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Judie−2

「…!」
「キミな、あかんて。簡単すぎるで?」
「お、お前…!また騙したな!!」
「キミは情に訴えられると、ほんまに弱いよね。ボクに対してだけやったらええけども、キミ、もっと冷静に考えや。キミにキスするためなら手段選ばへん男心も、理解しといた方がええで?」
「何考えてンだ、お前…信じらんねえ!」
「そう思うてる男はボク一人やないいう話なんやけど」
「なんだそれ!自分の変態棚に上げて…」
「キミの義骸な、ボク以上の変態さんに盗まれとったらしいで?」
「はぁっ?!」
「キミの義骸。盗まれて、イタズラされとったらしいねん。せやからキミのだけ、来なかったんよ?」
「な、な、な、……」
 予想もつかない話の展開についていけずに、日番谷は思わず金魚みたいに口をパクパクさせてしまった。
「なんだそれ!冗談も休み休み言え!松本の義骸ならともかく、どうして俺の義骸が盗まれるんだ!」
「ほんまやで。乱菊の義骸は無事やったのに、怖い世の中や〜。せやから、キミもそのへん、よう自覚せなあかんよ?実際にはキスだけで済まされへんで?」
 市丸のこういう言葉はどこまでが本当でどこまでが作り話なのか、いつも全くわからない。
 日番谷は用心深く市丸を窺い見たが、彼の表情は、やっぱりさっぱり読めなかった。
「俺がその辺の奴にどうにかされるとでも言いたいのか!そんなくだらねえ理由で、お前は俺の任務を、」
「せやけどキミ、義骸入るの初めてなんやろう?」
「だからなんだ!誰でも最初は、初めてだ!」
 経験の浅さをバカにされたみたいに思い、日番谷が怒りに任せて勢いよく言うと、市丸は一度黙って間を空けてから、
「ボクは嫌や。キミが、どこぞの誰かにイタズラされた義骸になん入るの」
 本気で言っているみたいな、低く、強い言い方だった。
 またしても思いもしなかったことを言われて、日番谷は驚いて市丸をまじまじと見た。
「そ、そんなもの、作り直しに決まってるだろう!」
「するかいな。義骸一体作るのに、いくらかかると思うとるの。そうやなくても、いつも予算と戦っとる隊やで。公にできへん自分らの隊の失敗で、もう一体作る予算、どこから捻出してくんねん。任務に不都合ないんやったら、もったいない思うて、その義骸出してきよるに決まっとるやん。そうやなくてもどうせわからへんやろうし、作り直しなん、面倒くさいし。ちょちょいと検査や手直しくらいするやろうけど、あとはせいぜい、消毒して終わりや。キミが催促なんしたら、その検査も怪しくなるで」
「バカな、あいつらも一流なんだから、ちゃんとするだろう!」
「あいつら一流なん、技術だけや。使うモンのメンタル面やモラルなん、無頓着もええとこやで?」
 それは確かに、そうだろう。
 つくづくもっともなことを言われて言葉に詰まるが、「でも…、そんなこと言ってたら、任務にならねえじゃねえか」
「せやから、やめときや、今回の任務。使い終わったら毎回処分する決まりや。わざわざそないな義骸に入ることあれへんよ。乱菊に任せといても十分やろ」
 その話が本当だったら、確かにそんな義骸に入りたいとは日番谷だって思わないが、そんな理由で任務を放棄することだって、隊長として有り得ない。
 何より義骸に入って現世で任務をこなす、なかなかない機会なのだ。
「その情報が本当なのか、渡された義骸がその義骸なのか、確認する」
「その変質者、十二番隊の隊員や。そない不名誉で信用にかかわるようなこと、言うわけないやろ」
「お前はどこからそんな情報仕入れてきたんだよ」
「キミに関することなら、どこからでも仕入れるんよ」
「説明になってねえよ」
 日番谷はタメ息をついたが、どちらにしろ答えは変わらない。
 メンタル面は頓着しないにしても、技術面では完璧なはずの技術開発局だから、性能については問題ないはずだ。
 与えられた任務はどんなことがあっても遂行するしかないし、市丸の情報だって怪しいものだ。
 何より本人が言っているのだ。「日番谷とキスするためなら手段を選ばない」と。
 他の男はどうだか知らないが、市丸が本当にそうすることは、確かに間違いない。この話だって、でまかせかもしれないのだ。
 日番谷の出立を、一日でも遅らせるために。その間に、少しでもいい思いをするために。自分の思い通りにするために。
「お前もわかってねえみたいだから教えておいてやるけど。そんなことを教えてくれても、気分が悪いだけで、俺の任務は変わらねえし、放棄することも有り得ねえ」
「そう言うやろうとは思うとったけども」
 表情も変えずに言うところを見ると、本当に本当のことを言っているのかもしれないと、チラリと思った。
「キミはボクとこういう関係になっても、大人の男の欲望いうもん、ようわかってへんみたいやから、ボクはそれが心配やねん。キミは白すぎて、それはええことなんやろうけども、根本的に、黒いもん理解できへんねや。自分がウソついたことない子ぉは、他人がウソつくこと、思いつきもせんやろう?せやから、何でも信じてまう。同じや」
「…しつこいな。俺が誰かに何かされるとでも、思ってるのか?義骸はただの人形だ。それに何かされんのと俺自身が何かされんのと、一緒にすんな」
「ここにいるうちは、誰もキミに手出しなんできへんやろうけども、されんかったかもしれへんけども、義骸に入って現世に行ったら、キミはただの小さな子供やてみんな思うんよ?ええ人ばかりやあれへんし、キミはイタズラしたなるほど可愛えて、自覚しとかなあかんよ?」
「親切なご忠告ありがとうよ!テメエのおかげで、この世に変態がいることも、卑劣な嘘つく奴がいるってことも、よ〜く勉強させてもらったぜ!」
「ボクなん可愛えもんやで。可愛えキミのご機嫌窺いに必死な、可愛え可愛え羊ちゃんや」
「誰がだ!」
 バカにしやがって、と日番谷は思った。
 自分に向けられた悪意の対処をすることも、それが悪意だと気付くことさえ、一人ではできないと思っているのだ。
(しかもなんで俺が、そんな変態にそうそう狙われねえといけねえんだ!誰もがテメエと同じだと思ってンじゃねえぞ!)
