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ハートライン−2

 そんなわけで、本当に市丸は、その日一日顔を見せなかった。
 会いに来れないと先に言ってもらっていたので、どうしたのだろうと不安になることはなかったが、来なかったらもっと仕事がはかどるのにと常々思っていたことが現実になっても、思ったほど仕事ははかどらなかった。
 思った以上に淋しいような気持ちになってしまい、これがこれから何日も続くのだと思うと、切なくなってしまう。
(俺、いつの間にこんなに…)
 市丸がいないと思うだけでこんな気持ちになってしまうなんて、自分が弱くなってしまったみたいで、不安になる。
(…イヤ、たまにはこういうこともないと。何事も、慣れだから)
 無理矢理自分に言い聞かせ、その日はいつも以上にたくさん仕事を入れて、極力考えないように忙しく走り回って過ごした。
 へとへとになって部屋に戻った時には、もう遅い時間だった。
 夜着に着替えて布団に入ると、いつもはすうっと眠りに就けるのに、今日は全く眠気を感じなかった。
 そろそろ市丸から電話が入るのではないかと思って、無意識のうちに緊張してしまっているのだろう。
 楽しみでもあったし、心配でもあった。
(本当にかける暇なんか、あるのかな?…かけてきたとして、なんかあの、遠距離恋愛のカップルみたいな会話をしないといけないのか??)
 みたいではなく、今度は本当にそのものなのだが。
 まだまだ恋愛というものに慣れていない日番谷は、布団の中で通信機を睨みつけていたが、思ったよりも早い時間に、呼び出し音がなり始めた。
(き、きたッ!)
 待っていたはずなのに、いざくると緊張してしまい、すぐにとれなかった。
 専用回線だと言っていたから、市丸からなのは間違いない。
 日番谷は深呼吸をして、発声練習をして、いかにもなんでもないような低い声で、ようやく通信機を取った。
「…日番谷だ」
『ひーくん?ボク。遅くなって、かんにんな?』
 やっぱり市丸の声が、すぐさま甘く答えた。
「だから、ひーくんてのやめろよ」
『今、お布団の中?今日は一日、無事終わった?』
「…ああ、まあ。…お前は、どうなんだよ?」
『ボクは順調やで』
 答えて市丸の声が、ふふっと嬉しそうに笑った。
『ひーくんが、行く前に愛のエネルギー注入してくれたもん、効果抜群や』
「な、何が愛のエネルギーだ!」
『やって、ひーくんからチューしてくれるなん、まずないやん。やわらか〜くて、あま〜くて、メロメロや』
「…だから…あんま、そういうこと…恥ずかしいから…」
『可愛えなあ、ひーくん。前の時とは、大違いや。前は冷たいわ、素っ気ないわ、淋しかったわ〜』
「だって俺は仕事の話してんのに、お前…」
『…前はボクのことキライやったからとは、言わへんのやね?』
「…」
 思いもしない切り返しに、日番谷はドキッとした。
 あの頃は…自分は市丸を、嫌いだったのだろうか?
『今日は朝しか会いに行けへんで、ゴメンな?』
「十分だよ。任務だし、今まで毎日何度も会いに来てたのだって、無理してたんじゃねえの?」
『キミに会うのに、無理なんあるかいな』
「そういうの、やめろよ。疲れるだろう?」
『あ〜、そういうん、優しいのか冷たいのか、わかれへん。無理してでも会いに来てって甘えてもろた方が、ボクは嬉しいんよ?』
「…だって」
 無理したら、長く続かない。
 時々会えないよりも、そっちの方が、よっぽど嫌だ。
 そう思って言っているのに、市丸は日番谷のそんな気持ちなど全くわかっていないように、
『だってやあれへん。素直に淋しいて、言うて?』
 そんなことを言ったら、市丸はますますはりきって、今まで以上に無理してでも来るに違いないのに。
 そう思うと、思わず、
「…たまにはお前いない方が、仕事もはかどってよかったぜ」
 ついそんなことを言ってしまうと、市丸はしょんぼりした声で、そうやったんや…と言った。
 その声に、ちょっと胸がズキッとしてしまう。
『ボクがずうっとキミのこと考えとる間、キミはボクのことなん、一秒も思い出してくれへんかったんやね?』
「…一秒くらいは…思い出したけど…」
『ほんま?!』
 一秒と言っているのに、市丸はとたんに嬉しそうな声を出した。
『一秒、何思うたん?会えへんの淋しいと思うてくれた?早く帰ってきてって思うてくれた?帰ってきたらまたその可愛え唇で、ちゅってしてあげようと思うてくれた?いっぱいサービスしちゃうvvて思うてくれた?』
「一秒でそこまで思わねえよ」
 一瞬隙を見せただけで、ここまで食いつくとは。
 市丸ギン、恐ろしい男だ。
 たくましいとも、言えるかもしれない。
 ここまで精神的にタフでないと、日番谷の恋人などやっていられないのかもしれない。
 呆れて日番谷が言うと、市丸は突然フッと声のトーンを変えて、
『…冬獅郎、今お布団の中なん?』
「えっ?ああ」
『いつもみたいな夜着着とるの?』
「そりゃ、まあ」
『…ほならそれ、全部、脱いで?』
「えっ?!」
 言われた意味を一瞬理解できず、思わず日番谷が聞き返すと、
『お布団の中やったら、寒ないやろ?…着とるもん、今から全部、脱ぎ?』
「…なんで」
『今話しとる冬獅郎がなんも着とらんと思うと、一人で淋しいんが、ちょっと紛れるんや』
 やっぱりこいつは変態だろうかと、日番谷は通信機を握り締めたまま、しばし固まった。
『ええやん、誰も見てへんねやろ?ボクからも、見えへんよ?』
「見えないのに、どうしてそうさせたがるんだよ。意味わからねえ」
 目の前で脱げと言われても嫌は嫌だが、まだわかる。
 姿が見えないのに脱がせたがる気持ちは、さっぱりわからない。
『…そこに誰か、おるの?』
 不意に市丸の声が、少し低くなった。
「いるわけねえだろ?」
『やったらなんで、脱がれへんの?ほんまに一人なん?』
「あ、当たり前だろ?ひ、ひとりだって、なんで脱がなきゃなんねえんだよ?」
『ひとりやし、お布団の中やったら、なんで脱がれへんの?』
 どうしてそこで一人かどうかを疑うのか、その思考のもって行き方もさっぱりわからなかったが、とにかくそんなことを疑われるのは心外だった。
 それにまあ、確かに誰も見ていないし、布団の中だから、問題ないと言えば問題ない。
 市丸と通信機でつながっていることで、なんだか見られているような気がしてしまうことが、若干恥ずかしいけれども。
『…日番谷クン?』
 焦れたように、ヤキモチを焼くなどして少し怒った時の声と呼び方で言われて、とうとう日番谷はヤケクソになって、
「ああもう、うるせえな。脱げばいいんだろ、脱げば!」