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ハレルヤ−1

 ここ最近、若い女の子達を中心に少しずつ現世の行事が尸魂界にも浸透してきているようではあったが、今年の波は、すごかった。
 なんと護廷十三隊をあげての大クリスマスパーティーが、公式行事として行われることになったのだ。
(根本的にあのジジイ、ああ見えてミーハーなこと好きなんだよな)
 その問題のクリスマスパーティーについての説明&お達し事項が書かれた書類を眺めながら、日番谷はハアとタメ息をついた。
「なんだい、日番谷隊長。浮かない顔だねえ」
「ははは、クリスマスを知らないんだろう?びっくりするほど楽しいぞ〜」
「そないタメ息なんつかんと。イキなことしよるやん、山じいも」
 京楽、浮竹、市丸と声をかけられて、日番谷は更にうんざりした顔で、ジロリと隣の市丸を睨んだ。
「楽しいかどうかはともかく、少なくともお前がここにいる意味がわからねえ。お前は、向こうの班じゃねえか」
 この大クリスマスパーティーは、総指揮をとる一番隊を除いた十二の隊が二班に分かれ、東と西の広場にそれぞれ巨大なツリーを立て、各隊に役割を分担して、盛大に執り行うことになっていた。
 西の班の料理係が二番隊、九番隊。同じくツリー飾りつけ係が八番隊、十番隊。そして当日の催し物係が七番隊、十三番隊。
 対して東の班の料理係は四番隊と五番隊、ツリー飾りつけ係は六番隊と十二番隊。催し物係が三番隊と十一番隊という役割分担になっていた。
 今は突然決まって大急ぎで準備を進めなくてはならなくなった各隊隊長の、第一回打ち合わせ会議中だった。
「西も東も、どっちでもええやん。やること同じや」
「そんなわけにいくか。今頃、向こうの班は困ってんじゃねえのか、テメエがいなくて」
「もうひとつの催し物係、十一番隊やで。困るかいな」
 十一番と聞いたとたん、皆が顔を見合わせた。
 若干、三番隊が可哀相なのか、十一番隊が可哀相なのか、判断が難しいところだ。
 どちらにしろ、こっちの班でなくてよかったという安堵の空気が、そこはかとなく流れた。
 だが、十一番隊だけに任せたら、それこそ十一番隊色一色になってしまう。
 お祭り好きそうな野郎共が集まっているとはいえ、独特の色を持った隊だ。
 せっかく良い料理、綺麗な飾りつけをしても、当日の演出によって、盛り上がりは大きく変わる。
 他の東の班の隊のことを考えたら、同情を禁じえない気もした。 
「…帰ってあげたら。他の東の班の隊が可哀相だよ」
 トントンと指先で書類を叩きながら、東仙がタメ息と共に言った。
「大丈夫なんちゃう?なるようにしか、ならへんし」
 なんとなくもっともなような気もして、一瞬皆の目が泳いだが、
「それでも決まったからには、それが貴公の仕事なのではないか。大切な仕事をないがしろにするのはよくないと思うぞ」
 狛村も言うが、
「やらなあかんことは、やりますて。別に対抗戦でもないんやから、ボクがここにおったらあかんこともないですやろ?」
 もっともなような、もっともでもないような。
 市丸はにこにこ笑って、な、十番隊長さん、と日番谷に微笑みかけた。
「まあ、邪魔だが面倒だから、無視して続けてさっさと終わらせよう」
 日番谷は冷静に言って、再び書類に目を通す。
 日番谷としては、このクソ忙しい時期によくわからないクリスマスなどという行事なんて面倒なだけで、よその班のことなどどうでもよかったし、もっと言えば、他の係の者とのこんな会議も、どうでもよかった。
 要は顔合わせで、お互いの役割を確認し合うだけのことだ。
 あとは同じ係同士で、さっさと話を進めたい。
「ツリーの位置は、だいたいこのあたり。このぐるっと周りに簡単な屋台をいくつか出して、メインはこの隣の集会場の中で、料理を山ほど用意し、クリスマスソングを流し、ゲームなどを準備すればいいんじゃないかなあ」
 机に広げた大きな地図に指を滑らせ、浮竹が楽しそうに言った。
「異議なし。とにかく山のように料理を用意してやったら満足だろう。うちの副隊長に適当にやらせる」
 砕蜂が、こちらも面倒くさそうに言った。
「料理ならなんでもよいわけでもないと思うな。特別な料理があると聞く。君がそれほど乗り気でないなら、私に任せてもらおうか」
 案外乗り気な東仙が言うのへ、砕蜂が断る理由もない。
「あー、任せた」
「それでは、屋内でゆっくり楽しむ者達向けの料理と、ツリーのそばで軽く食事や飲み物をとる者達向けの屋台のようなもので出せるものを考えておく」
 早くも、料理係の話は進み始めている。
「当日のゲームは、何がいいかなあ。とにかくクリスマスソングは、じゃんじゃんかけないとね。最初は元気のいいものを流して、ある時間になったら、しっとり系に移行させるといいと思うな」
 浮竹も負けじと、催し物の計画を立て始める。
「クリスマスは、恋人達のイベントだからねぇ」
 それに京楽が乗って、ろうそくをたくさん並べて厳かな曲を流すなど、しっとり甘い雰囲気の演出を頼むよ、とデレッと何かを期待するような顔をした。
 それを冷めた目で冷静に聞きながら日番谷は、
(恋人達のイベントて、何だソレ。だったら個人個人が、勝手にやったらいいんじゃねえの?)