 頭にきて、日番谷は今度は狙って、さっきと寸分たがわず同じ場所を、力一杯蹴りつけた。
「あ痛、痛いで、冬獅郎!」
「就業時間中に冬獅郎とか言うな!もうお前、帰れ、帰れ!」
「え、まだええやろ?!」
「何が『え』だ!本気で驚いたみたいな顔してんじゃねえ、マジで帰れ!」
「いや、だってまだ時間あるやん。会うていられるやん」
「そんな気分じゃねえんだよ!」
「一分一秒でも長く好きな子と会うてたい男心、わかれへんのかなあ」
「テメエの男心とやらばかりじゃなくて、立場や状況や相手の気持ちも考えろ」
 勢いで言うと、少し市丸は拗ねたような顔をしてから、
「…わかった。ほんまのこと言う。ほんまはな、新しい義骸、明日の朝にはできるんやて」
「えっ?」
「キミ、今から催促に行こう思うて急いどるんやろう?それやめて、明日の朝まで待ったら、新しい義骸ができるんやで?」
「…なんで?」
「急がば回れて言うし。待った方がお得やと思わへん?その間、ボクともゆっくりしとれることやし」
 そこで、ピンときた。
 十二番隊が新しい義骸を作らないのが予算の問題なら、金を出してやれば、作り直すということだ。
 つまり、市丸は日番谷のために新しい義骸を作るための予算を出してやり、そしてそれができるまでの時間日番谷を引きとめ、そしてついでにおいしい思いもしようというのが、今回の来訪の真の目的なのだ。
 新しい義骸に関してはそちらに入りたいのは山々だが、市丸にそこまでされたくない。
 自分のことは自分でしたいし、できるというところを見せたい。
 それなのにいつも市丸は、裏でこっそり手を回すようなことを、平気でするのだ。
「大きなお世話だ。お前の助けなんか借りるかよ!俺は、一分一秒でも早く、現世に行くぞ!」
 素早く日番谷が察して市丸の申し出を断ったことに、市丸はちょっと驚いたようにしてから、ほんの小さく、タメ息をついた。
「助けやないよ。これは、ボクが、」
「なら尚更、余計なお世話だ。残念だったな、無駄金使っちまってよ」
「金なん使うてへんよ。十二番隊の子ぉが、善意でやってくれる言うたんや」
「圧力かけたのか」
「人聞き悪いこと言わんで。…ええやん、もう。今が明日の出立になったって、変われへんし、待ちぃや」
 変わらないかもしれない、確かに状況は。
 だがこれは、そういう問題じゃない。
 いくら恋人同士だからといって、日番谷の仕事にまで、ここまで勝手にされたくなかった。
「義骸はきちんと説明させて、この目で状態を確かめてから、使う。お前は口を出すな」
「キミのプライド、守るもん間違うてると思うで」
「何を守ろうと、俺の自由だろ!」
 日番谷が言うと、市丸は今度は大きくタメ息をついた。
 まるで、こうなることなど最初から予想していたみたいに。
 最初から、日番谷の現世行きを引き止めたり、明日の朝まで新しい義骸ができるのを待たせたりできるなどとは期待していなかったみたいに。
「ボク以外の男にも、その勢いで、頼むで」
 ここまで言っても怒らないところが市丸のすごいところだと、瞬間日番谷は、ちょっとだけ思った。
 すごいけれども、それは彼の余裕のようで、そういうところは尊敬しつつも、同時に腹も立った。
「とにかく!お前、二度と、こんなことしたら許さねえからな!」
 どうせろくな返事はしないとわかっていたから、言い捨ててすぐに、走って逃げた。
 市丸の姿が見えないところまで来ると、日番谷は立ち止まり、壁に背もたれて、息をついた。
 市丸がちょっとかすめていっただけの唇が、こんな時でもやたらと熱い。
 そこにそっと指先で触れながら、日番谷はゆるく息を吐き、チクショウ、と小さくつぶやいた。