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ハレルヤ−4

 ボク、とか、お父さんお母さんなどと言われ、ムッとして睨み付けると、男は日番谷を見て、ハッとしたような顔になった。
「…き、気に入ったなら、出して見せてあげようか?」
 ムッとしたまま去ろうとしたが、その言葉に、日番谷は立ち止まった。
 今は仕事中だし、こんなところで私物を購入するなど考えられないと思っていたが、さっき隣の店で市丸や松本も勝手に買い物をしていたし、いけないことはないだろう。
 それに、見るくらいなら、それこそ問題ないだろう。
 戻ってきた日番谷に、店員は嬉しそうに笑って、ガラスケースの鍵を開けた。
「どれが見たい?」
「じゃあ、あれと、あれを」
「趣味がいいね」
 店員は上品な布の貼られたトレイに腕時計を乗せて、
「はい、どうぞ」
 日番谷に渡しながら、そっと肩に手を乗せてきた。
「ボク、いくつ?」
「ボクとか言うな。お前が思ってるよりは、上だ」
 肩に乗せられた手を、軽く身体を揺すって払いながら、日番谷は素っ気なく言った。
「じゃあ、お名前教えてくれる?」
「日番谷冬獅郎だ」
「冬獅郎くん。かっこいいお名前だね。どこから来たの?おうちは、近く?」
「ずっと遠くだ」
「そうか。残念。今日は、誰と来たの?」
「仕事で…いや、友達とだ」
 間近で見る腕時計に見入りながら、半分上の空で、聞かれるまま答えた。
「はめてみるかい?」
「いいのか?」
「もちろん」
 男は腕時計を取ると、その場に膝を付き、日番谷の手をぎゅっと握って、大きなそれを、くるりと手首に回した。
(…なれなれしいな)
 思ったが、時計のはめ方など知らない日番谷は、眉を寄せただけで、はめ終わるまで黙ってその様子を見ていた。
「これは大人用だから、一番奥でとめても、回っちゃうね」
 せっかくかっこいいと思ったのに、男の言うことは、本当だった。
 自分の細い腕には大きすぎて、そのかっこよさの半分も表現されない気がして、日番谷はがっかりすると同時に、少し恥ずかしくなった。
 男はその表情をすぐに読み取って、
「大丈夫、サイズは調整できるし、もう少し小さめでカッコイイのも他にあるし」
「本当か?」
「うん、もちろん。どうする?他のもはめてみる?」
「ああ」
 日番谷が答えると、男は腕時計をはずしながら、
「奥の方に、色々あるんだ。おいで?」
 男は立ち上がり、はずした腕時計をトレイに置くと、日番谷の手をしっかりと握り、もう一方の手をその背に回して、店の奥へ連れて行こうとした。
「…おい」
 さすがにそれは馴れ馴れし過ぎるというか、怪しいと思い、日番谷がその手を振り払ったとたん、
「…お兄さん、ちょう、こっち来ぃや」
「ぐっ…」
 大きな手がいきなり男の襟首を掴み、ぐっと引っぱって捻ったので、男は服に首を絞められて、声に鳴らない悲鳴を上げた。
 驚いて見ると、いつの間に来たのか、市丸が立っていた。
「い、市丸、ちょっと、お前…」
「日番谷はんは、黙っときいや。ボクちょう、このお兄さんに、お話あんねん」
 笑っているような、優しい静かな声だけに、よけい怖かった。
 男は真っ青になって、必死で首を横に振った。
「時間は取らせへんよ。お仕事中やもんね。ほんの、ちょうっと、付き合うてくれたらええねん」
「市丸!」
「ギン、ちょっと、あんた何やってんのよ?!」
 またも日番谷の声を聞きつけて、松本と檜佐木と、そして今度は浮竹達も、飛んできた。
「どうしたんだ、何してるんだ、君たち!」
 首を絞められている店員は、すがるような目で松本達を見た。
「あらあら、みんな、来てもうた」
 市丸はぱっと手を離し、何事もなかったような顔で日番谷の背に手を添えると、
「ほな、行こか?」
 案外さっと引いたので、日番谷はホッとして、大人しく市丸に従った。
 市丸は踵を返し際、咳き込む男を振り返ってニッと笑い、
「また後でな?」
 また後で本当に市丸がやって来るかどうかはともかく、その一言が男を死ぬほど怯えさせたことは、間違いないだろう。
 今日一日どころか、いつ来るかいつ来るかと、当分生きた心地もしないで過ごすに違いない。
