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ハートライン−1
その日は、とうとうやってきた。
日番谷が朝、隊舎に向かおうと廊下を歩いていると、珍しくもこんな早朝に、市丸が待っていた。
「あっ、ひーくん、おはよ。昨日はよう眠れた?」
「誰がひーくんだ。テメエ、こんな朝っぱらからこんなところで、何しているんだ」
市丸がどこかで日番谷を待ち伏せしていることはよくあることだったが、朝一番でやって来るのは、珍しい。
一応は恋人なのだが、少し警戒して日番谷が言うと、
「ゴメンなひーくん、今日はボク、こないな時間にしか会いに来れそうもなかってん」
「えっ」
「現世の任務が入ってしもうた。もう昼までには、発たなあかんねん」
死神にとって、現世の任務は決して珍しいものではなかったが、隊長クラスが出てゆくのだから、それなりの任務なのだろう。
嫌な思い出がさっと頭をよぎって、日番谷はいっそう眉を寄せた。
「…いつ帰ってくるんだ?」
「わからんねん」
「…そうか」
あれから市丸はうっとうしいくらい毎日何度も日番谷の元へ通ってきて、嫌というほどまとわりついてきていたから、淋しいと思うひまもなかった。
それが急に何日も会えないと言われても、実感は全くわかなかった。
「…気を付けて行ってこいよ?」
「それだけなん?」
淋しそうに言われるが、他にどう言えと言うのか。
市丸は日番谷の前まで来ると、すっとかがんで、近い高さからその目をみつめてきた。
「…通信機、ちゃんと持っててくれとる?」
「…!」
そういえば、そんなものがあった。
毎日毎日会っていたから、使う必要など全くないまま、今日まできていたのだ。
「今晩、電話するな?」
「あ、ああ…」
突然緊張して、日番谷はうろたえた声で返事をした。
「ほな、ボクはもう行かなあかんけども」
「ああ」
「行ってらっしゃいのちゅーは?」
珍しく冗談ではない顔をして、市丸が自分の唇を指差して言った。
「バ、バ、バ、バカ、ここをどこだと思って…」
さっと周りを見回すが、幸か不幸か、誰もいなかった。
「誰もいてへんし、いてへんうちに、早う」
「…ウ、ウ、…」
「キミのキスひとつで、ボクの頑張り度めちゃ変わんねんで?」
「うう〜ぅ」
「頑張ったら、その分早う帰って来れんねんで?」
「ああもう、うるさい!」
ちゅっ
ヤケクソで乱暴に唇を合わせ、抱き寄せられる前に、さっと逃げた。
やっぱり抱き寄せようとしていた市丸は逃げられたことは少し残念そうだったが、それでも蕩けそうにだらしない顔になって、
「おおきに、冬獅郎。ヤル気満々になったで!ほなな、しばらく会えんけども、浮気したらあかんで。毎晩電話入れるよって、待っとってな?」
実は本当にない時間を無理矢理作って、会いに来てくれたらしい。名残惜しそうにはするが、それだけ言うと、あっという間に瞬歩で消えてしまった。