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現世のお土産−1

  足音はしないけれども、とても軽い体重の者が自分の後ろをついてくるのを感じて、市丸はだらしなくニヤけそうになる顔を、必死で修復した。
「日番谷はん、ここ。なんもない部屋やけど、どうぞ」
「本当に何もないな」
 私物のほとんどない殺風景な自室に初めて日番谷を招じ入れると、日番谷は少々緊張したように、遠慮がちに足を踏み入れ、興味深そうに部屋の中を見回した。
 市丸は奥から座布団を持ってくると、そこに座っとってや?と声をかけ、お茶を入れにいった。
 大人用の大きな座布団にちょこんと座る日番谷の姿を目の端で捉えながら、プライベートな時間に自分の部屋に来てもらえるような関係になれた喜びを噛み締める。
 これまで日番谷はどんな甘い誘いをかけても決して自室になど来てくれなかったし、それどころか野生の動物のように、市丸が一定の距離より近付くと目を吊り上げて警戒し、一秒でも早く、1mmでも遠くに離れたいというオーラをガンガン出していた。
(日番谷はんがボクの部屋におる…。あかん、早くも興奮してきてもうた…)
 もちろん最終的にはそれもしたいけれども、今回はちょっと違った趣向のお楽しみを考えていて、これから知力の限りを尽くして、なんとか日番谷をその気にさせようと色々企んでいるのに、脳より下半身にばかり血液が巡っては、叶うものも叶わない。
 昨日は一晩ほとんど眠れないくらい必死で、それはもう色々と手を考えたのだ。
 市丸が現世で買ってきたお土産を、なんとか日番谷に受け取ってもらう手を。
 現世の任務から帰った市丸は、山のようにお土産を買い込んでいた。
 その中の数個が松本へのご機嫌取りで、残りの全ては愛しい恋人である日番谷への、およそロクでもないお土産だった。
 松本は十番隊に足を踏み入れるための通行料だと言って堂々と欲しい土産のリストを渡してきたため、何も考えずに書いてあるものを吉良に買いにいかせただけだったが、日番谷へのお土産の買い付けには、時間も情熱もフルに使った。
 はじめはそれでも一応は日番谷の喜びそうなものを考えながら店を回っていた市丸は、そのうち己の欲望に走り始め、もしかして日番谷は受け取ってくれないかもしれないという厳しい現実に気が付いたのは、尸魂界に帰ってからだった。
 買ってきたものを部屋に並べて、幸せな妄想にさんざんひたってからようやくはたと我に返り、改めて見ると、どうしてこれを日番谷が素直に受け取ると一瞬でも思ってしまったのかと、自分で呆れるくらいとんでもないものばかりだった。
 だが、諦め切れない。
 それにせっかく買ったのだから、ダメもとでもチャレンジはしないと。
 お土産を理由に、日番谷を部屋に呼ぶことには、成功した。
 初めてここに来たのだから、まずはお茶とお菓子でリラックスさせて、軽いトークで安心させて、さりげない調子で話を切り出すのだ。
 市丸は現世で手に入れたチョコレート味の甘いお菓子と紅茶を用意し、はやる心をなんとか抑えて、ゆったりと日番谷のもとへ戻った。
 日番谷は珍しい紅茶の香りに、早くも興味深そうに首を伸ばしていた。
「何だ、それ?」
「紅茶いう種類のお茶で、お好みでお砂糖やミルクやレモンなんか入れて飲むとまたおいしいんや」
「茶に砂糖やミルクを入れるのか?」
「ま、飲んでみ?」
 もちろん専用のティーカップも一緒に買ってきた。
 珍しいもので日番谷の興味を引きつけるためだ。
 日番谷は渡されたカップを手にとって、まずそれをしげしげと眺めてから、顔に近づけて香りを楽しみ、ようやく可愛い唇をそこに当てた。
(はぁぁ、仕草がいちいち可愛えわ〜)
 あのカップになりたいvvなどと変態的なお約束を思わず思ってしまうほど、白く清楚な陶器に柔らかな唇が当たる様子は、艶かしく見えた。
「ん、結構うまいな」
「ほんま?おかわりもあるし、他に色んな種類もあるで?」
