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ハレルヤ−2

 ツリーを用意するためには、まず立派なモミの木を調達してこなくてはならない。
 日番谷は次の日大きな台車を用意して、十番隊の中でも若い力自慢の者達を何人か集めて白道門にゆくと、兜丹坊を呼び出した。
「久す振りだあ〜。元気か、冬獅郎。いやもう、立派な死神の隊長さまだっだなあ」
「ああ、お前も元気そうだな。お前の立派な働きは、瀞霊廷にも聞こえてきてるぞ」
「いや、そっだらこど言われっと照れるべ〜。…とごろで、そぢらの隊長さまは、三番隊の…」
 兜丹坊の視線の先をチラリと見て、なんでまたこいつがいるんだよ、と日番谷は小さくタメ息をつきながら、
「ああ、三番隊の隊長、市丸ギンだ。市丸、兜丹坊は知ってるよな?」
「知ってますよ。尸魂界一の豪傑門番さんですやろ?昔シロがお世話になったようで、おおきに。今はボクがついとるから、安心してな?」
「うわわわわ、何言ってやがるテメエ!何がシロだ、馴れ馴れしく呼ぶな!てか別に全然こいつとは何も関係ないからな、冗談だからな、本気にするなよ、兜丹坊!」
 予想もしないぶっとんだことを言い始めた市丸に、日番谷は驚き慌てて、市丸の足をガシガシ踏みつけながら叫ぶように言った。
「あいたた、乱暴やな、シロは〜」
「気ィ狂ったか、何の冗談だ、なんだシロって!俺は犬じゃねえぞ!」
「やってあいつが冬獅郎て呼ぶんやもん、それより新密度で上いかな済まされへん」
「何の対抗してんだ、意味わからねえ!あいつは友達だ!テメエはただの、同僚の隊長ってだけじゃねえか!第一テメエ、なんで今ここにいんだよ、班も係も違うし、手伝い頼んだ覚えもねえぞ!」
「冷たいんやねえ、シロは。ボクらの仲で、遠慮はなしやて言うてるやん」
「テメエとそんな仲になった覚えはねえ!」
 もはやいつから始まったのやら覚えていないが、気がついたらいつも隣にいる市丸。
 冗談のようにアプローチらしき言動はしていたが、それほど実害もなく、怒っても追い払ってもすぐまた平気で寄ってきていたので、そのうち面倒になって、適当にあしらって放っておくことにしていた。
 隊長とはいえ、普段の平和な場では大人や女性達にアイドルのように扱われることもしょっちゅうで、それ自体にはそろそろ慣れてきてもいた。
 市丸はその中でもちょっとばかり熱心でしつこくて、…色気があるといえば聞こえはいいが、スケベくさいという言い方もあった。
 どちらにしろそういう手合いにいちいち怒っていても、疲れるだけなのだ。
 今日兜丹坊にモミの木調達の手伝いを頼みに行くことも、市丸がどこで聞きつけてやって来たのかわからないが、もはやそんなことは、どうでもいい。
 ただ、今日の態度はいつになく馴れ馴れしさも度を越していて、いつものように無視していたら、何も知らない兜丹坊に誤解されてしまう。
 それだけは避けたくて、血管が切れそうなほど頭にきて怒鳴り散らしたが、
「へえ、そうなんだか。三番の隊長さん、オラの大切な友達を、よろしぐ」
「だから、信じるなっつーの!こいつは無視して、話始めるぞ」
 あまりムキになっても怪しいと思い直し、日番谷はひとつ息をついて、話を進めることにした。
「今度護廷十三隊でクリスマス会をすることに決まったんだが、そのツリーの飾りつけを俺の隊がすることになった。立派な樅の木を運び入れたいんだが、手伝ってくれるか?」
「それはかまわねえけども、クリスマス会で聞いたごどもねえべ。ハイカラな響きだども、何だべ?」
 もっともな質問だ。
「なんでも、現世で流行っている、キリスト教とやらの祭りらしい。もっとも、もとはキリスト教の祭りでも、今では宗教と関係なく、この日に樅の木に飾りつけをして、その周りで飲んで食って歌って騒ぐという、単なるイベントと化しているらしいが」
「なんや、身も蓋もない言い方やね」
 後ろでボソッと市丸が言うが、日番谷は無視した。
「まあとにかくそんなわけで、飾りつけをする樅の木が必要なんだ。できるだけデカくて立派なのがいい。一応、樅の木の生えている場所は、調べてきたんだが…」
「ボク、ええとこ知っとるよ。こっちや」
 突然市丸が言い出して歩き始めるので、どうしようかと一瞬思ったが、知っているなら有り難い。
 兜丹坊と十番隊の一行は、市丸の案内で森の中を分け入ってゆき、本当に立派なモミの木をみつけた。
「これやったら、十番隊の名に恥じん、立派なツリーにできるんやない?」
「…確かに立派だ。よくこんなことまで知ってるな、お前」
「十番隊長さんのお役に立てて、何よりや」
 いつでもフラフラしている男だから、流魂街にまで出向いて、フラフラしているのかもしれない。
 とにかく今は、忙しいこの時期の貴重な時間を浪費することなく、スピーディに丁度よいモミの木をみつけることができて、助かった。
「兜丹坊、引き抜けるか?」
「まがせろ」
 巨大なモミの木が、兜丹坊の腕によって、メリメリと音を立てて、引き抜かれていった。
 いや、厳密には、地面ごとモミの木を持ち上げたと言った方が正しい。
 目を見張るようなその光景に、皆呆けたようにそれを見ていたが、用意した台車にどしんとそれが乗せられると、慌てて縄をかけ、それを固定した。
「よし、引き上げるぞ。あとは、八番隊がこれを据える穴を掘って待っていてくれているはずだ」
 瀞霊廷の西の広場までそれを運ぶと、待っていた京楽はそれを見て、感心したように息をついた。
「さすが、日番谷隊長。よくまあ、こんな立派なモミの木を一日で」
「…まあな」
 広場に据えると、その木は大きさも、枝の付き具合や形も、実にツリーらしく見事だった。
「ふわあ、これがヅリーいうもんになるだか。だのしみだ」
「ああ。今日は助かった。ありがとう。久し振りだし、向こうで茶でも飲んで、休んでいかないか?」
 一応、市丸にも世話になったし、と思ってチラリと見ると、市丸はいつの間にか、いなくなっていた。
「あれ?」
 いつの間にかいていつの間にかいなくなるのはいつものことなので、帰ったんだな、と思って、日番谷は気にしないことにした。
 茶の席で兜丹坊と懐かしい話などをしていると、しばらくして京楽が伊勢を連れてやってきて、
「おおい、日番谷隊長。手続きが完了したよ。明日は一日現世に行って、飾りの調達だ」
「…現世までいくのか」
「現世では今、クリスマスシーズン真っ只中です。実際に飾り付けられたツリーをたくさん見ることもできますからね。写真で見るよりわかりやすく、こちらでは入手困難な最新の飾りも簡単に手に入り、一石二鳥です」
 後ろの伊勢が、資料を片手にそつなく答えた。
「ま、そうだろうな」
 答えながらも、面倒くせえ、と思ってタメ息をつくと、隣で兜丹坊が感心したように、さすが隊長さまの仕事は、大変だべ、と言った。

