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ハレルヤ−6

 年末の慌しい中、クリスマスパーティーの準備は、ほとんど突貫工事のように進められた。
 ツリーは早々に飾り付けられ、ライトの工事を残すのみになっていたし、メインの集会場もクリスマス仕様に飾り付けられ、各隊舎の入口にも小さなツリーが置かれ、あちこちにポスターが貼られて、もうすぐクリスマス、という楽しげな雰囲気を盛り上げていた。
「…あー、疲れた。これでもう、今晩のツリーの点灯で、飾りつけ係の仕事は終わりだ。それも八番隊がやってくれるし、明日以降の片付けは下の者に任せればいいし、ようやくキリがついたな」
 最後の見回りを済ませて戻って来た日番谷は、氷輪丸を下ろして、ソファに突っ伏した。
 この慌しい時に自分や浮竹の誕生日などがあったから、よけいに忙しくなってしまった。
 祝ってくれるのは嬉しいが、正直それより仕事を進めさせてほしかったし、気持ちが落ち着かなくて、楽しいとかめでたいとかいう気分にもならなかった。
 そんな落ち着かない気分からようやく少し解放されて、ソファに横たわると、どっと疲れが出た。
 クリスマスパーティーまでには、まだ時間がある。
 今日の業務は済ませたし、松本は最後の仕事に回ってくれていて、たぶん、このまま今日は帰ってこないだろう。
 少し寝ようと思って、そのまま目を閉じてウトウトしていると、ふわっと誰かの霊圧を感じた。
(…あー、ちくしょう。また市丸だ。勝手に入ってきやがって、知るか。このまま寝てやる)
 疲れがたまっていた日番谷は、市丸だから、気を使って起き上がってなどやらなくていいや、と思った。
 どうせ用などないのだから、日番谷が寝ているとわかったら、すぐ帰るだろうと思った。
 あまりに疲れていたせいか、頭の隅で、市丸だから気は使わなくていいかもしれないが、警戒はした方がいいかもしれないとチラリと思ったが、すぐに面倒くさくなった。
 寄ってくるようだったら起きるしかないと思ったが、市丸は日番谷が眠っていると知ると、声をかけたりして起こそうとはせず、かといってチャンスとばかりに近付くこともせず、向かいのソファに腰を下ろしたようだった。
 そのまま置物のように、何をするでもなくじっと座っている。
(あいつは当日の催し物係なのに、こんなとこにいていいのかな?…ま、今に始まったことでもねえけど)
 市丸も疲れていて、休むところ、静かなところ、落ち着けるところを探してここに来たのかもしれない。
 どちらにしろ、今はクリスマスパーティー本番までの、小休止だ。
 今しか休む時はない。
 そして切実に今は、休ませてほしかった。
 会場の方から、うっすらとクリスマスソングが聞こえ始めていた。
 落ち着いた気持ちで聞くと、それはようやく、楽しい気分を盛り上げてくれるものに感じた。
 よくわからないクリスマスなどという行事のパーティーの準備をするという、よくわからない面倒くさい仕事もそれなりにやり遂げた。
 その充実感、達成感も、日番谷に心地よい平和と満足感を与えていた。


 どれくらい眠っていたのか、元気なクリスマスソングがすぐ近くから大音量で聞こえてきて、日番谷はハッと目を覚ました。
「そろそろパーティー始まりますよて合図やねん。催し物係の下の子ぉらが、音楽流しながらその辺あちこち回っとるんよ」
 声がした方を振り向くと、眠り際に記憶のある場所に、市丸がそのまま座っていた。
「よう眠っとったね。疲れてはったんやね。ここんとこ、根詰めてはったもんなあ。少しは疲れとれた?」
「…お前、なんでここにいるんだよ。会が始まるなら、行かないといけねえんじゃねえの?」
「挨拶は、してきたで。あとは、下の子ぉらと十一番隊に任せてあるもん。お役御免や」
「…気楽なもんだな」
 他人に押し付けたり任せたりしようと思ったら、こういう仕事は、いくらでも手を抜ける。
 日番谷はそういうことは嫌いだったが、市丸は全く平気らしい。
「う〜ん、十一番隊とな、意見合わんかってん。あちらさんの希望きく代わりに、お任せや。あの子ぉら、気合入っとるで〜。こっち以上に、えらいお祭り騒ぎ、もうとっくに始まっとるで」
「…そういうことか」
「東のツリー、見た?西は正統派やけども、あっちはすごいで。何しろ、六番隊と十二番隊が飾りつけ係やからな」
「…見た。あの木、何でできてンだ?ぶら下がってンのも、何だ、あれ?『触るな危険』とか書いてあったし」
「六番隊長さんが、気ィ利かせて書かせたらしいで。あの人の趣味も、違う方向にどうかと思うけども。そのふたつが平気で合体しとるところが、怖いわ。コンセプトは、なんやねん」
