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愛して、温めて−8

 こたつが人間に姿を変えるなど、そう簡単にできることではない。市丸自身も、それを認めていた。
 では、何をどうしたら、それができる状態になるのだろう。
 最初は、平子がきっかけだった。
 市丸は、平子を怒って、または日番谷を助けようとして出てきたのだとしたら、何かまたそんなきっかけが必要なのだろうかと思ったが、そんなために誰かを道具にしたり、市丸に誤解をさせるような真似をするのは嫌だった。
 そもそも、市丸が消えてしまったのは、日番谷が市丸を拒んで、電源を抜いてしまったからだ。
 日番谷が人間の姿の市丸を受け入れないと思って出てこないのだとしたら、何か…何か、出てきてほしいというメッセージを伝える必要があるのかもしれない。
(出て来いと言ってみたら、出てくるのか?そして出てきたら、俺は…俺は、市丸に、どうしたらいいんだ?)
 自分に恋した市丸を再び呼び出すのならば、その想いに応える覚悟を決めなければいけない。
 何より自分が…これほどまでに再び彼に会いたいと思う理由は、一体何なのか…。
 一人で淋しいという理由だけなら、雛森家にご厄介になればいい。
 もっと友達を、いっぱい呼んでもいい。
 だが、どう考えてもそれだけでは満たされない気持ちが…彼でなければ埋められない穴が、日番谷の心の中に、確かにあるのだった。
(バカじゃねえの、俺。相手は、こたつなのに。電化製品なのに。人間じゃねえのに)
 思っても、もう自分でも止められない感情に衝き動かされて、雛森家での夕食を終えると、日番谷はゆっくりと風呂に入って、バスタオルを肩からすっぽりと巻いただけの姿で、和室に向かった。
 どちらが前なんだかわからないが、市丸は、こたつの中に入った部分だけでなく、外の様子も見えるようなことを言っていた。
 今の日番谷の姿も見ているに違いないと思うと気が遠くなりそうなくらいドキドキしたが、日番谷は黙って立ったまま、しばらくじっとこたつを見つめた。
 そうしていると、夢の中でのあの熱による愛撫、そして実体となった市丸が触れてきた、肌や手の感触、耳元で囁いてきた彼の色っぽい声を思い出して、自然にそこが固くなってきた。
 それを自分で感じて、日番谷は頬が熱くなるのを感じたが、やはり黙ったままタオルを落として、その全てを市丸にさらけ出して見せた。
 すぐにどうしようもなく恥ずかしくなって、素早くこたつの中に身を滑り込ませる。
 温かな熱が素肌を優しく温めてくれたし、布団の中は外界から身体を隠す場所ではあったが、相手が市丸なのだから、その中にいることは、身体を隠していることにはならない。
 むしろ、彼に間近にその全てを捧げて見せているようなものだ。
 これだけしているのだから、日番谷の気持ちはわかってくれてもいいのではないかと思った。
 だがやっぱりこたつは柔らかく暖かいだけで、愛撫のような熱を当ててくれることもなかった。
 もうダメなのかもしれない、と日番谷は思った。
 あの時が、最初で最後のチャンスだったのかもしれない。
 やはりこたつが人間に姿を変えるなど、そう簡単にできることではないのだ。
 そう思ったら切なくなってきて、日番谷はこたつの中で仰向けになり、膝を軽く立てて、自ら大きく開いた。
(…バカみてえ、俺…こたつ相手に、何やってんだろ…)
 思うのに、市丸にくるまれていると思うとそれはどんどん固くなってきて、市丸に教えてもらった通りに手が伸びて、止まらなくなった。
 市丸の中で、市丸のことを思いながら、ここまでしているのに。
 それでも出てきてくれない市丸に、身体の熱とは裏腹に、涙が自然に溢れてきた。
「…クソ、バカやろ、…いちまる……」
 切ない上に悔しくなってきて、流れた涙を空いた手でぎゅっと拭った時だった。
「泣かんで、冬獅郎…。ボクは、いつも、ここにおるよ?」
 突然大きな身体が包み込むようにかぶさってきて、あの甘い声が、耳に吹き込まれた。
「い…ち丸!お前…」
 慌てて目を開くと、もう絶対に忘れることなどできないその顔が、すぐ目の前で、嬉しそうに笑っていた。
「ようやく、出れた。ボクが出れたいうことは、キミも、ボクのこと、受け入れてくれたいうことやね?」
 嬉しそうなその顔に、今度は無性に腹が立ってきて、
「見りゃわかるだろ、このクソこたつ!遅ェんだよ、何が超高性能だ、聞いて呆れるぜ!」
「せやけどキミ、ボクの名前、全然呼んでくれへんし。超高性能やけども、キミが誰のことを想うてそないなことしとるのか、そこまで判断できへんもん」
「お前がいるってわかってて、わざわざ他の奴思いながらここでするかよ!どんな変態趣味だ!」
「よくある趣味やで」
 市丸は平然と返したが、やはり嬉しそうだった。
「でも、嬉しい。キミがもう一度、ボクのこと呼んでくれるなんて。こない可愛えことして、誘うてくれはるなんて」
「や、これは…」
 答えに詰まって、日番谷はカーッと頬を上気させた。
 さすがにちょっと、やり過ぎだったかもしれない。
 なんだかんだ言って相手はこたつだから、人間の姿をしていなかったから、頭では理解していても、誰かに見られているという実感は、あまりなかったのかもしれない。
 市丸が今の人間の姿をして目の前にいたら、とてもじゃないが、できそうもない。
「キミがタオル一枚で現れた時は、息が止まるかと思うたよ。タオル落とした瞬間は、あんまり綺麗で、心臓まで止まるか思うた。そのキミが、ボクの中で、…ああ、もう、最高やった。ボクにようく見えるように、大きくあんよ開いてくれたね?ボクはちゃんと、隅々まで見てたで?そしてボクが教えたとおりに、その可愛えお手々で、…」
「わーわーわーわー!ウルセエ、黙れ!」
「ほんまに、キミが、好きや」
 突然あんまり真剣に言われて、日番谷も思わず言葉を止めた。
「好きで好きで、たまらへん。キミだけや。一生キミのことだけ、温めて生きたい」
 こたつなりのすごい告白の言葉なのだろうが、人間と微妙にずれていて、日番谷は笑ってしまいそうになった。
「…コンセント抜いて、悪かったよ…」
「気にしてへんよ。ボクこそ驚かしてもうて、ゴメンな?もっとゆっくり教えてあげたら良かったんやけど、キミがあんまり可愛くて、ボクも余裕のうなってもうて」
「…俺、その、あんまりそういうこと、知らねえから。お前がどうしてそういうこと詳しいのか、理解できねえし」
「ボクは電化製品で、中でも超高性能やもん。その気になれば、他の奴が持っとる情報、なんでも手に入れられるんよ?」
 なんだかよくわからない電化製品事情だが、コンセントを抜いたあの夜、こたつ以外の電化製品も一斉にダウンしてしまったのも、やはり市丸が何かしたのだろうと確信を深めた。