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Judie−4

「恋?」
「はい、その、…恋とは、突然に訪れるものらしいです…」
 何故かこちらも真っ赤になって俯いてしまった白峯を見ながら、日番谷はとっさにまた、市丸を思い出してしまった。
「…いやいやいやいや、恋って!有り得ねえー!」
「あ、有り得なくないです、日番谷隊長はまだそういうご経験はないのかもしれませんが、恋をしたら身体が熱くなって、胸がときめいて、…」
「あっ、日番谷隊長、発見!」
 ウインドウ越しに声が聞こえ、顔を上げると、渡月が嬉しそうに中を覗いていた。
「可愛いもの飲んでるんスねー!とても似合いますよ!グラビアみたいッス!」
 店内に響き渡るほど大きな地声で言いながら店に入ってくる渡月に、白峯が顔色を変えて立ち上がった。
「渡月、ちょっとテメエ来い!」
 さっきまでとは別人のような低い迫力のある声で、自分よりも大きな渡月の胸倉を掴んで店の外に引きずっていくと、
「テメエ、空気読め!気ィ利かせろボケ!」
 かすかに聞こえてくる声と不穏な音に、驚いて日番谷も立ち上がり、店の外に出た。
「あっ、スイマセン。あいつ、急に用事思い出したみたいで、先に帰るそうですんで、席戻りましょ?」
 どう見てもブン殴って追い返したとしか思えなくて、日番谷はあんぐりと口を開けてしまった。
「いや、何だか知らんが、そんな雰囲気でもないだろう。向こうもキリがついたなら、そろそろこっちも帰るぞ」
 義骸の話も、なんだかくだらない話に終わったようで、すでに日番谷はあまり気にしていなかった。
「…そうですか…」
 あからさまにがっかりした顔で、白峯が肩を落とした。
「おい、勘定頼む!」
 それを無視して店の者を呼び止めて日番谷が言うと、店員は驚いた顔をして白峯に、「しっかりしたお子さんですね」と笑いかけた。
 あまりに外見が違うので、血が繋がっているとは思っていないようだったが、明らかに白峯を日番谷の保護者だと見ている言葉に、日番谷は思わずムッとしたが、黙ったまま自分の財布から金を出した。


 何日かの現世滞在中に日番谷が特に思い知ったのは、現世では思った以上に、子供の身体である日番谷の行動は制約されるということだった。
 ひとりで道を歩いているとしょっちゅう声をかけられ、保護者はどこかと聞かれる。
 ひとりで店に入るだけで変な目で見られるし、自分を見ながら大人達が遠巻きに何かを言っているようなことも、しょっちゅうだった。
(…疲れる)
 つまりは、自分の行動が子供らしくないのだとわかり、日番谷は喫茶店に入るのはやめて、自動販売機で飲み物を買うと、公園で休憩することにした。
 日が暮れかかっている。
 そろそろ時間的にも、ひとりでいると面倒な時間だ。
 松本や他の隊士達と一緒にいればいいのだが、それはそれで、大人達が子供に頭を下げ、子供が大人に命令をしている光景というのは異様らしく、周囲に変な気を使ってしまう。
 常々思っていることだが、早く大人になりたいと、改めて強く思った。
 日番谷は周りに誰もいないのを確かめてから、ポケットに手を入れて、可愛らしいストラップを取り出した。
 それは先回市丸がしばらく任務で瀞霊廷を空ける時、「これをボクやと思うて大切に持っててな?」と言って渡してきた物だった。
 それはきれいな袋に入れられていて、「ひとりで淋しくなったら開けるんよ、誰にも見せたらあかんで?」と言って渡されたので、市丸が発ってから、部屋でこっそり開けた。
 市丸はしょっちゅうろくでもない贈り物をしてきていたが、それもそんなろくでもないものの一つだと、開けて即座に日番谷は思った。
 とてもとても可愛らしい、ブドウを模したストラップ、…の、ようなもの。
 きれいな紫色をしたブドウの実が7つくらい繋がっていて、てっぺんに緑の葉がついているそれは、日番谷の手首にくるりと回って少し余るくらいの長さがあったから、もしかしたらブレスレットなのかもしれないが、葉の上に小さな輪がついているから、たぶんキーホルダーかストラップの類なのだろうと日番谷は思った。
 ブドウの実はとても柔らかくて子供のおもちゃみたいで、カラフルなその色も女の子が喜びそうな可愛らしさで、どう見てもそれは、子供向けか女の子向けのものだ。
 市丸はしょっちゅう、そんな贈り物をしてくるのだ。
 ふわふわのスカートとか、ウサギの耳とか、クマの形の名札とか、すけすけの夜着とか。
 多少冗談も入っているのだろうが、日番谷を一人前の男と思っていない、ろくでもないものばかりだ。
