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紅蓮−26
十二番隊の通信局に着くと、日番谷は通信機を渡してくれた部署に向かった。
その途中でも、何やらやたらと見られているような気はしていたが、部屋に入ったとたん、きゃあと女の子達の黄色い声が上がったのを聞いて、びっくりした。
日番谷は密かに女性死神達に人気はあったが、本人はそんなことは知らないから、てっきり後ろの市丸が人気があるのだと思って、少しムッとした。
(なんでこんな奴が人気あるんだよ。やっぱり背が高いからか?俺だって今後、こいつくらい高くなる…可能性を秘めているんだからな?)
心で思うだけなのだから、高くなると言い切ればいいのに、日番谷はつい遠慮がちにそう思った。
市丸が女の子達に人気があること自体も、おもしろくなかった。
しかし後ろの市丸は平然とした顔で、
「はぁぁ、女の子の考えることは、ようわかりませんねえ。何がそない、おもろいんやろねえ?まあ、応援してくれるんは、嬉しいけども」
ちょっと意味のわからないことを言った。
「…別に、おもしろいわけではないだろう」
面白くないのは、自分だが。
ムッとした顔のまま手近な女の子に声をかけ、借りたままだった通信機を返そうとすると、
「いえっ、それは記念にそのまま、日番谷隊長が持っていて下さって結構です!市丸隊長の通信機も、吉良副隊長が返しにいらっしゃいましたが、これ、お返しします!専用回線にしておきましたし、もう誰も傍受していませんから、大丈夫です!」
「えっ、ほんま?気ィ利くね、キミら。おおきに」
記念?専用回線?傍受?
市丸は即座に礼を言って受け取っていたが、?がたくさん並んだ後、日番谷の頬が、カッと熱くなった。
もうしていないということは、前はしていたということだ。
つまり、日番谷が現世にいた市丸とこっそり話していた内容も、全て聞かれていたということだ。
一方的とはいえ遠距離恋愛中のカップルのような、恥ずかしい通信内容を。
どうりで涅があれほどスピーディに現れ、色々と知っていたわけだ。
そしてまさか、今自分達を見て、女の子達が騒いでいるわけは…、市丸がモテているわけではないらしいことはホッとしたが、自分達はデキていると思われているようだった。
その通りなのだが。
(ぎゃーッ!)
気がついたとたん叫び出し、市丸を張り倒して逃げたくなったが、一隊長としてそんな真似はできなかった。
よく考えもせず、市丸と二人で来てしまったのは、マズかった。どう見ても市丸は十二番隊に用があって来たわけではなく、完全に日番谷のお供で来ているからだ。
意味もない二人セット。いつでもどこでも仲良く一緒の二人。用もないのに日番谷についてきちゃった市丸。
色んな言葉がグルグル頭を回って、パニック寸前だ。
「な…なんだその記念てのは!市丸、テメエ、何喜んで受け取ってンだよ、返せよ!」
怒りの矛先は、やっぱり市丸だった。
だいたいこの男は、どうやらそう思われていることを知っていながら、堂々と日番谷についてきたのだ。
日番谷と市丸の愛の通信機と言われたも同然の渡され方をして、喜んで受け取っているのだ。
「ん〜、やってせっかくこう言うてくれとるんやし、淋しい夜に活躍するかもしれへんやん」
デキちゃっているのは事実だが、通信を傍受された時点では誤解だったのだし、そうでなくてもここはごまかしてくれてもいいところだ。それなのに市丸は、ごまかすどころか、煽るようなことを平然と言ってのけた。
もちろんまた遠くの方で、きゃーという喜びの声が上がった。
「何が淋しい夜だ!俺は使わねえぞ、こんなもの!」
「ぐおっ!」
怒って思わず市丸の腹に肘鉄を入れると、またしても何故かそこで黄色い声が上がった。
「い、市丸隊長、よけなかったわ!」
「怒らないわ!」
小さく聞こえてくるそんな声に、眩暈がする思いだった。
確かに市丸はよけようと思えばよけられるはずだが、日番谷のこういう攻撃は、よけようとした試しもない。
もちろん、怒ったこともない。
むしろ嬉しそうですらある。
