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ハレルヤ−7

「…スタッフの目印だったのか、あの帽子」
 ステージ上の虎徹は、帽子だけでなく、上から下までサンタルックだ。
 隣の小椿は、…あれは、となかいの着ぐるみなのだろうか。すごい有様だ。
「ボクらももろうてこよう、日番谷はん。なんやええもん当たるかもしれへんよ」
 市丸とふたりでカードをもらいに行き、ビンゴゲームなるものが始まった。
 日番谷は初めてで、楽しくないこともなかったが、何しろ番号が当たらない。
 隣で市丸が次々当ててゆくので、よけいに面白くなかった。
 数名のリーチが出始めた頃、とうとう市丸も「リーチや!」と言った。
「げ〜、サイテ〜」
 ムッとして言うと、持っていたカードを、さっと替えられた。
「ほら行ってき!ええもんもろうてくるんよ」
「えっ、だって、このカード、お前の…」
「ボクは東の班やもん。あんま堂々と表に出られへんからええんや」
 そんなはずはない。
 どちらがどちらにいても、問題はないはずだったが、
「それにキミが舞台に上がると、盛り上がるよ」
 背中を押されてするすると舞台の方へ連れていかれ、ほら、と押し出された。
「あっ、日番谷隊長!リーチかい?!」
 穴の一杯開いたカードを持った日番谷が前に出てきたのをみつけると、浮竹が目を輝かせてカードを確認し、舞台に上げた。
「おおっと、日番谷隊長がリーチです〜〜〜!!」
 虎徹が高い声で言ったとたん、本当に会場中が盛り上がった。
 きゃーとか、わーとか、日番谷隊長〜!などという大歓声の中、どさくさ紛れにサンタ帽を後ろからかぶせられ、更に歓声が上がる。
「お、お前らな〜!」
「リーチかかった人は、かぶる決まりなんです〜」
 悪びれもせずに言うが、どう見ても、先に舞台に上がった者達も、今かぶせられている。
 舞台の下で、たくさんのフラッシュがたかれていた。
「隊長〜ぅ!」
 舞台の下から聞き慣れた声が聞こえたと思ったら、松本と檜佐木と伊勢が、他の数人の隊員達と、日番谷に向かって手を振っていた。
「…チッ」
 こうなったら、早くビンゴになって舞台を下ろさせてもらうしかない。
 リーチがかかったままビンゴまでいかずに終わることもあるのだが、市丸のもらってきたカードはなかなかよくて、先に舞台に上がった者を抜いて、日番谷は三番目にビンゴになった。
「おめでとうございます、三番目のビンゴは、日番谷隊長で〜す!!!」
 またも、わっと歓声が上がった。
「ではどうぞ、お好きなクリスマスプレゼントをお持ち帰り下さいv」
 舞台の隅にサンタの絵が描いてあり、その前のテーブルに並んでいる景品を指差して、虎徹が言った。
 日番谷はその前まで歩いていって景品を見ながら、
(…市丸のカードだから、あいつの欲しそうなもんもらうか…。…あいつの欲しそうなもん??)
 そこで悩んでしまったら、
「日番谷隊長、『美少年』、『美少年』もらってきてください!」
 舞台の下から、松本の声が聞こえた。
 見ると、景品の中に、『美少年』とラベルの貼られた、上等そうな酒の瓶があった。
(…どこまで図々しい奴だ!?)
 自分が当たったわけではないのに、ちゃっかり景品だけいただいてしまうつもりらしい。
 市丸のカードで舞台に上がっている、自分も同じようなものかもしれないが。
 結局そんなに迷っている時間もなく、市丸の欲しいものもわからなかったから、松本の要望通り、『美少年』の瓶を取った。
 瓶を持ってくるりと振り返ると、
「なんと日番谷隊長が選んだ景品は、『美少年』です〜!『美少年』を持った美少年!はい、皆さん、シャッターチャンスです〜!!」
 すかさず虎徹が言ったので、会場がまたもや盛り上がり、眩しいほどのフラッシュを浴びせられるハメになった。
(…クソ〜〜っ、なんでこんな目に〜〜っ)
 逃げるように舞台を下りると、待っていた松本達に、もみくちゃにされた。
「隊長〜〜〜ぅ!ありがとうございます〜〜!絵になってました〜!」
「そんな言葉でごまかされると思ってるのか!」
「ね、『美少年』、おいしいんですよ〜う!一緒に飲みましょう〜!」
「いい、やる!俺はいらん!」
「きゃあ〜っ、ホントですか〜、さすが太っ腹!ありがとうございます、隊長〜!」
 最初からそのつもりのくせに、松本はわざとらしいほど大げさに喜んで、ぱっと瓶を受け取った。
「いいな〜、日番谷隊長。俺達、ビンゴどころか、リーチも遠いですよ」
「いや、これは…」
 檜佐木に言われ、慌てて市丸を探してみるが、人の多い舞台の下で、皆に埋もれる身長の日番谷からは、市丸がどこにいるのか、わからなかった。
「あんたの日頃の行いが悪いからよ。あたしは、あと一個だも〜ん」
 そう言われると、市丸のカードだとは言いにくくなってしまう。
 市丸とふたりで来ていると思われるのも、微妙な気持ちだ。
 松本はもちろん、わかっているのだろうが。
 このまま市丸のところに戻らずに松本達といても構わなかったのだが、日番谷は無意識に、市丸を探してキョロキョロしてしまった。