「へえ〜」
 よい反応だ。今後日番谷をここへ呼ぶ口実にもなる。
「お菓子も、食べてみ?」
「ああ」
 ほのかにブランデーの香りのただよう大人の味のショコラケーキは、甘さ控えめではあるが、和菓子の甘さとは全く違う。日番谷はその未知の味に、驚いたようだった。
「甘い…」
「おいしい?」
「うん、うまい」
 あああのケーキに、いや、フォークになりたいvv
 などとまた変態的なことを思わず思って、市丸は鼻の下を伸ばした。
「現世には、こっちにはない珍しいもんぎょうさんあるんよ。お菓子は他にもあるけども、買うてきたお土産、先に渡すな?」
 市丸はそっと立ち上がって奥の部屋へ行き、包みをひとつ、取り上げた。
 これからが勝負だ。
 まずはなんでもないことのように、普通に渡してみよう。
 市丸はにっこりと微笑んで、持って来た包みを日番谷に渡した。
「はい、これ」
「あ、ありがとう」
 てれたように礼を言って受け取ると、日番谷はその場で包みを開けた。
「………なんだ、これ?」
 一瞬にして冷たい空気が流れ、ヤバい、と思ったが、ここは堂々としていないといけない。
「現世のお洋服や。可愛えやろ?よう似合うで?」
 言った瞬間、ばふっと顔面に投げつけられた。
「アホか、誰が着るか、こんなもん!」
 セーラー服ではさすがにバレバレだと思い、一応ブレザータイプの制服にしてみたのだが、やはりお気に召さなかったらしい。
 市丸にとってはそここそがポイントの、超ミニのひだスカートが気に入らないのかもしれない。ちょっと前屈しただけでパンツが見えてしまいそうなくらい、超ミニミニのスカートが。くるっと回ったらふわっと広がる、魅惑のヒダスカートが。
『あっ、日番谷はん、筆落としてもうた。どこ転がっていったんやろ。探してくれる?』
『なんか、机の下に転がってったぞ?』
『ああっ、そんな格好したら、パンツ丸見えやで、日番谷はん!』
『えっ、ウソ、ヤダ、見るなよ!』
『見るな言うても、見えてまうもん。純白のパンツに目が釘付けや』
『あっ、やらしい目で見るなったら、市丸のエッチ』
『そんな小さなお手々で隠しても、見えとるで。もっとよう見せてな?』
『ヤダ、バカ、めくるなぁ!』
『こないパンツ丸見えにして、冬獅郎はやらしい子やな?ほんまはもっと見てほしいんやろ?』
『あっ、違、見るなぁ…』
『泣いてもダメや。ほれ、もっとよう見せ?』
『いやぁぁ』
 などという、都合がいいにもほどがある男のロマン満載のミニミニスカートは、無理だと思ってもハズせなかった。
 もちろんそれ用のパンツも買ってきた。
 大人の男が穿いたら無理があっても、子供の身体の日番谷なら、奮いつきたくなるほど似合うだろう、脱いだ状態ではきゅっと小さい、それ系のマンガでよく見るような、清楚で可愛らしいがゆえにお色気満点のパンツだ。
「えっ、お気に召しませんか?絶対可愛えから、穿くだけ穿いてみ?」
 この一言で、市丸の狙いが主に超ミニスカートとパンツにあるということは、バレた。
「穿くか、このド変態!」
 もしかしたら今市丸の頭の中で繰り広げられた妄想も、その怪しいオーラくらいは感じ取ったかもしれない。
 日番谷はいっそう目を吊り上げて、ケーキの乗っていた皿まで投げてきた。
「皿はないで、日番谷はん!ほんま痛いし危ないから!せやったら、これ、これはどうですか?」
 泣く泣くミニスカートは引っ込めて、次の包みを差し出した。
「いらん!どうせロクでもねえ!」
「…日番谷はんが喜ぶと思って…現世で一生懸命…」
 作戦の第二弾は、泣き落としだ。
 傷ついたように精一杯しゅんとした顔で、目に手を当てて泣き真似をしてやると、日番谷は怒ったように眉を上げたまま、見るだけだぞ、と言って、包みを開いた。
「…なんだ、これ?」
「バニーちゃんや〜vv知らんの?お耳つけて、襟と袖だけつけて、お尻にふわふわのしっぽがあって、…」
 猫耳も考えたが、ウサギ耳も捨て難い。
