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Judie−3

 日番谷がようやく義骸を手に入れて急ぎ現世へ向かうと、松本は任務で来ているとはとても思えない、緊張感のないライトなテンションで、
「隊長〜!遅いですよ、もう〜!隊長のために、何着服用意して待ってたと思ってんですか!さ、早く着替えて下さい!」
「…お前、現世に降りてから、何やってたんだ?」
「土台作りです」
 キパッと真面目な顔をして答える松本に、やっぱり早急に現世に来て良かったと、つくづく日番谷は思った。
「ほらこの可愛い制服とか、半ズボンとか、絶対似合うし可愛いですから〜!」
「可愛い必要性と意味がわからんのだが」
「人間は、可愛いものに弱いんです。可愛い方が、人間は心を開いてくれて、情報も収集しやすくなるんです」
 真面目な顔で、本当半分遊び半分に違いないと思われることを言われ、日番谷の眉間にぎゅっとシワが寄った。
 今回の任務は、人間達の中から特別な力を持った少女を見つけ出して保護し、寄ってきた虚を倒すことだった。
 その少女はただの人間であるにも関わらず、虚と共鳴し、引き寄せ、その力を増幅する力があるらしい。
 力の出所も、正確な能力も不明だが、その能力が発動される条件が揃わない時は完全に人間の中に埋もれてしまい、発動されると下位の死神では手に負えないほどになると聞いた。
 普段は普通の人間であるため、その少女を見つけ出すには義骸に入って直接人間達と接触を持つことが必要で、相手が少女であるために、子供や女性の方が近づきやすいだろうということで、十番隊に任務が下った。
 子供だからということで選ばれたことは少々不満だが、義骸に入って現世にしばらく滞在するということそのものは、新鮮で興味深く、楽しいとも言える任務だった。
「はい、今日はこの服着ましょ?」
「…ったく、遊びに来てるんじゃねえっつーの」
 だが、現世の服のセンスも調達方法もよくわからない日番谷は、どう見てもこれは女の服だろうというほどひどいものでない限り、松本の出してくる服を、そのまま着ていた。
「…なんかお前の選んだ服着て歩くと、注目浴びるみたいなんだが…」
「服のせいじゃありません。隊長が可愛いからです。可愛い子は注目されるんです。尸魂界じゃ、隊長に遠慮して皆露骨に見ませんけども、ここ、現世ですから」
 市丸と同じようなことを言われて、日番谷はチッと舌打ちをした。
「俺じゃなくて、お前が注目されてんじゃねえの?一緒に歩くの、やめようぜ。目立ちすぎだ。二班に分かれよう。おい、白峯、俺と来い。化野と渡月は、松本と行け」
「は、はい…」
 松本と行けと言われた二人は瞳を輝かせ、俺と来いと言われたひとりは、緊張して背筋を伸ばした。
 その様子を冷静に見ながら松本は、長い髪の先をくるくると指でもてあそびながら、
「そりゃ、アタシも目立ちますけどぉー。隊長、迷子にならないで下さいね?現世で子供が一人で歩いていると、何かと面倒ですから。すぐに誰かが寄ってきて、一人なの、とか、お母さんはどこ、とか聞かれちゃいますよ?」
「お母さんは若作りしてフラフラどっか遊びに行ったとでも言っとくぜ」
「誰のことかしら、それ。たいちょ、可哀相〜。誰も迎えに来てくれる人がいなくて、きっとずうっと交番で保護されたまんまだわ〜」
 二人の額にピシピシと青筋が立ったが、
「ま、とにかく、お前はこの地域の小学生が通う小学校を順に当たっていけ。俺は小学生が行きそうな公園などを見て回る」
「はぁ〜い♪」
 松本は元気に返事をして、二人の隊士を連れ、嬉しそうに去って行った。
 なんだかんだ言って、隊長と別行動イコール自由時間だと思っているに違いない。
 はあ、とタメ息をついてから、日番谷は後ろでじっと指示を待っている白峯を振り返った。
「おい、行くぞ。お前らも少しはこの辺の地理とか、頭に入れてあるだろうな?」
「はい、もちろんです!」
 白峯の案内で、主な公園や空き地、子供が好んで遊びそうな場所を見て回った。
 まだ小学生は学校にいる時間だからか、それくらいの年の子供はほとんどいなくて、行く先行く先で、日番谷は皆に振り返られた。
「…おい、俺くらいの年の奴がこのくらいの時間にこんなとこ歩いていると、マズいか?」
「いえ、そういうことよりも、…日番谷隊長は、目立ちます。この国の子供は、ほとんど黒髪に黒い目ですから」
「そうか」
 言われてみれば、確かにそうだ。
 自分が注目される理由に納得して、日番谷は頷いた。
 もともと注目されることそのものには、慣れていた。