 どうせ京楽のことだから、なんでも色恋に絡ませようとしているのだろうが、本当にそんなイベントなのだとしたら、こんなことは本当にバカバカしい。
「春水、日番谷くん、ツリーはうんと豪華で立派で見事な飾りつけをして盛り上げてくれよ?」
「任せておけよ。なあ、日番谷隊長?」
「もちろんだ。やるからには、完璧にやり遂げるぞ」
 クリスマスなどという行事のことはよく知らないが、知識を増やす良い機会でもあると前向きに考えることにして、それなりに調査したり、勉強したりはするつもりだ。
 京楽は色々知っていそうだが、彼自身に好みに偏りがありそうなので、あまり彼の意見ばかり取り入れるのも問題な気がした。
 とはいえ、八番隊の副官は真面目で有能そうだし、おおまかな打ち合わせさえしておけば、あとはお祭り好きな副隊長や、それ以下の若い席官にある程度任せてしまえば大丈夫だろうとも思っていた。
「とりあえず、ツリーって、樅の木なんだろ?まずどこかから、できるだけ大きな…」
 具体的な話に入りかけたところで、荒々しい巨大な霊圧が猛烈な速さで近付いてくるのを感じて、一同が一斉にハッと顔を上げた。
「おい!市丸はいるか!」
 挨拶もなくいきなり開いた扉の向こうから、予想通りの男が顔を出した。
「あら十一番隊長さん、そない血相変えはって、どないしたん?」
 今にも斬りかかってきそうな凶暴な霊圧をぶつけられても平気な顔をしたまま、市丸は落ち着き払って笑いながら、高く上げた手をヒラヒラ振って見せた。
「俺も来たくて来てんじゃねえ!さっさと終わらせてえんだよ、こんな仕事はよお。ったく、どこに消えやがったかと思ったら」
「そら、すんませんなあ。こないなとこまで、わざわざ、おおきに」
 柔らかな身のこなしでゆったりと立ち上がると、市丸は悪びれた様子もなく、すうっと更木の方へ歩いて行った。
「そう思ったら最初から来い!」
「あは。心配してはるんやったら、大丈夫ですよ。クリスマス会なん、ちょうっと灯り暗くして、ええムードの音楽流したったら何とかなりますて」
「俺はもっと派手に男らしく、勢いのいい祭りにするぞ!」
「それはどないですやろか〜」
 東の班の先行きを心配したくなるような会話をしながら、二人は何事もなかったかのように、連れ立って出て行った。
「…えーと。まあ、西は西で、セオリー通りのクリスマス会にしよう。初めて行われる会だから、基本にできるだけ忠実にということで」
 ぽかんと見送った一同の中で、いち早く復活した浮竹が場を取り繕った。
「うむ。儂もハイカラな行事は苦手だが、精一杯尽力させてもらうつもりだ」
 続けて重々しく言った狛村に、皆は口には出さなかったが、催し物係の選び方、十三番隊以外、じいちゃん間違っちゃったんじゃねえの、と密かに思わずにはいられなかった。