 

 クリスマス色の現世の街は、予想以上に煌びやかだった。
「きゃ〜、素敵ですねえ、隊長、現世のクリスマスの町並み!」
「…いや、その中でも乱菊さんが一番輝いて、ス、ステ…」
「う〜ん、俺も久し振りの現世で、ワクワクしてきたよ!」
「本当です、浮竹隊長と現世なんて、夢のようであります!」
「いや、自分の方が、この小娘の百倍は夢のようであります!」
「七緒ちゃ〜ん、現世の服とっても似合って可愛いよ〜。後で二人で自由行動していこうネ!」
「そんな時間はありません!」
「日番谷はん、人がぎょうさんおって迷子になると大変やから、お手々つなごうか!」
「…明らかにお前だけ、ここにいるのおかしいだろう。班も違うし、係も違うし。こんなとこにいていいのかよ」
 現世に着くなりその楽しげな雰囲気に、物資調達組の皆は一気にテンションが上がったようだったが、日番谷は冷静に、市丸の手を撥ね付けた。
「え〜、それやったら十三番隊の皆さんやって、飾りつけ係とちゃうけどおるやん!九番副隊長さんも!」
「俺は当日のビンゴゲームとその商品の調達に来たんだ」
「俺は乱菊さんに頼まれて、手伝いと荷物持ちです」
「ボクやって、現世で十番隊長さんがクリスマスのどさくさに紛れて悪い大人にさらわれんよう守るために来たんや!」
「なんだそれ。いらねえ。帰れ」
「いやや!ボクかて、荷物くらい持てるし!役に立つで!」
「あらあ、市丸隊長、荷物持ちしてくださるんですかあ〜。よろしくお願いしますね〜♪」
「乱菊にはおるやん、専属の荷物持ち!ボクは十番隊長さん専属やからダメや」
「松本の荷物は、俺の荷物だ。荷物持ちしてえなら、持ってやれ。でなけりゃ、帰れ」
「ええ〜〜〜」
「さあっすが、隊長!そういうことで、よろしく、ギン!」
「よろしゅう、九番副隊長さん!」
「えっ、俺ひとり?」
 もともとその予定ではあるし、松本専属の荷物持ちはおいしいし、市丸を松本に近づけたくはないので文句はないが、そうやって回されると、複雑な気分だ。
「ほらそこ!モタモタしてないで、行きますよ!」
 今回一番しっかりしている伊勢が、先頭に立って声をかけてきた。
 伊勢の後ろではデレデレした京楽が、行き交う現世のおしゃれな女の子達を目で追っている。
(…苦労しそうな一行だな…)
 他隊の副官の伊勢に怒られたのはカチンときたが、 なんとなく引率の先生のような伊勢は、今回一番苦労しそうだとみて、日番谷は何も言わず、せいぜい迷惑をかけないようにしようと思った。
 伊勢に連れられて来たのは、都会からは少しはずれたところに建つ、巨大なショッピングモールだった。
 ひとつの街とも言っていいほど、何からなにまでそろっていそうな、何棟にも渡る、それはもうすごいところだ。
「時間がありません。あちこち回っている暇はありませんから、ここで一気に済ませます。まずはこの中心の広場に、大きなツリーがありますから、それを見に行きます。そこで一度解散して個別行動とし、三時と五時丁度にツリーの前に集合し、買ったものを見せ合い、足りない物を買いに行きます。それぞれ気に入ったものを、予算内で自由に買って下さってかまいませんが、今回のコンセプトは、『オーソドックスなツリー』です。あまり奇抜なものは選ばないように気をつけて下さい。あと、ライトと雪代わりの綿とベル、それから頂上に差す星は私が用意します。何かわからないことや迷うことがありましたら、今配った通信機で、私に連絡を入れて下さい。十三番隊の皆様は目的が違いますから、ご自由になさって結構ですけど、最後の五時には、同じように集まって下さい。何かご質問は?」
 きびきびした伊勢の采配に、日番谷は感心しながら頷いた。