 皆は市丸の顔を見て狐に似ているとよく言っているが、こういうところ、狐よりも蛇に似ていると思えて仕方がなかった。
 あまり男に同情もしないが。
「ギン、あんたねえ、現世で揉め事なんか、ヤバいわよ!」
「たいしたことしてへんやん。あいつが悪いんやで。日番谷はんの可愛え可愛えお手々握りよったんよ」
「まあー!隊長、ホントですか?大丈夫でした?」
「なんてことだ!日番谷くんは可愛いから、気をつけないといけないよ!」
「うるせえな。なんともねえよ」
「ボクには絶対握らせてくれへんくせに。あないな男に、気ぃ抜きすぎや」
「怒るとこ、そこか?」
 現世に来てまで痴漢めいた目に会ったことはショックだったが、どこにでも変態はいるのだという、いい勉強になったと思おう。
 助けてくれたと言えないこともない市丸だって、中身はあの男と、それほどの違いもない。
 日番谷がムッとしていると、気持ちを察してくれたらしい浮竹が、ちょっとおいしそうなお店をみつけたから、休憩にしよう!と言った。
 結局皆で合流し、ファミリー向けだがオシャレなレストランに入った。
「日番谷はんは、何食べる?」
 言ってメニューを差し出されても、知らない料理名ばかりだ。
 写真を見ても、今一味を想像できない。
 日番谷が難しい顔をしてメニューを熟読していると、
「ボクはこのオムライスにしよう」
 長い指がすっと伸びて、写真を指差した。
「じゃあ、俺もそうしようかな」
 反対側の隣にいた浮竹も、それを覗いて、そう言った。
「では自分も、浮竹隊長と同じものを!」
「自分もそうします!」
 虎徹と小椿が、続けて争うように言った。
「オムライスね〜。確かにおいしそう。じゃあ、あたしもそうしようっと」
「じゃ、俺も乱菊さんと同じの」
 次々と皆が言い出したので、日番谷も慌てて、
「じゃ、俺も」
「なんだ、みんなオムライスなんだ〜。まあ、お楽しみもあるしね〜」
 恐らく日番谷と同じように料理名がよくわからなくて同じものを頼んだ者もいるだろうが、京楽は何やら意味ありげな目付きで、市丸を見た。
「ボクもオムライスにしよう」
 本当はスパゲティに挑戦したかった伊勢も、他のもの皆がオムライスと言うのでちょっと弱気になり、
「…では、わたくしも」
 結局全員、オムライスになった。
「あと、食後に白桃ピーチパフェとホットコーヒーと、オレンジジュース」
 料理が決まると、市丸が続けてデザートを頼んだ。
(…ホットはともかく、パフェは隊長の分ね?)
「あたしは食後に、レモンティー」
(あれって、日番谷隊長の分頼んでるんだよな?)
「俺も乱菊さんと、おんなじの」
(ピーチパフェも可愛いけど、プリンもきっと、おいしいぞvv)
「あと、ホットもうひとつとロイヤルキャラメルプルプルプリン」
(浮竹隊長、日番谷隊長に食べていただくものを注文されてるんですね?自分もお手伝いさせていただきますぞー!)
「では自分は、ホットとミルクババロアを!」
(何よ仙太郎、負けてたまるものですか!)
「私はミルクティーと、バニラのジェラートで!」
 波の下ではなんだかすごいことになってきていたが、当の日番谷は気付かなかった。
 なにやらみんなすごく頼むんだなあと思い、だったら自分も頼んでもいいかな、と思って、現世の食べ物への好奇心もあり、写真を頼りに、
「じゃあ俺…いちごのムースタルト」
 言ったとたん、場がほんわりした空気になった。
(…日番谷はん、やっぱり甘いもん、食べたいんやね?)
(いちごのムースタルト…隊長が言うと、すっごく可愛い〜vv)
(そうか…いちごが好きなのか。覚えておくぞ!)
(日番谷隊長…可愛い…)
(なんかとにかく、可愛い…)
 皆遠慮して、必ずしも日番谷の方を見てはいなかったが、妙な空気は日番谷も感じ取った。
(ん?なんか、微妙な空気。俺の頼んだの、なんか変なもんだったのか?)
 よくわからなかったが、注文を済ませると、やたらと皆満足そうな、平和な雰囲気が漂った。
 やがて料理が運ばれてきて、店員が下がろうとすると、市丸が手を上げて、
「あ、ケチャップ持ってきてくれる?」
 何をするかと思ったら、オムライスの上にかけられていたソースをさっとスプーンでよけて、その上にケチャップで、「冬獅郎」と書き始めた。