「お互い、引かなかったらしいな」
「引くかいな、あの二人が。まあ、ある意味、えろうおもろいもんに出来上がっとるけどな。十一番隊の演出含めて、ハチャメチャや」
 市丸は楽しそうに言うが、日番谷はやっぱり、西の班で良かったと心底思った。
 話をしながら起き上がった日番谷は、髪と着物を整えて、
「…寝すぎたかな」
「ええんやない。キミの仕事は終わったんやし、あとは一般参加で楽しむだけや」
「一般参加か…」
 東と西に、一応班は分かれているけれども、係の仕事の話であって、どちらに参加するかは、自由だ。
 そこで初めて、気が付いた。
 用もないのに早くから来て、日番谷が眠っていても気にもせず、市丸がずっとここにいた訳に。
 市丸は最初から、日番谷とふたりでクリスマス会に参加するつもりだったのだ。
 あらかじめ誘ったら、日番谷は逆に嫌がって断り、逃げてしまうかもしれない。
 当日捕まえるしかないから、早々にやって来て、日番谷の居場所を確認し、ぴったりついてくるつもりだったのだろう。
 市丸にとっては、捕まえる前にこのパーティーの人混みに紛れて日番谷の行方がわからなくなることが一番心配だったろうから、眠っていようが、そばにいることが重要だったのだ。
(…そんなにまでして、クリスマス会行きてえの?…俺と)
 そういえば、五番隊は料理係で、雛森は当日東の広場を離れられないと言っていた。
 十三番隊の浮竹も、今頃会の進行で、忙しくしていることだろう。
 松本は…、現れるわけがない、市丸に袖の下をもらっているのだから。
 今頃ようやく気が付いて、日番谷はジロリと市丸を睨み上げるが、市丸はにこにこ嬉しそうに笑って、
「ほな、行こか」
 当たり前みたいに、手を差し出してくる。
「つながねえっつーの」
 その手をピシリと叩いて言うが、市丸と二人でクリスマス会に一般参加することに対しては、もうどうでもいい気分になっていた。
 どうせ他に、一緒に参加する相手もいない。
 そうなるとスタッフの仕事の方が気になって、裏方を手伝って回って終わるくらいのものだ。
 張り詰めていた気持ちも、最後の巡回を終えて戻ってきた時に途切れてしまったし、「キミの仕事は終わった」という市丸の言葉も、もう働かなくていいと、日番谷を安心させていた。
 会場に近付くにつれ、楽しいクリスマスの雰囲気は、どんどん盛り上がってきていた。
 日番谷達が頑張った、そこかしこにあるクリスマスの飾りは見事に役目を果たしているし、サンタの帽子や星の飾り等をつけた者達がウロウロしていることも、はなやいだ雰囲気にしてくれていた。
 そして何より、途切れなくかかる楽しげなクリスマスソングが、これまで経験した祭りとは明らかに違う、独特な空気を作り出していた。
 会場に着くと、金色の紙で作った星の飾りを渡された。
 見るとピンがつけてあり、着物につけろということらしい。
 裏に、七、と書いてあるところからして、七番隊のお手製なのだろう。
 硬派な隊にしては、頑張った感じだ。
「…お前、よく平気でつけてんな?」
 もらったはいいが、どうしようと思って市丸を見ると、市丸は平気で胸につけていた。
 瞬時の迷いもない速さでつけたと見た。
「え〜、ええやん。みんなもつけとるし。雰囲気盛り上げようて、七番隊が頑張ってくれとるんよ」
 そう言われると、つけないわけにいかない気もするが、大人達がつけている分にはそれで済んでも、日番谷がつけると似合い過ぎて、微妙な笑いを誘ってしまいそうだ。
 星にマジックで「とうしろう」などと書いたら、完璧だ。
 自分で思ってブルーな気持ちになっていると、市丸がさっと日番谷の手から星をとって、日番谷の前でしゃがんで、羽織の裾のあたりにつけてくれた。
「そこならええんやない?歩く度に羽織が舞って、お星様がキラキラして、きれいやで?」
 そう言われると少しテレて、日番谷はきゅっと唇を引き結び、俯いた。
 そろそろ暗くなっていたから、ツリーにはライトが灯されていた。
 飾りつけは早くからされていたが、灯りが灯されたのは初めてで、昼間とはまた違うその幻想的な美しさに、日番谷は思わず目を見張った。
「きれいやね〜」
 隣で市丸が、日番谷の言葉を代弁するように、静かに言った。
「周りの灯りも全部消されたら、もっときれいやで?音楽も、こない賑やかな楽しいもんやのうて、」
「さあっ、お楽しみ、ビンゴゲームが始まりま〜す!お近くの十三番隊員に、カードをもらって下さいね〜!ひとり一枚ですよ〜!スタッフの目印は、サンタの帽子で〜すvv」
 市丸の言葉にかぶせて、ステージの上の虎徹清音の声が、マイクを通して会場中に響き渡った。