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紅蓮−25

 日番谷が執務室で黙々と書類を片付けていると、浮かれた霊圧がスキップをするように、近付いてきた。
 松本がハッと顔を上げ、チラリと日番谷を見る。
 日番谷も頷いて、何事もなかったかのように再び筆を動かした。
「こんにちは〜、市丸です〜♪本日ようやくお許しが出て、四番隊から解放されました〜♪」
 思った通りの男が上機嫌で顔を出すのを見て、松本はにっこりと微笑んで立ち上がると、
「市丸隊長、いらっしゃい〜♪退院されるの、今か今かと待ってましたよ〜♪」
「その割には乱菊は、お見舞いにも来てくれへんかったね?」
「行った時は面会謝絶だったのよ〜。その後は、色々忙しくてvv」
 わざとらしい会話を交わしながら、松本はにこにこと手を出すと、
「現世の任務、お疲れ様♪で、通行料は?」
 お土産とすら言わず、堂々と言った。
 さすがの日番谷も、ちょっと市丸が可哀相な気がしたが、市丸本人は気にした様子もなく、
「バッチリや!第三希望まで、買うてきたったで!」
「さすが市丸隊長〜!素敵〜んvv」
 言って松本は、差し出されたお土産を、奪い取るように受け取った。
「じゃ、どうぞ、日番谷隊長とお話されて下さい♪」
(なんだ、そりゃ?)
 眉間のしわをいっそう深くして、日番谷は二人の大人を睨み上げた。
 松本の許しを得た市丸はいそいそと日番谷のところにやってくると、
「十番隊長さんにも、色々お土産買うてきてんで♪」
「いらん」
 即座に断るが、市丸はやっぱり気にした様子もなく、持って来た袋の中から包みを取り出し、ハイ、と渡してくる。
「…あ、りがとう…」
 お行儀のよい日番谷は、渡されると反射的にお礼を言ってしまい、チッと舌を打った。
 どうせロクでもないものだろうと思いながら開けてみると、フリルとレースのたくさんついた、変な布が出てきた。
「…なんだ、これ?」
「現世で使われとる、ハートのエプロンや〜vv素肌に直接着るのがセオリーやでェ、…ぐほっ!」
 やっぱりロクでもなかったと思い、礼を言ったのが損したような気分になってムカついて、日番谷は容赦なく、その腹に一発入れた。
「ウ、ウソです、ゴメンナサイ…ほんまのお土産は、こっち…」
「いらん」
「そう言わんと、受け取ってや〜」
 いつもの日番谷だったら、この流れで絶対に受け取ったりはしないのだが、市丸の悲しそうな顔に負けて、ついうっかり受け取ってしまった。
「また変なもんだったら、コロス」
「またって、さっきのお土産もけっこうイケてる思うてますんやけど」
 平然と言う市丸をジロッと睨んで次の包みを開けると、また布が出てきた。
 どうやら長袖の前開きの服っぽい形をしていて、今度は真っ白で、飾り気のないデザインだった。
「…なんだ、コレ…」
「シャツゆう現世の人間の着る普通の服や」
「それはともかく、なんだこのサイズは。ケンカ売ってんのか?」
「それは、ボクのサイズやから」
 含みを込めるように笑って、市丸が意味ありげに言った。
「テメエのサイズなら、テメエが着ろよ!バカにしてんのか!」
 こんなものを自分が着たら、ブカブカだ。袖も余って、長さも余って、一枚で膝ほども丈がきてしまう。
「そこがええんやん〜。部屋着にしたったら、一枚でも丁度ええやろ?」
「死ね」
 狙いはよくわからなかったが、変な意味合いが含まれていることだけは感じとって、日番谷はまた容赦なく、腹に蹴りを入れた。
「なんで怒るんや〜!めっちゃスイートなお土産やん〜!」
「黙れ、変態」
「それもダメなら、こっちがほんまの…」
「もう、いらねえってば!それより俺は、十二番隊に行って来る。松本、帰って来るまでに、その書類上げとけよ?」
「ええ〜っ、ゆっくり行って来て下さいねー!」
「ほな、ボクも行こう♪」
「テメエは帰れ!」
 乱暴に言うが、本当はちょっとだけ、ついて来ると言うだろうな、と思って言った。
 病室から抜け出してきていたくせに、朝まで堂々と居座っていた図々しい男を追い出してから、彼と会うのは初めてだったからだ。
 ふたりきりになりたい気もしたが、あまり長い時間いるのは心配だったので、十二番隊までの距離くらいが丁度いいと思った。
 少し後ろをついてくる男の霊圧はエネルギーに満ち満ちていて、あの頃のそれがウソのように、揺るぎなく安定していた。
 本人もご機嫌で、胡散臭さは相変らずだったが、背筋を凍らせるほどの毒気とは無縁にすら見える。
 相手はあの市丸なのに、一緒にいるといつも感じた、ヒリヒリするような緊張感と危険信号は、日番谷の中でいつの間にか、ホッとするような安心感に変わりつつあるような気がした。
 市丸なのに。
「…腕は、大丈夫なのか?」
「うん、バッチリや。さすが卯の花はんやで。まだもう少し通わなあかんらしいけども、痛みはすっかりのうなったし」
「そうか、よかった」
 チラッと振り返ると、すぐに市丸と目が合った。
 それが許可の合図だと思われたのか、大人しく後ろを歩いていたのに、いそいそと横に並んで歩き出す。
 図々しくも手までつなごうと伸びてきた手は、容赦なく払いのけた。
「なんや〜、ひーくんはテレ屋さんやね。誰も見てへんよ?」
「だからひーくんてのヤメロ。軽々しく手とかつなごうとすんのも、ヤメロ」
「せやったら、抱っこやったらええ?」
「いいわけあるか!手つなぐのダメつってるのに、抱っこがいいってどういう基準だ!」
「抱っこやったら、お顔が見えるもん」
 どこまでも、自分の欲望を基準に考える男だ。
「テメエわかってんのか、俺は隊長だぞ!ふざけるのもいい加減にしとけ!」
 それに、抱っこなんてされた日には、顔が近すぎてこっちがヤバい。顔が見えなくて、近くにいてくれるこの並びが、一番いいように思う。
「どうやらこれは、今後の課題やね。近くにおるのにその可愛えお顔も見れへん、手ェも握れへんなん、耐えられへん。なんとかする方法、よう考えときますわ」
「アホなこと考えて時間使ってんじゃねえよ。顔なんか見えなくたって、」
 こんなにそばにいたら、十分じゃないか。
 本来三番隊の隊長と十番隊の隊長なんて、顔を合わせることすら、滅多にないことなんだ。
 だが市丸は日番谷の言葉を最後まで聞く前に、
「キミの可愛えお顔見れへんやったら、ボク死んでまう」
 どきっぱりと、バカなことを真顔で言った。
「お前なあ、」
 呆れてチラッと見ると、市丸は真剣な顔で、本気で対策を考えているようだった。
 ハアとタメ息をつくと、その手がそっと伸びてきて、顔は真剣に前を向いたまま、何気ない仕草で、日番谷の肩をそっと抱き寄せてきた。
「…遠回りしよか。誰も通らん秘密の道知ってんねん」
 エスコートするように軽く添えるように置かれた手はそんなに不快なものではなくて、日番谷は黙ったまま、その大きな手に従った。