.


ハレルヤ−5

「うわっ、何書いてやがるんだ、テメエ!勝手に人の名前…」
「あれ、知らんの、オムライスの上には、好きな子の名前書くもんなんやで?」
「ウソつけ!」
 目を吊り上げて怒るが、市丸が言ったとたん、松本がその手からさっとケチャップを取って、
「そうですよう〜、隊長。好きな人の名前書くんですよう〜。あたしも隊長の名前で〜すvv」
「あっ、俺、乱菊さんvv」
「ボクはもちろん、七緒ちゃん〜vv」
「ケチャップこっちにも貸してくれ。俺ももちろん、冬獅郎だ!」
「自分は浮竹隊長であります!」
「自分ももちろん浮竹隊長です!」
 ノリの良い者達の手から手へケチャップが回り、とうとうツンデレなふたりだけ残されてしまった。
「はい、日番谷はん。誰の名前書くんかな?ボクの名前、よかったら使うてvv」
 ケチャップを渡しながら、嬉しそうに市丸が言った。
「あら、隊長はあたしの名前書いてくれますよね〜?桃の名前でもいいですよ?」
「テメエら」
「七緒ちゃんはボクの名前書いてくれるよね?」
「書きません」
「日番谷くん、俺の名前でもいいぞう〜♪」
「浮竹まで!」
「現世の暗黙のルールやねん。さ、「ギン」やったら簡単やで?」
「早く書いて下さい隊長。食べられません」
「早く、早く、七緒ちゃ〜んvv」
 そんなことを言われても、言われれば言われるほど、誰の名前を書いていいのか、わからない。
 どうしていいやら困った二人は一瞬顔を見合わせて、
「…ヨシ、俺は伊勢にしておこう」
「わ、私は日番谷隊長で」
「あ〜〜〜〜〜〜!!」
 ツンデレ同士結託し、慌てて書いて、フウと安堵のため息を漏らした。
「ボクの七緒ちゃんの名前書くなんて〜〜!七緒ちゃんも、ひどい!」
「そうですよ隊長!あたしより七緒がいいってゆうんですか、ひどい!桃に言いつけてやる!」
「知りませんよそんなの。とにかく書いたから、いいでしょう」
「そうだそうだ。俺は食うぞ」
 皆にブーブー言われても、逃げるしかない。
 日番谷はさっさとスプーンを取って、さっさと食べ始めた。
「隊長、サービス悪いです。あたしの名前書いてくれたら、明日のあたしの仕事の頑張り度、う〜んと上がるのに」
「ンなもんしなくても、真面目に仕事すんのは当たり前だ」
「ほんまサービス悪いで。ボクの名前書いてくれとったら、ボクの頑張り度も、う〜んと上がるのに」
「何を頑張るんだ、テメエ」
「本当だよ日番谷隊長。俺の名前書いてくれてたら、お菓子も三倍になったのに」
「そもそも菓子いらねえから」
 いちいち律儀にツッコミを入れる日番谷を、すごいな〜と思いながら檜佐木は、
(乱菊さんの名前vvどさくさ紛れに書いたぞvvあ〜、なんか、食べるの惜しいvvいや乱菊さん、食べちゃいますからねvv)
 一人ムフムフ別世界で楽しんでいた。
 メインを食べ終わると、デザートが運ばれてきた。
「白桃ピーチパフェの方」
「あ、この子にあげて」
「えっ」
「ロイヤルキャラメルプルプルプリンです」
「あ、この子に」
「えっ」
「ミルクババロアです」
「あの子にお願いします」
「ちょっと待て!」
「バニラのジェラートです」
「あの子です」
「お前らーー!!」
「いちごのムースタルトです」
『この子です』
 最後のセリフは、数人がハモった。
 コーヒーや紅茶が皆の前に運ばれる中、日番谷の前にだけ、ズラリと可愛いスイーツが並んだ。
(可愛え…vv)
(可愛いvv)
(愛らしい…)
(可愛いな〜…)
 そしてその心の声は、心なしか、通りすがりの客や、店員の方からも聞こえてくるようだった。
「テメエら、何してくれやがる!なんで俺にばっかり、こんなにデザートがくるんだ!どうしてテメエらは、食べねえんだよ!」
「食べるよ」
 日番谷がキレたとたん、さっと浮竹が店員に手を上げた。
 それを受けた店員は頷いて、ロウソクの灯ったホールケーキを運んでくる。
「一日早いけど、誕生日おめでとう、日番谷くん!」
「え…えーーー!!??」
「明日は明日でみんなでするけど、今日は親しい者達の間の誕生日会ということで!」
「た、誕生日なら、お前だって、」
「えっ、祝ってくれるのかい、嬉しいなあ、ありがとう、日番谷くん!」
「ええっ!そりゃ、祝うけど!」
「お誕生日おめでとうございます、日番谷隊長、浮竹隊長!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう〜!」
 自分ひとりならやめさせられるが、浮竹も祝われているのに、下手なことは言えない。
 そのままハッピーバースデイの大合唱になって、店中の注目を集め、日番谷は穴があったら入りたいくらい恥ずかしい思いをしながら、真っ赤になって固まっていた。
 一緒に祝われているとはいえ、浮竹は日番谷を祝う気満々で、祝われる方にも何の抵抗もないらしく、先頭に立ってノリノリで歌っているし、日番谷の前にだけ、山のように可愛いデザートが並んでいる様子も、はたから見たら、とても愛されている日番谷少年のお誕生日会を、たくさんの大人が集まって開いてあげているみたいな、とても微笑ましい図に見えるだろう。
 しかもロウソクの数は何故か12本で、まるで12歳のお誕生日会みたいだ。
(覚えてろよ、浮竹…!)
 結局その後皆に派手に拍手をされて、ローソクを吹き消させられて、見知らぬ人にまで冬獅郎クンおめでとうと声をかけられ、どこからか飴などのお菓子が差し入れられてきたりして、とうとう日番谷はヤケクソで、デザートも全て平らげて帰ったのだった。