 いまでこそ面と向かってジロジロ見られることはなくなったが、この小さな身体で大人達の中へ入っていく度に、いつも一斉に注目を浴び、こんな子供が隊長なのかと、遠くからは相変らず、好奇の目や品定めでもするような目で見られていたからだ。
 だいたい見終わると、あとはそこらを廻って帰ろうということになり、二人で街を歩いていると、向こうから歩きタバコの男がやってきた。
 歩道の幅も狭く、日番谷が少し避けながら擦れ違おうとしたとたん、
「お前、危ないだろう!!!!」
「わっ!」
 びんと響く大声とともに、突然後ろから大きな手が伸びてきて、日番谷を庇うように、白峯が男と日番谷の間に割り込んだ。
 自分の胸のあたりを滑るように触れてきたその手の感触に、心臓が飛び上がるほどに跳ね、瞬時に皮膚がカッと熱く火照って、日番谷は狼狽した。
「タバコの火がこの人の大事な身体に火傷でもさせたらどうするつもりなんだ!気を付けろ!」
「え、あ、すいません…」
 白峯の剣幕に、男は日番谷を見て、少しハッとした顔をしてから、慌ててタバコの火を消し、逃げるように去っていった。
「ふう、危なかった…隊長、大丈夫でした?お怪我はありませんか?」
 振り返った白峯と、まだ動揺が残って心臓が踊っている状態で、目が合ってしまった。
「あっ」
 何が「あっ」なのか、白峯もとたんに動揺して、ぱっと頬を染めた。
 そしてその「あっ」の口のまま、バカみたいに突っ立っている。
「『あっ』じゃねえ。お前、大袈裟だぞ。目立つ行動はやめろ」
 何やら妙な雰囲気になって、日番谷は慌てて立て直すと、必要以上にキツい口調で言ってしまった。
「す、すいません、俺、出過ぎた真似を…!」
 白峯は言われて慌てて口を閉じ、姿勢を正したが、真っ赤になった顔は元に戻らない。
「あの、スイマセン、隊長が、あまりにギリギリで避けられるもので、大丈夫かと思って」
「ギリギリってほどでもねえよ」
「そうですね…」
 しゅんとしてしまった白峯に、日番谷はどうしたもんかと思い、仕方なく、「まあ、ありがとよ」と礼を言ってみた。
「あっ、ハイ!」
 とたんに白峯は嬉しそうに目を輝かせる。
(…なんだかな…)
 見た目はごく地味で、中肉中背、年齢は松本よりも少し若いくらいか。
 現世の格好をしていると、真面目な大学生に見える。
 普段は冷静でもっと堂々としていて、情報分析能力に長けていたから連れて来たのだが、隊長と二人になって、テンパッているのかもしれない。
(…まだ若いしな…)
 さも自分よりも若いかのようなことを考えながら、白峯の前を再び歩き始めると、背中に浴びる視線が急に気になってきた。
 全身が妙に熱っぽく、敏感になっているように感じる。
 それにどうも現世に来てから、義骸の上に一枚薄皮が張られているような、しっくりこない感覚がある。
 義骸の皮膚が、現世の空気になじんでいないような…?
(…なんだこれ?義骸とうまく合ってねえのか?)
 初めて入る義骸はとにかく窮屈で、力を抑えられているようで、動きを制限されているようで、不自由で仕方がなかった。
 もちろん実際に力は抑えられているし、身体能力も人間のそれとさほどの違いもなく、自由に飛んだり霊力をコントロールして何かをすることに慣れていると、慣れるのに少し時間がかかるとも言われた。
 巨大な霊圧が長時間現世に放出される状態になるのは良くないことだし、人間の目に見える身体で人間にできないことをして、人間の世界を騒がせることがないようにそう作られているのだそうだ。
 何かがあったら即義骸から出ないと、あまり役にも立たない状態だということだ。
(…それだけじゃない気もするが…)
 出かける前、自分の義骸が誰かにイタズラをされていたと市丸が言っていたのを、ふと思い出した。
 渡される時それを問い詰めたが、全くのデマだと断言され、松本の義骸でさえ無事だったと、暗にお前の身体など誰が、というようなニュアンスで返されて、日番谷は顔から火が出る思いがした。
 動きについてもテストをしたが、その時は申し分なかった。
 だからやっぱり市丸のあれは何か意図があっての彼の嘘だったのだと理解して、それ以降あまり考えることはなかった。
 だが少し心配になってきて、他の義骸はどうなのかと、チラッと白峯を振り返った。
 振り返るとすぐに、バシッと目が合った。
「な、なんでしょう…?」
 狼狽したように言う白峯の身体をじっと見て、
「…お前、義骸に入るの、初めてか?」
「はい、初めてです」
「使ってみた感じはどうだ」
「ちょっと窮屈な感じはしますが、人間だったらこんな感じなのかなあと、勉強になります」
「人間の身体は、…」
