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愛して、温めて−6

 もはや、何がなんだがわからなかった。
 急激に頭が真っ白になり、そこに熱が集まって、とんでもない快楽が全身を駆け抜けた。
「あ、あーーーっ…!」
 大きな身体が、安心させるように、すっぽりと抱き締めてくる。
 その温かなぬくもりの中で、とうとう日番谷は達した。
(…こ、これか…!)
 頭を岩で殴られたくらい、衝撃的な快感だった。
 腹の底の疼きが一気に解消され、身も心も軽くなり、何もかもが浄化されるような。
 だが、痺れるほどの悦びに全てを任せていられたのは、それからしばらくの間だけだった。
 徐々に理性が戻ってくると、とてもいけないことをしてしまったような罪悪感が襲ってきて、知らない男の腕の中にいることを、突然思い出した。
 しかも市丸はその手で受け止めた日番谷のものを、そのまま指で絡め取って、後ろに伸ばしてきた。
「うわっ、なっ、」
「大丈夫、おとなしくしておいで?もっとええこと、教えたげるよって」
 さっきの行為は、いけないと思いながらも、日番谷自身も望むものがあった。
 だが今度は、不吉な不安が否応なく高まってくるばかりで、とっさに逃げることしか思いつかなかった。
「や、やめ、ろ…!」
 その指先が、想像を絶するところに潜り込もうとしてくるのに気付いて、日番谷は思わず悲鳴を上げた。
「怖いのは最初だけや。さっきのより、もっとええことなんよ?」
「じょ、冗談じゃ、」
「キミの可愛えこの身体。芯まで満足させたるよって」
「ちょ、ま、やめっ…!」
 日番谷は夢中で、なんとかその大きな身体から逃れようと、こたつ布団を掴んだ。
「や、待て、こたつ、熱いし!」
 市丸がしきりにこたつの温度のことを言っていたことを思い出し、とっさに言ってみると、市丸はハッとしたように腕を緩めて、
「そうなん。ゴメン。今ゆるめるよって…」
 まるで一大事のように言うなり、スイッチや温度調節の器具に触れてもいないのに、本当にこたつの温度が下がるのを感じて、まさか本当にこいつはこたつなんじゃ、と日番谷は思った。
 ならば、この男の動きを止めるには、コンセントを抜いてしまえばいいのでは。
 まさかとは思ったが、他に方法も思いつかなくて、日番谷はコードに飛びついた。
「冬し…っ」
 悲鳴のような声が、名前を呼びかけて、コンセントが抜かれると同時に、消えた。
 その大きな身体とともに。
 まるで夢でも見ていたみたいに、跡形もなく。
 日番谷は呆然とコンセントを手にしたまま、市丸がいたはずの場所を眺めた。
「ウソだろ…」
 現れた時と同じように、忽然と姿を消した。
 あんな大きな市丸が、そんな一瞬で隠れてしまえるはずがないのに。
 日番谷は怖くなって、もう一度コンセントを入れてみることは、できなかった。
 だがこたつを入れないと、夜は冷えて、寒くて。
 日番谷は震えながら自室に上がろうとしたが、廊下の電気のスイッチが、何故か付かなかった。
 手探りで階段を上り、自室に入ってエアコンのスイッチを入れようとしたが、やっぱり付かない。
 まるでこたつのコンセントを抜くと同時に、全ての電化製品が、その働きを止めてしまったみたいに。
 和室の電気だけが消えずに灯っていることも、却って怖かった。
 ここに戻っておいでと、市丸が呼んでいるみたいで。
 時間も遅くて日番谷は少しためらったが、家全体が冷え冷えと静まり返ったようなその異様な雰囲気に耐えられなくなり、上着を羽織って、隣の雛森家へ駆け込んだ。
 さすがに全ての事情は話せなくて、電気がおかしくなったとだけ告げると、雛森家の父親が日番谷の家を見に行ってくれて、母親が布団を用意してくれた。
 戻って来た父親は何も異常はなさそうだったが、心配だから今夜はここで寝なさいと言ってくれた。
「うふふ、シロちゃんでもひとりが怖いことあるのね」
 雛森家の一人娘の桃が、日番谷を歓迎するように温かく微笑みながら言った。
「シロちゃんて言うな。それに、怖いわけじゃねえ、寒いんだ!」
「いいわよう。私は、嬉しいもん。毎日こっちで暮らせばいいのに」
 少し前だったら、ドキッとするようなそんな言葉も、今は何故か、少しも胸をときめかせなかった。
 ただしんしんと降る雪を窓から見上げて、あのこたつの温もりだけを、恋しく思い出してしまった。

 それからしばらくは、雛森家で暮らした。
 雛森家の人々は全員とても喜んで、そのままこちらで暮らしたらいいと、全員が口をそろえて言ってくれた。
 その間も着替えや勉強道具を取りに、何度か自宅へ帰り、和室にも入ったが、そこでこたつを見る度に、日番谷はドキドキと胸が高鳴るのを感じた。
 どうしようもなく怖いのに、どうしようもなく切ないような気持ちもする。
 特にこのところ冷え込んで、雛森家のこたつに入った時などは、自宅のあの大きなこたつの、常に程よかった温度を思い出した。
 淫夢で服を脱がされた時以外、汗をかいたこともない。
 そこで寝入ってしまっても風邪をひくこともなく、首まで潜り込んでも、スイッチをつけたり消したりする必要もなく、常に快適な温度だった。
『初めてキミがボクの中で眠ってもうた時は、ほんまに嬉しかった。キミが風邪引いてしまわんように、ボクは一晩中、そらもう一生懸命、温度調節しとったんよ?』
 信じていたわけではなかったが、あの不思議な男が言っていた言葉を、自然に思い出した。
 そうなると、彼の言っていたことは全て真実だったのかもしれないと思えてきて、ますます怖くなると同時に、胸が熱くなるような、不思議な気持ちがした。
 そして市丸を思い出すと、同時に身体の奥も疼いてきて、だんだんとそれが、強くなってきた。
(…もっとゆっくり、話せばよかった。俺は、頭からあいつの言葉を信じてやらなくて、何も真剣に聞いていなかった)
 日番谷が、とてもこたつを可愛がったから。
 恋してしまったのだと、市丸は言った。
 雛森家のこたつは、市丸に比べたら全く能力的に劣っていて。
 すぐに熱くなりすぎて入っていられなくなったり、温くてイラッとしたりしてしまう。
 こたつなんて、本来そんなものなのに。
 その後久し振りに平子に会って、気まずい挨拶を交わした後、ところであの男誰やったん、と聞かれて、日番谷は答えに詰まった。