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ハレルヤ−3

「問題ないわよ。早く、早く行きましょう〜♪」
「そうそう、早う、早う自由時間〜〜♪」
 本人達は嫌がるだろうが、松本と市丸は似た者幼馴染で、同じような表情をして、同じようなことを言った。
 このまま個別行動になったら、手から離れた風船のように、どこかにフワフワ飛んでいってしまいそうなところもそっくりだ。
 与えられた仕事をこなすかどうかも怪しいところも、そっくりだ。
 それを見て、やれやれと思ったのは日番谷一人ではあるまい。
 伊勢の頭の中で、この二人が戦力として計算に入っているのかもわからないと日番谷は思った。
「はいはい。では、行きますよ。お手本のツリーをよく見て、気合入れて探してきてくださいね!」
 そう言って連れてこられた広場のツリーを見て、日番谷は目をまん丸にして、圧倒された。
 今の今まで少々バカにしていたが、これは、すごい。
 屋根まで吹き抜けになっている広場に堂々とそびえ立つツリーには、煌くいくつもの見事なデコレーションが施されていて、まさにシンボルという名に相応しい。
(…すげえ〜。これが、クリスマスツリーか!)
 日番谷がじっと見上げていると、右の肩に、女性の柔らかな手が、ぽんと置かれた。
「すごいですね、隊長!素敵ですね〜!これは、なんとしても頑張って、あたし達の西の広場にも、これに遜色ないツリーを作り上げてやらなくちゃですね!」
 続いて左の肩にも、ほっそりした大人の大きな手がぽんと乗せられた。
「夜になったら、もっと綺麗やで、これ。でもここはモールの中やから、周りの電気は消されへんやろうな〜。夜のツリーは瀞霊廷のクリスマス会での、お楽しみやね〜!」
 そして最後に、一番大きな手が、ぽんと頭に乗せられた。
「楽しみだな〜、俺達のクリスマスツリー!これに負けない、素敵なのを頼むよ!」
 なんだか、初めてクリスマスツリーを見て喜ぶ弟に、お姉ちゃんとお兄ちゃんとお父さんが微笑ましく声をかけている図みたいだ。
 子供みたいに目を輝かせてしまった自分もいけなかったかもしれないが、日番谷は気を悪くして全ての手を振り払うと、
「お前ら、いつまでもボケッと見てねえで、行くぞ!三時にここに集合でいいんだろ、伊勢!」
「は、はい!時間厳守でお願いします!」
「よし、行くぞ松本、檜佐木!」
「は〜い♪」
「はい!」
「え〜、ボクには声かけてくれへんの?」
「来たきゃ、来い!」
「『行くぞ市丸』て言うて〜」
「うるせえな、遊びに行くんじゃねえぞ!」
「わかっとるよ。ボク、ええお店知っとるんや」
「……」
 何故、現世のこんなモールの店まで知っているのか。
 日番谷は胡散臭そうな目で振り返るが、過去市丸の情報は、実際確かだった。
 それに、行くぞと言ったものの、この巨大なショッピングモールのどこに何の店があるかなんか、日番谷が知っているはずもない。
「ちゃっちゃと済ませて、色んなお店、見に行かへん?…お勉強のためにも」
 最後の一言は、日番谷を怒らせないための、付け足しだろう。
 日番谷が一瞬黙ったところへすかさず松本が、
「賛成〜〜!!隊長、そうしましょう!現世のお店なんてなかなか見て回る機会ないですし、せっかくこんな素敵なところに来たんですもの、色々見たいです〜〜…勉強のために」
 こちらも最後に何やら付け足して、必死で日番谷を説得しようとしてくる。
「…本当にさっさと終わらせることができたなら、そうしてやってもいいが」
 ダメだと言ったら、きっとクリスマスの飾りをそっちのけにして、店を見に走るに違いない。
 どちらにしろ松本が何も見ないで帰るつもりがあるわけもなく、それを考えたら、とにかくやることは先に済ませてしまった方が、無難な気がした。
「やったー!さすが隊長、話がわかるぅ〜♪」
「そうと決まったら、早速行こ♪クリスマスグッズ売っとるお店、こっちやで♪」
「お、おう」
 どさくさに紛れて差し出された手をうっかり取りそうになって、日番谷は慌てて手を引っ込めた。
「あっ、惜しい。もうちょっとやったのに、残念や〜」
「テメエな、子供扱い、ヤメロ!」
「そんな、誤解やで!隙あらばお手々握らせてもらおう思うとるだけや!」
「もっと悪いじゃねえか、堂々と言うな!」
「迷子になったらあかんし」
「迷子言うな、子供じゃねえ!」
 現世の服を着て現世にいたら、自分は子供にしか見えない自覚もあったから、余計頭にきた。
 現世は確かに興味深いし、楽しくないこともないけれど、不便なことも多いのだ。