 このストラップだって、まだまともと言えばまともかもしれないが、こんなものをつけているのを見られたら、「あら、可愛いものつけてるのね〜、やっぱり日番谷隊長は、お子様だから、そういうのが好きなのね〜」などとみんなに思われてしまうに決まっている。
 ムカついて即刻捨ててやろうと思ったが、他の全てはもらったその場で目の前で燃やしてやったが、今回は目の前に市丸がいなかったので、その場で投げ捨てたまま、タイミングを失った。
 それに、こっそり持ち歩けるサイズだったから、しばらく会えないこんな時に、隠し持ってくるのに丁度よかった。
 もちろんあの大バカ野郎には、捨てたと言ってある。
 市丸は任務から帰ってくるなり、
「冬獅郎、ボクのプレゼント、開けてみた?気に入ってくれた?使ってみた?」
と聞いてきたので、
「捨てた」
とあっさり言ってやると、
「えー、なんでなんーー!あない可愛えの、なかなかないんよー!」
「アホか、くだらねえもの寄越しやがって、喜ぶわけねえだろが、ボケ!ちょっとは考えろ!」
 怒りのまま日番谷が怒鳴りつけると、
「せやけど、ボクがおらへん間、ひとりやと淋しいやろう思うて…」
「……」
 しゅんとして言ったその言葉には、少しばかり胸が熱くなってしまった。
 あんな子供みたいなデザインのものを贈ってくることには腹が立つが、しばらく会えない間日番谷が淋しくないように、と考えてくれたこと自体は、嬉しくないこともない。
 どれだけ淋しがられてもあっさり任務に行ってしまう自分とは、大違いだ。
 もしかして子供扱いされているからこんな風に優しくされるのだとしたら、一人前の男として認められたら、市丸も自分のように、特にしばしの別れを淋しがることもなく、あっさりとクールに任務に赴いてゆくようになるのだろうか。
 そう思うと複雑な気持ちになり、市丸の気持ちも、自分の気持ちも、わからなくなる。
「…バカじゃねえの、お前。あんなもん寄越すより、お前が早く帰ってくりゃ、それでいいんじゃねえの…?」
 それでつい、そんな風に言ってしまった。
 自分も市丸に対して思いやりがないわけではなく、常にそういう形で二人の関係を大切にしてきたつもりだったからだ。
 日番谷の言葉を聞くと、市丸はびっくりするほど喜んだ。
「そうやね、そうやね、そういう風に、思うてくれとったんや!ボクもそう思う!あれ喜んでくれへんかったんは、ちょうっと残念やったけども、今のはちょっと、殺し文句やvv冬獅郎は、あんなんよりも、ボクの方がええもんなvv今までも頑張って早う帰って来とったけども、もっと頑張ってもっと早う帰ってくるな?!」
「う、うん…?」
 あまりの喜びぶりに圧倒されて、その後そのまま勢いで、行為になだれ込んでしまった。
 日番谷がちょっと素直に気持ちを言葉にしたので、それがよほど嬉しかったのかもしれないと思うと、自分の普段の態度も、もう少し反省した方がいいのかもしれない。
 市丸が頑張って少しでも早く帰ってきてくれたら、実際とても嬉しいとも思った。
(…でも、やっぱりコレはムカつくぞ?)
 可愛いブドウを目の前に下げてみつめながら、日番谷はタメ息をついた。
 こんな可愛らしいものよりも、もっと男らしいものが似合うと思われるようになりたい。
 市丸にも、皆にも。
 こんなブドウやら、これまで贈られたロクでもないものが似合うと思われているうちは、市丸との男としての差は、いっこうに縮まらないように日番谷には思えた。
 可愛いという言葉は、日番谷の中では、イコール子供という意味だった。
 可愛いと言われる度にどれほど日番谷のプライドが傷つくのか、市丸は全くわかっていないのだ。
 それでもその言葉をあんまり甘く優しく愛情を込めて繰り返し繰り返し言うものだから、だんだんとその屈辱すら甘い恋の魔法のように、しっとりと掠れて見えなくなりそうで、それも日番谷は怖かった。
 早く大人になりたいのに。
 市丸が発する、何にも代え難く愛おしいとでもいうような、蕩けるような可愛いという言葉は、やっぱり日番谷の成長を止めてしまおうとしているみたいだった。
 せめて「好き」とか「愛しい」とか「大切だ」とか、もっと違う言葉を使えばいいのに。
 日番谷が望む男らしい男になったら、市丸は日番谷への興味を失くし、日番谷の元を去っていくのだろうか…?
 隊長になった日番谷に、初めて堂々と面と向かって「可愛い」と言って近付いてきたのも、市丸だったような気がする。
 それは、最初に会った時から、そうだった。
 まだ本当に隊長になりたての頃、一番隊に行く途中で十一番隊の更木に会い、二人で総隊長のところに行ったことがあった。
 その帰りに市丸と吉良に会ったのが、たぶん隊首会の就任挨拶以外で、彼とのファーストコンタクトだった。