なぜなら市丸は、そうされて当然のことをしているからで、そうされることを承知でやっているからで、日番谷に本気で怒るなどということを、するわけがないからだ。なぜならこれは単なる二人のコミュニケーションで、じゃれあいで、今となっては、イチャ…
そこまで考えて、カ〜ッと顔が熱くなった。
「もう、いい!とにかくこれ、いらねえから!」
何を言っても何をしても、市丸と一緒にいる限り、更なるドツボにハマッてゆくことは、間違いなかった。
押し付けるように通信機を返して、日番谷は逃げるように通信局を飛び出した。
「あ、十番隊長さん、ちょう待ちい!」
もちろんそんな言葉で立ち止まったり振り返ったりはしなかった。
最悪だ。
帰ってすぐに返しに来ていれば、堂々と否定できたのに。すぐさま強く強く否定していれば、その後市丸とどうにかなったとしても、せいぜい疑惑で済んだはずなのに。
そうしなかったのは、日番谷がいつまでも通信機を放さなかったからで、放さなかったのは、……考えたくもないけれど、通信機ごしに聞いた市丸の声に、捕まっていたからだ。市丸の真実が知りたくて、通信機の向こうにそれがあるような錯覚がして、持っていたからといって何の役にも立たないのに、放せなかったのだ。
自分の失態や、認めたくない恥ずかしい感情まで目の前に突きつけられたような気がして、嫌になってしまう。
市丸と一線を越えてしまった以上今更なのだが、あまりに急激な関係と感情の変化に、理性が全然追いつかない。
十二番隊の敷地から出てひと気のないところまで来ると、日番谷はようやく足を止めた。
もうとっくに追いついている市丸も、そこでようやく姿を現した。
「そない恥ずかしがらんでも、放っておいたらええやん。あの子ら、ボクらになぁんも関係あれへんで?」
「うるさいな。もう帰れよ、テメエ」
そんな言葉を投げても、市丸が本当に帰ったりしないことを承知で、日番谷は言った。
そこで帰るような市丸だったら、もうとっくに日番谷のことは諦めていただろうし、日番谷だって、捕まったりはしなかった。
そしてやっぱり市丸は帰ったりしないで、懐から何かを取り出した。
「日番谷はんの通信機、ボクが受け取っといたで。ほら、持っとり?」
先ほど十二番隊の女の子に返したはずの通信機を、市丸が差し出してくる。
そんなことをしたら、ますますあの二人はデキているんだと思われてしまうのに。
「いらねえ」
きっぱりと言うが、市丸はやっぱり、それくらいでは引かなかった。
「ええから、せっかくやし、持っとりぃて。今どきの恋人同士の必須アイテムやで?」
「いらねえって」
「そう言わんと、考えてみいや。これからお付き合いしてゆく間に、会えん日もあるやろうし、素直やないキミが面と向かっては言えへんこともあるやろうし、すれ違いがあって相手の気持ちを確かめたくなることもあるやろうし、そん時これが、大活躍や。現世どころか虚の腹の中までつながった、十二番隊の技術の粋を集めて作られた、優れモンやで。大切に使わせてもらお?」
「こんなのまで使って、テメエと話すこともねえよ」
思わずきつく言ってしまうと、市丸は少し悲しそうな顔をした。
今までだったら、市丸はそんな顔をしたりはしなかったし、日番谷もそんな顔を見せられて動揺したりはしなかっただろう。
市丸はそんな感情は押し隠して平然とした顔をしていたし、そんな市丸に、日番谷も心を開くことをしなかった。
何を言っても平気な顔をしているのは、自分を対等に思っていないか、市丸こそが心を開いていないからだと思っていたのだ。
生身の感情を見せる市丸に、心を痛めたようなその表情に、日番谷は胸が苦しくなるような思いがした。
それでも一度突っぱねてしまった以上、そう簡単に態度を変えることなど日番谷にはできない。
ぎゅっと唇を噛み締めたまま睨みつけていると、市丸はふいに目の前に膝をついて、日番谷の両手を取った。
「そない怖いお顔しても、騙されへんよ。前はボクを見る時その可愛えお目々にキライて書いてあったけど、今はもう、好きて書いてあるで?」
「…書いてねえよ」