 とはいえ、最初はどうなることかと思った買い物も、市丸の案内で、順調に進んだ。
 三時に一度集まって、戦利品を伊勢に見せると、予想以上の働きに、伊勢は感激していた。
「さすが日番谷隊長です、素晴しいです!こんな短時間に、よくぞこれだけ」
「…あ、いや」
 実際には、ほとんど市丸のおかげだった。
 松本は可愛いグッズをみつけてはキャッキャと喜んでいるばかりだったし、檜佐木は鼻の下を伸ばしてそれに付き合っていた。
 市丸はいつもぴったりと日番谷の隣について、
「日番谷はん、このサンタの衣装、日番谷はんにぴったりやと思うんやけど。着てみぃひん?ズボンはナシなんがセオリーやで?」
「あぁ?なんだソレ。誰が着るか。着たきゃ、テメエが着ろよ」
「恋人がサンタクロースっちゅうやつやね?お望みやったら、いくらでも着るで〜vv」
「誰が恋人だ。死ね。それよりこの金色の玉、ちょっと良くねえ?あのツリーにもついてたよな?」
「金色の玉が付いてたやて。日番谷はんが言うと、なんや卑猥や。ちょっと略して言うてみて?」
「下ネタ最低。二度と俺に話しかけるな」
「お約束やん。怒らんといて〜。金の玉な、木が大きいから、一番大きいの、いっぱい買うたらええんやない?」
「そうだな。一番大きいといっても、これくらいか。もっとデカイのはねえのかな」
「聞いてきたる」
 そんな調子で、バカなことも言うが、適切なアドバイスもくれて、テキパキ動いてもくれた。
(こういうところは、役に立つんだけどな…)
 第一回の戦利品を尸魂界に送ると、再び散らばって買い物になった。
 一度目でかなり揃ったため、もうそれほど探し回る必要もなく、半分自由時間みたいなものだった。
「…日番谷はん、日番谷はん、ちょっと」
「ん?」
「あのお姉さんが、呼んどるで?」
「は?」
 市丸が指をさす方を見ると、とても綺麗な店の店員らしい女性が、日番谷の方を見ながら、にこにこして立っていた。
「何スか?」
「どうぞ、こちらにおかけください」
 店の中に据えられている豪華なソファを勧められ、日番谷が市丸を見上げると、市丸はにこにこして、座るように目で促してくる。
 大人しく座ると、女性は日番谷の前に膝をついて、
「左の手を、出してもらえますか?」
「へ?」
 状況がよくわからなかったが、上品で綺麗な女性に優しく微笑んで言われ、うっかり言われた通り、手を出してしまった。
 その手をさっと取って、素早く手の中の道具からひとつを選んで、日番谷の薬指にはめてくる。
「このサイズですね」
「おおきに。ほな、そのサイズとボクのサイズで、おそろいの指輪を…」
「な、何言ってんだテメエ!気でも狂ったか!」
 臆面もなく堂々と店員に言う市丸に、びっくりして日番谷の声が裏返った。
 いや、臆面もなくとか、そういう問題でもない。
 お揃いの指輪なんて、勝手に買われてたまるかという話だ。
 日番谷の大声に、松本と檜佐木がやって来た。
「どこ行ったかと思ったら、こんなところにいたんですか、隊長。あら、ギン、何やってんのよ。油断も隙もないわね。お金が余ってるなら、このブレスレット買って♪」
「嫌や〜。乱菊に買うたる金なん、あるかいな。そこの下僕に買うてもろうたらええやんか」
「えっ、俺ですか?…買わせていただきたいです!…けど、おいくらスか…?」
 答えながら恐る恐る値札を覗き見て固まった檜佐木は無視して、
「言ったわね。買ってくれたら、いいことあるのにな〜。ちょっとこっちに来なさいよ」
 市丸を端っこに連れて行って、何やらボソボソ密談をしている。
 一体何を言ったのか、市丸は「絶対やな、絶対やな?!」と何度か繰り返してから、ウキウキと嬉しそうに戻ってきて、「これ、包んだって」と軽く店員に言った。
 檜佐木はショックを受けたように灰になっているし、松本はご機嫌だ。
 どちらにしろ貴金属に興味のない日番谷は、その隙にするりと店を出た。
 出てすぐ隣の店が時計屋で、そちらの方がよほど興味をもてた日番谷は、フラフラと店に入っていった。
 ズラリと並んでいたのは腕時計で、日番谷はすぐに、ゴツいダイバーズウォッチに魅せられた。
(うわ、すげえ、かっこいい…なんだこれ、腕にはめるのか?)
 何のためについているのかよくわからないが、画面にいくつも計器がついていて、まるでコクピットだ。メカっぽいそのつくりは強烈に日番谷を惹き付けて、ガラスケースの中の高いところに飾ってあるそれを、無意識に背伸びまでして、食い入るようにみつめてしまった。
「ボク、それが気に入ったのかい?お父さんか、お母さんは一緒に来てるの?」
 ふいに声をかけられて、ハッとして見ると、店員らしい男がにこにこして立っていた。