは市丸も、大賛成だった。
 邪魔者は、少ない方がいい。
 日番谷と二人で無人島に行ってもいいくらいだ。
「決めたで。今度二人で休みとって、現世に行こ?」
「えっ、ふたり一緒に休みなんて、無理だよ」
「キミは仕事の空きそうな時に、普通に休みとったらええ。後はボクが、ガッツリ合わせて休みブン取ったる」
「えええ〜、無理すんなよ。俺、吉良に恨まれるの、絶対嫌だぜ?」
「ボクかてせっかくのキミとの休み邪魔されるん嫌やから、そのへんは支障ないようにちゃんとしとく」
「ホントか〜?」
 疑わしそうに言いながらも、日番谷はちょっと嬉しそうだ。
 俄然ヤル気になってきた。
「せや。せっかくやから秘湯でゆっくり過ごすなん、どうや?オススメ温泉旅館の紹介本も、買うてきたんやで?」
「へえ〜、温泉か〜」
 色んな旅館の自慢の風呂の写真等がたくさん載っている本を出して見せると、日番谷も興味を示したようにパラパラし始めた。
「ふうん、なかなかいいなあ、こういうの」
「せやろ?」
 日番谷と二人で、温泉旅行。  なんて素敵な響きだろう。
 満点の星空の下、ロマンチックな露天風呂で、日番谷と二人でしっとりと過ごす夜。  濡れた髪にピンクのお肌。月に照らされて、艶かしいその肢体はどれほど魅惑的に見えるだろう。
『スゲエ、星がきれいだな〜』
『貸切やから、ボクらだけのもんやで?』
『えっ、じゃあ…』
『そうや、邪魔者は誰も来ぃひんよ?』
『あ、ダメ…お月様が見てる…』
『ええやん、お月さんよりキレイやもん。見せたり?』
 日番谷が膝の上に乗っていて、顔を見られないために油断してしまったのだろうか。
 妄想で興奮しすぎて、うっかりヨダレが垂れてしまった。
 日番谷の頭の上に。
「あ?今何か…」
 慌てて口元を拭ったが、日番谷が振り返る方が早かった。
「お…おまえ、なにヨダレ垂らしてんだよ!なに考えてやがった!」
 市丸は相当だらしのない顔をしていたらしい。
 ひと目で日番谷は色々察したらしく、ぱっと市丸の膝から逃げて目を吊り上げた。
「え、ヨダレ?なんのことやら」
 とっさにとぼけると、日番谷はますます怒って、
「テメエはなんでいつもそういうことばっかり考えてんだよ!頭ん中、それだけかよ!」
 ここは適当にご機嫌をとっておけばよいところなのだろうが、市丸の事情もそろそろわかってくれないと困る。
 本気で好きだからこそ、そんなことばっかり考えてしまうのだということも。
「そないなことゆうても、考えてまうもん、しゃあないやん。普通、考えん方がおかしいで?」
 もっともな主張をしたつもりだったが、理解されなかったらしい。
「あっ、開き直りやがって!サイテー!…俺もう、帰る!テメエとは絶対、温泉旅行になんか行かねえからな!」
「ええっ、日番谷はん!ちょっと!」
 まさか、ここまで怒るとは。
 でもよく考えたら、市丸のさんざんなお土産で、日番谷は怒りに怒っていたのを、ここまで我慢してくれていたのだった。
 もちろんここは即座に謝り倒すべきだったのだが、慌てた市丸は、ついうっかり、この流れから一番してはいけない引き止め方をしてしまった。
「ひ、日番谷はん、ふたりの夜はこれからやで!」
「知るか、一人で寝ろ!」
 やっぱり怒った日番谷に、せっかくお気に召してくれたようだった写真集まで、顔面目がけてブン投げられてしまった。
「日番谷はん〜〜〜〜」
 お土産が受け取られないのは予想の範囲内だったが、まさかこんな展開で今晩のノーマルなお楽しみまでふいになってしまうとは。
(ああ〜、スケベ心起こすと、ほんまロクなことあれへん。またご機嫌直してもらうの一苦労や)
 だが、日々怒らせてはご機嫌をとってを繰り返している市丸にとって、これくらいのことは日常茶飯事だった。
 今晩のことは悔やまれるが、お土産については、次の作戦がある。
 怒った日番谷は普通のお土産まで全て置いていってしまったので、今度ご機嫌をとりがてら彼の部屋へ届けに行こう。
 そして気に入ってくれていたようだったあの香を、実は深い眠りに落とす効果のあるあの香を、さりげなくお勧めしておこう。
 そして様子を見て夜中に彼の部屋へ忍び込み、寝ている間に服を着替えさせ、香を催淫効果のあるものに替えてしまうのだ。
 少々手は汚いが、そうでもしないと、夢とロマンのいっぱい詰まった現世のお土産を彼が着て見せてくれることはあるまい。
(ごめんな冬獅郎。キミのそういうところも可愛くてしゃあないんやけど、男のロマンも諦め切れへん)
 今日おあずけさせられた分も、その時もとをとらせてもらう。
 市丸は現世のお土産をもう一度楽しく並べながら、その時の作戦を改めて練り直した。


何故か裏に続く