 何よりバニーガール姿一式だと、手首だけの袖や、首輪のように首にだけ巻くリボンのついた可愛い襟や、鼻血ものの網タイツ、ハイレグの水着のような服までついてくる。
 可愛いお耳が小動物のように揺れて、服を着たまま胸のところだけをぺろっとめくり、入れる時もそこだけをちょろっとずらして、
『冬獅郎、このまま入れても、ええ…?』
『え、ヤダ、そんな…網タイツが…』
『そんなん、ここだけ破ったったらええよ』
『うう、このままなんて、…市丸の変態ぃ…』
「変態か、テメエ!!」
 現実の日番谷の発する『変態』には、情け容赦もなかった。
 バニーガール一式を投げつけられたのはもちろん、そこにあった盆で、ガンガン殴りつけてくる。
「い、痛い、痛いて日番谷はん!じょ、冗談、冗談です、ゴメンナサイ、お願い、やめて…」
 まあこれは、怒るだろうなとは思っていた。
 計画ではここで泣き崩れて、着てみせてくれないと死んじゃうとでも言っておねだりする予定だったが、そんな隙など微塵も見せない勢いで怒りまくっている日番谷の猛攻撃に怯んで、思わず市丸は謝ってしまった。
 非常に残念だが、このままでは日番谷自身に殺されそうだ。
 日番谷がその可愛い手にとってくれただけでも、買ってきただけのことはあったと諦めるしかない。
「こ、今度のお土産こそが、本当の…」
「もういらん!俺、帰る!」
「見るだけでも見て!お願いや!一生のお願い!!」
 作戦の第三弾は、身体を張った必死のお願いだ。
 もう土下座の勢いで、その足元に頭を伏せた。
「テメエ、そんなことして恥ずかしくねえか?!」
「今度はほんまに、ええもんなんよ?お願いやから、受け取ってや?」
「今度女物の服とかだったら、絶対殺す!」
「それやったら、大丈夫や〜vv」
 危なかった。実は超ヒラヒラのウエディングドレスなども買ってあったから、ここでそれを出していたら、殺されるところだった。
『これを着て、ボクのお嫁さんになり?』
『えっ、市丸、それ、プロポーズ?』
『市丸やない。これからはキミも市丸になるんやから、ギンて呼ぶんやで?』
『ギン…』
 もちろん本当はその先にもう少しエロスな妄想が続くのだが、ベースになっている妄想はきっと日番谷の許容範囲内だったろうから、恐らく市丸は、渡す順番を間違えている。
 殺されるどころかこれを一番に渡していたら、もしかしたら日番谷は怒りながらも多少はほだされて、他のプレゼントもそれなりに大目に見てくれたかもしれない。
 とにかく市丸が次に渡したのは、男物の大きな開襟シャツだった。
「…なんだこれ、デカすぎじゃねえの?しかもなんか、一度着てね?まさかテメエのお古か?」
「お古て言わんで。ボクの匂いがつけてあんねん。それ着たら、ひとりで淋しい夜も、ボクに抱き締められとるような気持ちに…」
 もちろん、下は素っ裸だ。膝くらいまで隠れてしまう大きなシャツの下から、白い素足が見えているのだ。
『ボクのサイズのシャツやと、ブカブカやね』
『うん、でも、市丸の匂いがする』
『可愛えこと言うて。その下には、何つけてるん?』
『え、何も…』
『素肌に直接、ボクのシャツ着てるん?』
『だって、その方がお前に抱き締められてるみたいで…』
『確かめてもええ?』
『あ、ダメ…』
「死ね、変態!」
 今度は布が大きいだけに、それで殴られたら、けっこう痛かった。
「えええ、なんであかんのか、さっぱりわかれへん〜」
「どこをどう考えても、いいわけないだろう!バカにしてんのか、テメエ!」
「バカになんしてへんよ!本気中の本気やで!」
「なお悪い!」
「お、お願いや、お願いします!今だけ、ちょろっとだけでええから、着て見せてくださいっ!」
「誰が着るか、そんなもん!変なもんばっかり買ってきやがって、マジで一度死ね!」
 思い切りお願いしたのに、全く効かなかった。
 それどころか、とうとう本当に怒らせたらしい。
 ガンと一発強烈な蹴りを入れて、日番谷は部屋を出て行ってしまおうとする。
「あっ、日番谷はん!待って、服やないお土産もあるんやで!」