 二人でそんな話をしていたら、通りすがりの中年の女性が、不審そうな目でジロジロと見ていった。
「…場所変えるか…」
「あ、それでしたら日番谷隊長、…もしよければ、そこの喫茶店に入りませんか?」
「喫茶店?」
「あ、その、何か飲み物でも…」
「ああ」
 現世でそういう店に入るのは、初めてだ。
 日番谷は頷いて、白峯の後についておしゃれな店に入った。
「あの、紅茶がお勧めです。アイスミルクティーとか。俺は、それにします」
 日番谷が現世の飲み物についてよくわかっていないことを察したのか、気を使うように白峯が言うので、日番谷はそれを汲んで、じゃあ、俺もそれで、と答えた。
 注文を終えると日番谷は、現世の喫茶店の雰囲気を存分に堪能してから、
「ところで、義骸のことなんだが」
「はい」
「…なんか、俺のこれ、さっきからちょっと熱っぽいような気がするんだが…。それに、なんか、肌の感覚もおかしいというか…。こんなもんか?」
 ためらいがちに言うと、白峯は驚いたような顔をしてから、何故か少し頬を染めた。
「ね…熱っぽいんですか?お風邪でも召されたのでしょうか。気分が悪いとか、喉が痛いとかは、ありますか?」
「それは、別に」
「そ、それでは、もしかして、脈拍が速いとかは、…」
「ああ、それは、少し。今は落ち着いたが」
 答えると、白峯はゴクリと唾を飲んで、
「…日番谷隊長、…あの、も、もし許されるのならば、お、お手に…」
「お待たせ致しました、アイスミルクティーでございます」
 言いかけたところで注文の品がきて、白峯はがくりと椅子に沈み込んだ。
「手が何だって?」
 テーブルに届いた珍しいものに目が釘付けになりながらも、日番谷が促すように言うと、白峯は少し復活して身体を起こし、じっと日番谷を見てから、
「いえ、あの、せっかくですから、どうぞ温くならないうちに、飲んで下さい」
「そうか?」
 言われて日番谷はグラスを引き寄せ、白峯の真似をしてストローを口にくわえて吸い上げた。
「おっ…」
 味わったこともないような不思議な味が口に広がって、日番谷は思わず大きく目を開いた。
(こっ…これは…!なんてうまい飲み物なんだ!)
 まろやかな甘みと、独特の風味。その魅惑の味に舌が蕩けるようだ。
 あまりにおいしくて、日番谷は一度ストローから口を離すと、グラスを満たす液体を、じっと見た。
「アイスミルクティーか」
 思わず言うと、白峯が嬉しそうに、はい、と言った。
「うまいな」
「はい。気に入っていただけて、嬉しいです」
 本当に嬉しそうににこにこしている目の前のこの男は、顔も態度も言葉も違うのに、…何故か市丸を思い出させるものがある、と日番谷は思った。
 何か新しい、珍しいものをどこからか持って来ては、日番谷を感心させ、その反応を見て喜んでいたあの男を。
「冬獅郎と、現世でデートしたいなあ」と、何度もよく言っていた。
「珍しいもんとかおいしいもん、いっぱいあるんよ?きれいな景色も、冬獅郎とふたりで見たら、そらもうきれいやろうなあ」
 そんなことを言われてうっかり、日番谷も市丸との現世でデートとやらを、想像してしまったりしていた。
 とはいえ日番谷は現世のことをあまりよく知らないので、具体的な映像を浮かべていたわけではない。
 ただ何か新鮮で興味深く、楽しい刺激に満ちた世界で、市丸と二人で一日を過ごすという、漠然としたイメージだけだったが、とても心惹かれる夢のようなものに思えていた。
(…チッ…ヤな奴思い出しちまった…)
 日番谷はつい、まっすぐ目的地に向かって目的のみを済ませてまっすぐ帰ってしまうようなところがあるので、市丸みたいについでにあちこちを覗いて、色んな情報を仕入れておくことも、考えてみようと思った。
(あいつは、知ってるのかな。この、…アイスミルクティーとやら。いつか機会があったら、飲ませてやってもいいかな)
 いつも何か教えられてばかりだから、何か教えてやれるようなことがあったら、嬉しい。
 だがもちろん市丸は、白峯が知っているくらいのことを知らないわけはないだろう。
(…なんかこう、もっと珍しいもんとかでねえと)
 そんなことを考えながらグラスをじっとみつめていたら、
「日番谷隊長、あの、…さっきの、義骸が熱くなる件ですが」
「あ?あ、ああ」
 しまった、うまい飲み物に気を取られてすっかり忘れてた、と、日番谷はほんのり頬を染めた。
「あの、俺が思うに、それは義骸のせいではなく、風邪とかでもなく、…だ、誰かにときめいていたのでは…?」
「は?」
「こっ、…恋した時とか、そんなふうになりません?」
 思いもかけないことを言われ、日番谷はぽかんとしてしまった。