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紅蓮−7

 湯気が立つほど怒りながら一番隊を退出すると、市丸がその後ろを、臆面もなくついてきた。
「十番隊長さん、そない怒らんといて。つまらん話は早う終わらせたい思て、ちょう演出してみただけや。怒らせたい思うて言うたわけやないで?」
「うるせえな、失せろ!」
 仕事で思う通りにいかないことがあるということなど、わかっている。自分の力や準備が足りなかったことも、反省すべきことだ。
 そんなことはわかっているから、決まった以上は、弁解など無用だ。
 第一、それを承知でしたことなのだから、今更市丸が日番谷の機嫌をとってくる意味もわからない。
「ほんま、ほんまに、今回の件は、十番隊に行かせたなかったんやて。…モタモタしとる間に、五番隊に話が回ってもあかんし」
「…っ!」
 モタモタしているとは、日番谷のことを言っているのだろうか。五番隊と言えば、納得するとでも思っているのだろうか。
 どこまでコケにしたら気が済むのか。
 日番谷は炎のような目で市丸を睨み上げたが、市丸は本当に申し訳なさそうな、心配そうな顔をしていた。
「怒らんで?そない怒らんで?なあ、ボクの話聞いてや。ボクな、さっきは十番隊長さんに、失礼なこと言うてもうた思うてますねん。…まるで、キミの身体が目当てみたいな言い方してもうた。せやけど、違うんやで?ほんまにボクキミのことが、好きやねん」
「そんなことはどうでもいい。どのみちテメエの戯言に付き合う気はねえ」
 今の任務の話だけでも腹が立つのに、もっと前のムカつく話にまで、戻ってくれた。
 ますますバカにされたみたいで日番谷が吐き捨てるように言うと、
「やっぱり怒っとる!堪忍してや、ボク、今まで誰かを好きになったこと、ないねん。どうやって気持ち伝えてええのか、わからんかったんや。男同士や思うて、ストレートに言い過ぎましたわ。ほんま、ほんま堪忍な。許したってや」
「お前な」
 あまりに必死な様子にさすがに呆れて、日番谷はとうとう足を止めた。
 さっきの市丸とは、まるで別人のようだ。
「そんなことはどうでもいいって、さっきから言ってるだろう。言い方とかそういう問題じゃねえんだよ」
「わあ、足止めてくれはった!嬉しいわぁ。おおきに。さっきはごめんな、ほんまに反省してますから、ご機嫌直してな?」
 けんもほろろな答えを返しているというのに、市丸は日番谷が足を止めただけで心底安堵したように喜び、ゴメンな、堪忍な、を繰り返した。
「どないしたら十番隊長さんに振り向いてもらえるのか、さっぱりわからへん。ボクなりに大事に思うてしたことなんやけど、間違うてるやろか?どないしたら、心開いてくれるんやろ?」
 思わず耳を疑うセリフだ。
 間違うてるやろか、とは。
 一体何をどうしたらあれが正しいと思えるのか、こちらが聞きたいくらいだった。
「永遠にありえねえ。テメエ、俺が喜ぶようなこと、一度でもしたことあったっけか?」
「えっ、一度もありませんの?こない尽くしてますのに?」
「どこがだ。お前、根本的に色々やり直した方がいいぞ」
 容赦なく言うと、市丸は見るからにしょんぼりと肩を落として、
「そないダメでしたやろか…?せやったら、もしもそれでキミが満足なんやったら、今回の件、キミのために三番隊は下ろさせてもらってもええですけど…」
 突然殊勝に言ってくるが、そう思うなら、最初からするなと言いたい。
「今更そんなこと言われても、嬉しくもなんともねえんだよ。もう決まったことだ。せいぜい立派にやり遂げろ」
「…ボクの秘蔵の情報を教えたったら、十番隊の仕事になるかもしれませんけども」
「なにっ?」
 まだそんなものを隠し持っていたのか。
 今更色々言うのも嫌だが、情報はあるに越したことはない。
 実際に十番隊の仕事になるかどうかはともかく、市丸が何を知っているのかには、興味が湧いた。
 日番谷のその反応を見て、市丸は嬉しそうに顔を輝かせた。
「これでご機嫌直してくれはる?」
「最初から言わねえところにムカついてんだよ。さっさと言えよ」
 さりげなく伸びてきた手を叩き落して言うと、市丸は叩き落された手を、それでも嬉しそうに見た。
「柔らかくて可愛えお手々や〜。どないしよう〜vv、今日はもう、この手洗われへん」
 ぶっ叩いているのに、柔らかいはずもないだろう。
 それに、そんなことを嬉しそうに言われても、怖い。
 何より可愛いお手々と言われて、嬉しいわけもない。
「バカなこと喜んでねえで、早く言えよ」
「ふふふ、ほんまに怒った顔も可愛えねぇ」
 溶け落ちるのではないかと思うほどデレッとした顔をして、市丸は日番谷の欲しい答えをいっこうに言う様子もなく、うっとりと言った。
「バカにしてんのか、テメエ」
「してへんよ。…あんな?あんな、日番谷はん?」
「なんだよ?」
 市丸は爪先で円を描くようにくるくると回しながら、
「ほんまに、ほんまに好きやで、日番谷はん」
 そう口にするだけで幸せだとでもいうように、市丸は恥らうように言った。
 あまりのことにあんぐりと口を開けかけて、日番谷はキッと市丸を睨んだ。
「くだらねえこと言ってねえで、さっさと言えって言ってんだろ!」
 そこでようやく市丸は、
「うん、…せやけど、こんなところでもなんやから」
 大事そうに叩かれた手を握り締めながら、市丸は周りを気にするように見て、
「…ボクのお部屋で、ゆっくりお話しましょ?」
 それが狙いか!と瞬時に思って、日番谷はカッと頭に血を上らせた。
 今回はそれを抑えて冷まさねばならないような場でもない。
「死ね!」
 言って力の限り向こう脛を蹴り飛ばしてやって、日番谷はまたくるりと市丸に背を向けた。
 今度は後ろでどんな悲鳴が聞こえても、どんなに機嫌をとってきても、決して立ち止まってはやらなかった。