 次の日は誕生日だというのに、日番谷は一日ムスッとしていた。
「昨日は素敵な誕生日会でしたねぇ、隊長vv浮竹隊長も、気の利いたことなさいますよね〜」
「うるせえ。その話は二度とするな。忘れたいんだから」
「あら隊長、まだ拗ねてらっしゃるんですか?」
「拗ねてんじゃねえ。怒ってるんだ」
 好意からしてくれているのはわかるが、どれだけ恥ずかしい思いをしたと思っているのか。
 苛々と言うと、目の前に大きな影が現れて、ゆっくり近付いてきた。
「せっかくのお誕生日やのに、そないなお顔しとったらあかんよ?」
 また、市丸だ。
 最近では、挨拶もせずに入ってくるから、タチが悪い。
「またテメエ、いつの間にか湧いて出やがって。帰れ」
 冷たく言うと、
「まあまあ、いつものことじゃないですか」
「そうやそうや。いつものことやで」
 珍しく松本まで市丸の味方をするとは、やはり昨日の袖の下が効いているのだろうか。
(あ〜、ヤダヤダ、大人の世界)
 ふてくされてそっぽを向くと、目の前の机の上に、箱が二つ、置かれた。
「お誕生日おめでとうございます、隊長vvあたしからの、誕生日プレゼントですvv」
「これは、ボクからvv」
「…松本からのはもらうけど、市丸のは、いらねえ」
「えーーーー!!何やねんその露骨な意地悪!」
「ああ、わかったわかった。ありがとうよ。受け取るから、さっさと三番隊に帰れ」
「冷たいなあ、日番谷はん。開けてみてくれへんの?」
「あとでな」
「捨てんといてね?」
「わかった、わかった」
「乱菊、ちゃんと見といてな?捨てたら拾って、また日番谷はんの机に置いとくんやで?」
「ああもう、うるせえな、捨てたくなるようなもんだったら、何回拾っても捨てるぞ」
 うんざりして言うと、市丸はにっこりと笑って、大切にしてや、と言って、部屋を出て行った。
(…いっつも、去り際いいんだよな、あいつ)
 タメ息をついたところで、松本が茶を入れてくれた。
 プレゼント開けてくださいよ、と言うので開けてみると、センスのよい万年筆だった。
「昨日現世でみつけたんですよ〜vv」
「あ…ありがとう…」
 いつの間にかそんな買い物までしていたとは、相変らず、抜け目ない。
 実は文房具の類は好きだったので、素直に嬉しかった。
 さすが毎日そばで見ている松本は、日番谷の好みをよく知っている。
 試しに書いてみると、書き味も抜群だった。
「…すげえ。ありがとう。大切に使う」
「どういたしましてvv気に入ってもらえて、嬉しいですvv」
 松本はにっこりと笑うと、これで昨日オムライスにあたしの名前書いてくれてたらな〜、と言った。
「まだ言うか」
「あ、ギンのも開けてみてくださいよ。何か、包みが違うみたいだけど」
「包みが違うって、なんだよ?」
「いえいえ。もっと渡すシチュエーションにも凝るかと思ったけど、案外あっさり渡しましたよね?」
「凝られてたまるか」
 市丸からのプレゼントなどにあまり期待はしていなかったが、包みを開けると、…
「あら、腕時計。カッコイイ〜」
 びっくりした。
 昨日日番谷が見ていたものではないが、同じ系統の、日番谷の好みの、もっと上等なものだった。
 時計も小さめで、サイズもきちんと、細い腕にはまるように合わせてある。
「…あいつ、あんだけキレてたくせに」
 ちゃっかり見てやがった。
 そう思うと、少し頬が熱くなった。