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紅蓮−6

 市丸が本当に日番谷に想いを寄せているとしたら、その虚討伐に日番谷を行かせたくないというのもわからなくはないし、その討伐で生きては帰れない可能性も、確かにあった。
 それくらい今回の虚は、厄介だった。
 空間を切り裂き、神出鬼没に現れるそれが外界と繋がるのは、その口のみだ。
 中へ飛び込んで戦おうにも、その中は霊力を際限なく吸収し尽くす空間で、その体液で霊体までも溶かされてしまう。
 それでも日番谷には考えがあって、そのために十二番隊に力を貸してもらおうとしていたのだが、その前に三番隊に動かれては、どうしようもなかった。
 このまま三番隊の仕事になりましたと言われて、ハイそうですかなんて言ってやるつもりはない。
 日番谷は市丸と別れたそのままの足で、一番隊に向かった。
 もちろん、市丸と同じく直談判だ。
 山本は日番谷の来訪を予期していたようだった。
「お主がここに来たということは、やはり市丸は説得に失敗したようじゃの」
「説得?!」
「今回の件を三番隊で引き受けたいという話を持って来て、お主には自分から話してみるからと言っておったが…。そうじゃったのう、市丸や?隠れておらず、出て参れ」
 山本の言葉に驚いてバッと振り向くと、扉が重い音を立て、ゆっくりと開いた。
「さすが、なんでもお見通しですなあ。すんません、声かけよ思たんですけど、お話中やったもんですから」
 しゃあしゃあと言って、悪びれもせず、市丸が入ってきた。
「こんばんは、十番隊長さん。先ほどは、どうも」
「市丸!」
 さっきの今で、どの面下げて来たかと思ったら、全く堂々としたものだ。
 ゆったりと歩いて来て、日番谷の隣に立ち、軽く会釈をして微笑みかけてくる。
 カッと頭に血が上りそうになるのを、日番谷はどうにかぐっと堪えた。
「して、日番谷隊長。お主はその虚に対してどのような策を立てておる?」
 二人が揃うと、山本は二人をじっと見てから、日番谷に言った。
 日番谷は冷静になるために一度深呼吸をしてから、
「今回の虚で厄介な点は、そいつの口のみが直接現世につながるため、斬るべき身体が現れないこと、口を閉じるだけで消えてしまうこと、その口の中へ死神を吸い込む力があること、そして吸い込んだ死神の霊力・霊体を吸収分解する強力な力があること、そのために斬魄刀が効かないかもしれないということ」
 一度そこで切って、山本の表情を確認してから、
「…今、十二番隊に依頼して、特別な道具を作ってもらっています。斬魄刀から霊気を奪われることなく霊気で相手を斬ることのできる道具です」
 市丸の前で、あまり詳しく話したくない。日番谷がざっと話すと、山本は即座に、
「その特別な道具は、いつできる予定か?」
「…それは…」
 痛いところを突かれて日番谷が言い淀むと、
「斬魄刀が効かないという話じゃが、市丸はどうじゃ?先の話、そのままでよいのか?」
 山本が今度は市丸に話を振った。
 市丸は悠然と笑ったまま、
「仮にも十番隊の隊長さんともあろうお方が、斬魄刀が効かへんなん、笑わせてもろたら困りますわ。そない弱気なんやったら、やっぱり止めといた方がええんちゃいますか?」
 バカにするように言われて、日番谷はカッときたが、
「…強気なのと無謀なのは、別問題だ。相手の力を侮って、霊力だけを頼みに無策で討伐に行くのでは、徒に相手に霊力を分け与えてしまうだけになりかねない。それはその後の討伐を更に困難かつ危険なものにするだけだ」
 冷静に言うと、市丸も冷静に、
「討伐が遅くなればなるほど、今にも新たに死神が食われて、力をつけてしまうかもしれませんからねえ。いつできるともわからない十番隊さんの案よりも、今すぐにでも可能性のある手を打った方がええと思いますわ」
 やはり日番谷の一番弱いところを突いてきた。
 日番谷は再び息を吐いてから、
「それでは三番隊には、どれくらいの勝算があってそこまで言うのか聞かせてもらおう」
 低く言うと、市丸は意味ありげに、にたりと笑った。
「ほんまはこれは他隊には話されへん貴重な情報なんですけども、この際お話しましょか」
 そう言うともったいぶって一呼吸おき、
「その虚が現世とつながるのは口の中だけやいう話やけど、その口が開いた奥に、核があるようなんですよ」
「核?」
「どないな言葉が一番合うてるかわかりませんけども、死神吸い込む力発動される瞬間、パッと光ったらしいですわ。ボクはその核が、自分の口を現世と結んだり、死神吸い込む力を発動する基やないか思うてますんや。もちろん保障はあらしません。でも試してみる価値はある思いますねん。それには皆さんの斬魄刀では、短すぎます。死神吸い込む力がなんぼあっても、ボクの神鎗なら、遠くから射抜けますから。ここはぜひとも、三番隊に任せてもらいたいんですわ」
 そんな情報を持っていながら、日番谷には何も知らないような顔をして黙っていたのだ。
 それを聞いて、日番谷の目がますます吊り上がった。
「遠距離からの攻撃くらい、テメエの斬魄刀でなくても、できるっ!」
 思わず言うと、
「もちろんです。せやけど、はっきり言わせてもらいますと、遠距離攻撃が可能などなたの斬魄刀も、スピードが足りませんな」
 ズバッと切り捨てて、市丸は鷹揚に微笑んだ。
「奴が口を開くや否や、力を発動する前、又はこちらの攻撃に気付いて口を閉じて逃げられる前に仕留める必要がありますからね」
 なんと市丸は先に三番隊がみつけたという早い者勝ちの力尽くな権利の主張ではなく、隠し持っていた情報と、それに基づくきちんとした勝算を用意していた。
 もちろん山本を頷かせたのだから、それくらいはあってくれないと困るのだが、日番谷は思わずギリリと奥歯を噛み締めた。
 しかも市丸は説明を終えると、日番谷を見下ろしたように笑って、
「…まあ、自分の隊の隊員に死傷者が出て、何が何でも討伐に行きたい気持ちはわかりますけども。…虚退治は弔い合戦やあらしませんからねぇ。より確実でより早い手を、順次打っていく必要がある思います」
 まるで子供が私情で討伐の権利を主張していると言わんばかりの言われ方に、握り締めた拳が、ブルブル震えた。
「…まあ、ボクの手ェで失敗しましたら、お次は十番隊にお願いしますよって、そちらの用意は、そのまま続けられたらええのとちゃいますか?」
 更に屈辱的な言われ方をしても、すぐに動けないことはどうしようもないので、反論のしようもなかった。
「事実、何人もの犠牲が出ている今、早急に打てる手があるのならば、優先しない理由もなし。この件、三番隊に申し付ける。ただし、十番隊も考えあって準備を進めている様子、三番隊の結果によっては次なる手として任務が下ることもある故、引き続き、準備を進めるように」
 山本に言われては、日番谷も承諾しないわけにはいかなかった。