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紅蓮−11

 次の日日番谷は早々に技術開発局に行くと、阿近を探した。
「あっ、日番谷隊長、いいところにいらっしゃいました。丁度今朝早く、試作品が完成したところですよ」
「試作品か。出来具合は、どうだ?」
「まずまずです。これを斬魄刀の束に付けてみて下さい」
 布のようなものを渡されて、言われた通り氷輪丸の束に巻くと、何かがすうっと身体を覆ったような感じがした。
「…なんか、窮屈な感じがする…」
「隊長が無意識に放出している霊力も保護されてしまうからです。布の端に霊力を食らうモノを植え付けてありますので、通常時に中で霊気がパンクすることはありませんが、日番谷隊長が中から意識的に放出することもできますので、そのやり方は今から覚えてください」
「わかった」
「奴の口の中に入った状態で戦うことを想定してみますと、まず、唾液や呼気による霊体の分解という攻撃を防ぐ必要があります。その力は、ある程度は霊力の強さで無効にしてしまうことはできますが、長時間口の中にいる場合や、直接触れ続けるような状態では、限界があります。そして何より奴が恐ろしいのは、その霊力を吸収する力です。威力は未知数ですが、奴は防御のための霊力も吸い込んで、自分のエネルギーにしてしまうわけですから、身を守るための霊力が、相手に力を与えることになってしまう。霊力ではないもので、身体をガードする必要があります」
「それがこれか」
「そうです。これはまず、目に見えないバリアのようなもので身体を覆いますので、短時間ならば霊力を使わなくても、消化液からは完全に保護されます」
「どれくらいの時間だ?」
「そうですね、まだ試作品ですから。…せいぜいもって、三十分」
「充分だ」
 あっさりと、日番谷は答えた。
 阿近はじっとその顔を見てから、続けた。
「それから、霊力を吸い上げられることも、ある程度ガードできます。勿論斬魄刀も、守られます。ただし、それがどれくらいかと言われると、相手の力がはっきりわからない以上、確かな答えはできません。核という弱点があるのが確かなら、確実にそこだけを狙って一瞬で決するべきでしょう」
「ああ。核の場所が口の奥で、奴の口に死神を吸い込む能力があるのだから、吸い込まれながらその核を狙えれば、一番いいわけだ。とりあえずお前のこれで、呼気や唾液で霊力を分解される心配はないわけだし」
 日番谷が言うと、阿近は眉を寄せて、
「日番谷隊長、隊長がこれを使う時は、市丸隊長が討伐に失敗した時です。それはつまり、虚が市丸隊長の霊力をもくらって、予想不可能なほど強大になっている状態であるということです。くれぐれも、力だけを頼りに遮二無二向かってゆくようなことは、されないようにして下さい」
「市丸の霊力か…」
 強大な霊力を食い尽くすには、強大なタンクが必要だ。
 ましてや吸収した力を自らの力として即座に使用するためには、相当に性能のいい、エネルギー置換の能力が必要だ。
 隊長格の死神の霊力を食い尽くすことができるほどの能力は、今はまだないに違いない…、いや、そう思いたいだけかもしれないが。
 市丸は今日、虚退治を決行すると言っていた。
 今にもそれが始まっているかもしれないと思うと、落ち着かない気分になる。
「…これつけてると、確かに霊力の放出にコツが要りそうだな。試し斬りできるものはないか?」
「…それでしたら、地下に」
 身体の奥からとめどなく霊力が湧いてきては、外に放出されずに布の中に吸収されてゆくのを、リアルに感じた。
 こんなもの、使う機会などなければいい。
 そう思いながらも、氷輪丸を握り締める手に、知らず知らず力がこもった。



 十番隊に戻ると、松本があられをつまみながら、護廷十三隊の回覧雑誌を読んでいた。
「平和ですね、隊長」
「…ああ」
「三番隊からの連絡は、ちっとも入りませんね」
「……ああ」
「あいつ、お土産忘れてないといいんだけど。あたしが頼んだシャネルの香水、ちゃんとゲットしたかしら?」
「お前、ちゃっかりそんなもん頼んでたのか?いつ頼んだんだよ?!」
「いつどこに行ってもお土産買ってくるように言ってあるんです。現世に行った場合のリストも渡してありますから。忘れたらもう絶対十番隊には立入り禁止って言ってありますから、絶対に忘れないと思います」
 確かに、忘れていなかった。
 市丸との通信の細部については一切話していないから、その話も松本にはしていないけれども。
 なんとなく脱力して、日番谷はタメ息をついた。
「十番隊の任務ブン取っていったんだから、隊長も何か欲しいもの言っておけばよかったのに。何も言わないと、あいつ絶対ロクでもないもの買ってきますよ?ネコ耳とかメイド服とか、スクール水着とか」
「あいつからの土産なんか、受け取るか」
「いいじゃないですか、あいつ、金は持ってるんですから、使わせれば。今からでも遅くないですから、通信文でも送っておいたらどうですか?そこのソファ用に、毛皮の掛け物なんてあったらいいと思いません?」
「欲しけりゃお前が頼めよ」
「隊長が頼んだ方が、上等なもの買ってくるに決まってますもん。あ、そうだ。あたしが隊長の名前で、ギンにおねだり文送っておいていいですか?」
「絶対ヤメロ!」
 そうでなくてもまさに今、戦っている最中かもしれないのだ。
 くだらない邪魔を入れるようなことは、したくない。
 今日の決戦のことは松本にも言ってあるのだが、松本は日番谷よりもよっぽど、落ち着き払っていた。
 日番谷だって、この妙な胸騒ぎさえしなければ、市丸のことなど気にしたくなんか、ないのに。
「ところで、十二番隊の方は、どうでした?」
「ああ、試作品を見せてもらった。どこまで通用するかはわからないが、とにかく重要なのは、一撃必殺だ。奴の口に飛び込んで、一瞬で霊圧を高めて攻撃する。それまでの間霊力が守られれば、十分だ」
 本当は市丸が無事任務を遂行して帰って来れば、そんなものを使う必要はなくなるのだが。
 それでも何かせずにはいられなくて、午後からは通信機ごしに聞いたあの音を頼りに、街の方へ行って鈴を探してくる予定だった。