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愛して、温めて−7

「ええと、その、母親の、親戚。丁度こっちに用事があって来てたみたいで…」
「ああ、そう。まだこっちにおるんか?」
「ああ、俺の家に…」
 ボクのいる場所なん、ここしかあらへん。逃げるとこも、行く場所も、他にないよ?
 また市丸の言葉が、胸に甦った。
「そんで、あの兄ちゃんに、あの続きを教えてもろたんか?」
 あけすけな質問に、日番谷の頬がボッと熱くなった。
 その反応を見て、平子はあからさまに不愉快そうな顔をして、
「なんやそれ〜。人のこと変態扱いしよって、自分やって同じようなもんやん。なんや、損したみたいな気分やで、ほんま」
 同じでは、ないと思う。
 平子の言葉を聞いてとっさにそう思って、日番谷はドキッとした。
 平子は興味本位。でも市丸は、本気だった。
 彼の全能力を、彼の全てを、日番谷に傾けていた。
 こたつとして。
 それ以上。
(…もう一度、コンセントを入れてみようかな…?)
 あの不思議な男に、どうしてももう一度、会いたくて。
 あの絶妙な温度のこたつに、もう一度、入りたくて。
 平子と別れて自宅へ戻ると、日番谷はとうとう恐る恐る、コンセントを入れてみた。
 こたつは普通にスイッチが入って、温かくなってくる。
 だが市丸は、現れなかった。
 コンセントを入れれば、自然に市丸が現れるとばかり思っていた日番谷は、少し拍子抜けて、改めて、あれは夢だったのかも、とも思った。
(いや、平子も覚えてたし、いたはずだよな?)
 こたつに入ると、相変らず高性能で、絶妙な温度加減だった。
(寝たら、出てくるかも)
 少なくとも、あのエロチックな夢くらいは、再びみるかもしれない。
 そう思って、日番谷はこたつに潜り込むと、目を閉じた。
 心地良い温かさに、自然にウトウトし始める。
「…ちゃん、シロちゃん、ごはんだよ!こたつなんかで寝たらダメよ、風邪ひいちゃうよ?」
「んあ?」
 雛森に揺り起こされて、日番谷は寝惚けた声を出した。
 さっと時計を見てみる。
 けっこうな時間寝ていたようだったが、市丸が現れた様子もなく、あの夢もみなかった。
(…なんだ、何もなかったな…)
 なんとなくがっかりもしたが、漠然と感じていた恐れも感じなくなっていたので、日番谷はその日から、また自宅で暮らすことにした。
 こたつは何事もなかったかのように、ただ快適に日番谷を温めてくれるが、それだけだった。
(…期待してたわけじゃねえけど)
 そうなると、あの淫らな夢すら、無性に恋しくなってきてしまう。
 日番谷はこたつの中で、そっと下着の中に手を入れてみた。
 市丸に教えてもらった、もやもやした気分を吹き飛ばす方法を実践してみようと思ったのだ。
 ここでそういうことをしたら、市丸が出てきてくれるのではないかとも思ったかもしれない。
「…っ、う、…ぁ、」
 だが、何も起こらなかった。
 誰も現れなかった。
 身体はすっきりしても、心だけ取り残されたように、切ないものが胸に残っただけだった。



 その日は珍しく、雛森の方が日番谷の家に来ることになった。
 雛森の母親が入っている婦人会のメンバーが、雛森家でお茶会をしているので、終わるまで避難させてほしいと言われたのだ。
「ね、この間言ってたサイト、一緒に見ようよ!」
「パソコンくらい、一人で見れるようになれよ」
「ん〜、いいじゃない、日番谷くん、得意なんだしvv」
 パソコンが置いてあるのは…それ以外の、日番谷が日常でよく使うもののほとんどが置いてあるのは、相変らず和室だ。
 勝手知ったる日番谷家に二人で騒ぎながら帰ってくると、日番谷はこたつのスイッチを入れてパソコンを立ち上げ、雛森は途中のコンビニで買ってきたおやつを広げ始める。
「日番谷くん、すっかりこの和室が生活の場になってるんだね」
 ホットミルクティーの口を開けながら、雛森が特に含みもない口調で言った。
「えっ…あっ、まあ、…こたつもあるしな」
 すっかりただのこたつでしかないそれを、なんとなく淋しいような気持ちで見下ろして、日番谷は言った。
「そうだね。落ち着くもんね。でもこの部屋、テレビもないし、エアコンもないし、不便じゃない?」
「パソコンとこたつがあるから、十分だ」
「でもあまりこたつで寝るのは、良くないよう〜?」
「あれは、たまたまうたた寝しちまっただけだ」
「はいはい。そういうことにしといたげる」
 雛森は遠慮なく日番谷の隣に入って、パソコンの画面を覗き込もうとした。
「…あれっ、こたつ、まだ入れてないの?」
「えっ?」
「あったかくないね、まだ」
「………」
 あの日、…平子を連れて来て、市丸が現れた時と、同じ展開だ。
 そういえば、日番谷は自宅に戻ったが、他の誰かがこたつに入るのは、あれ以来これが初めてかもしれない。
 日番谷は突然鼓動が高まってくるのを、否応なく感じた。
「…雛森、ちょっと、こたつから出ろ」
「え?」
「ちょっとだけだから。ちょっと出て、待ってろ」
「うん?」
 雛森がこたつから足を出すと、日番谷はさっとこたつ布団の中に顔を入れて、小声で囁いてみた。
「おい、雛森は、ただの幼馴染だからな。俺の親がいない間、俺の面倒みてくれてる、親切な隣人だ。失礼なこと、すんな。それに、すぐに帰る」
 今頃思い至ったが、平子だけこたつで温めてもらえなかったのは、市丸がわざとそうしていたのだと…日番谷に恋していると言っていた市丸が、邪魔な平子を追い返そうと、意地悪をしていたのだという気がして、それならば、今も雛森に同じことをしているのではないかと思えて、バカらしいと思いながらも、言ってみたのだ。
「いいぞ。入ってみろよ」
「うん」
 果たして、その効果はあった。
「あ、あったかくなってる♪わあ、うちのこたつより断然快適だわ〜vv」
「最新式だからな」
 答えながら、日番谷はすでに上の空だった。
 市丸は、やっぱり、ここにいる。
 こたつこそ本体なのだと言っていたから、今目の前にあるこのこたつが市丸なのだろうが、このこたつはただのこたつではなく、あの男に姿を変えたあの魂が、ここにあるということだ。
(なんだ、いるんじゃねえかよ。だったら、なんで、出てこねえんだ)