「…日番谷隊長、あの」
「なんだ?」
 まだ続いているビンゴゲームに皆が夢中になっている間に消えようと思っていたら、伊勢が遠慮がちに、
「…サンタ帽かぶったままですけど、あの、わかっていらっしゃるならいいんですけど、」
「…!!!」
「あーーーっ!七緒!!黙っときなさいよ!もう!」
 真っ赤になって日番谷は、慌てて帽子をとった。
 危なかった。
 もう少しで、このまま市丸のところに行くところだった。
 舞台の袖に走っていって、脱いだ帽子を十三番隊の係の者に渡すと、似合っていらしたから、そのままかぶってらしたらいいのに、と言われた。
「冗談じゃねえ」
 ふんわり柔らかな顔立ちをした女性の隊員に言われ、赤くなって言うと、後ろから、日番谷はん、と声をかけられた。
 こんな人混みの中、どうやって市丸をみつけたらいいのか困っていたため、振り向いて市丸がいるのを見ると、ホッとした。
 それを見て市丸が、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「よかった。もうみつけらんねーかと思った。こんな人混みで。お前、よくみつけたな」
「そら、みつけますよ。日番谷はんやもん。愛する者の居場所は、愛のテレパシーでキャッチするんよ」
「な、なんだそれ」
 いつもの軽口なのに、何故かそんな言葉で動揺してしまった。
「それに、可愛え赤いサンタさんの帽子が目印やったし」
「!!!!」
 やはり、見られていた。
 そりゃあ舞台で見られていたが、降りてからも気付かずにかぶっていたのは、また恥ずかしさが違う。
 カーッと赤くなった日番谷に、市丸がとろけそうに笑って、
「よう似合うて、可愛いかったで。脱いでしまわんと、ずっとかぶっとったら良かったのに」
「かぶるか!…ったく、どいつもこいつも、ここぞとばかりに子供扱いしやがって」
「してへんよ。可愛えもん可愛え言うとるだけや。十三番隊と七番隊の女の子らもサンタ帽かぶっとるやん。あの子ら可愛え言うても、子供いう意味やないやろ?」
 女の子と一緒にされるのもどうかと思うが、その話題からはもう離れたかったので、日番谷はそれ以上言うのはやめることにした。
「あ、そうだ市丸。悪かったな、当たった景品、松本にやっちまった」
「ええよ。日番谷はんがええなら、それで」
「お前のほしいもん、わからなくて」
「ボクの欲しいもん。サンタのお帽子かぶった日番谷はんかなあ」
「まだ言うか」
 当たり前のように迎えに来た市丸と、当たり前のように合流して、二人は再び人混みの中に紛れていった。
 まだ続いているビンゴゲームでは、松本がとうとうリーチになったらしく舞台に上がり、日番谷の時とはまた違った盛り上がりを見せていた。
「熱気はすごいけど、寒ない、日番谷はん?ちょう中入って、何かあったかいもん食べよう?」
「そうだな」
 集会場の中も、賑わっていた。
 基本はバイキング形式で、食べ慣れた和食から、見たこともないような洋風の料理も並んでいる。
「七面鳥、食べてみる?」
「ああ」
 山のように料理を皿に盛って、空いた席に腰を下ろすと、ホッとした。
 熱いスープを入れたカップを両手で包むように持つと、温かさが身に染みてくる。
「初めて食う料理ばかりだが、けっこううまいな」
「要ちゃん、料理上手やしねえ」
「えっ、東仙?マジで?すげえ」
「足りなかったら、もう一度取りに行く?」
「おう、行くか」
 定期的に料理の補充がされ、新しいメニューが出てくるようで、二人が再び行った時には、違うものが並んでいた。
「すげえな。普段の食堂より、数倍いいな」
「特別な日やからね」
 特別、という言葉に、チラッと市丸を見た。
 特別というと、市丸とふたりでこんな穏やかな時間を過ごしているというのも、特別な気がする。
 市丸とは別に、友達というほどのものですらないと思っていた。
 いつもいつの間にかそこにいて、いつの間にかいなくなる。
 どこに現れても不思議ではなくて、いついなくなっても不思議ではない気がした。
 日番谷の熱心なファンというか、崇拝者というか、下心があることを隠さない言動をするが、一緒にいても、その身が危険に晒されたことはない。
 さっきも市丸の前で無防備に寝こけたが、何をされるわけでもなかった。
 かといってその隣が居心地好いわけでもなく、好んで二人で行動したいと思ったこともない。
 どういう情報力なのか、日番谷のことをとてもよく知っているから、それが当たり前のような態度でいるから、時々旧知の間柄のように感じることはあるが、日番谷は市丸のことを、何も知らない。
 それでも。
 市丸の存在は、少しずつ、日番谷の心に入り込んでくる。
 いつしかいるのが当たり前になって、いつしか日番谷に気のある言動をするのが当たり前になって、いつしか特別扱いが当たり前になって、いつしかうっとうしいと思わなくなって、いつしか……
 この先このままいったら、どこへ行くのだろうとふと思った。
「曲が変わったね」
 ぼんやりしていたら、突然市丸が言った。
「行こか?」
「あっ?…ああ」