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紅蓮−10

「…じゃあな、市丸。死ぬ時は、せいぜい隊長の名に恥じない死に方しろよ?」
『あ、あ、切らんといて!そっちはどうなん?昨日はよう寝れた?ボクの夢みた?』
「ひとりで夢みてろ」
 容赦なく言い捨てて今度こそ本当に通信を切り、日番谷はタメ息をついて、通信機を放り投げた。
 得たい情報はほとんど得られず、終始市丸のペースで言いたいことを言われるばかりで、何一つ残らない。
 それは普段市丸と対している時と、同じ空しさだ。
 市丸といるとあらゆるものを奪われてゆくような気がして、焦燥感や危機感をやたらと感じる。
 それでも今晩市丸から通信が入ったら、きっと自分はとらずにはおれないだろう。
 きっとまた得られるものは何もないような会話になって、途中で腹が立って切ってしまうに違いないのに。
(…あ〜…)
 日番谷は背伸びをして空を仰ぎ見て、市丸はどんな情報を持っていて、何を考えているのだろうと思った。



 別に市丸に言われたからというわけでもなく、日番谷は仕事を終えると普通に部屋に戻って普通に風呂に入り、いくつか報告書を読みながら、普通に布団に入った。
 いつ虚が現れるのかわからないし、本当に連絡がくるのかも怪しかったが、日番谷がウトウトしかけた頃、ようやく通信機が鳴り出した。
(ウワ、びっくりした!)
 なかば忘れかけていた日番谷は驚いて、慌てて発声練習をし、寝惚けた声になっていないことを確認してから、通信機を取った。
「…日番谷だ」
『ひーくん?…ボク。遅くなってもうて、堪忍な?これがなかなかイヅルの目ェ、厳しゅうて』
 通信機の向こうから、少し抑えた市丸の声がした。
「誰がひーくんだ。別に吉良の前で堂々と話せばいいだろ、仕事の話なんだから」
『怒ってはるんやね?待たせてもうたから。ゴメンな?でももう一人やから、遠慮なくゆっくり話せるで?』
 相変らず、人の話を聞かない男だ。
 こんな男と長いこと話していたら、脳が溶けてしまいそうだ。
「今こうやって報告入れてくるってことは、まだ虚は現れないんだな?」
『早う虚倒してキミのところに帰りたいんやけど、こうやって話すのも、ドキドキしますね?』
「じゃ、また明日だな。早く寝て、明日に備えろ」
 市丸の真似をして、日番谷も自分の言いたいことだけを言って切ろうとすると、
『もう切ってまうの?とっときの情報、聞きたないの?』
 また、思わせぶりなことを言う。
「話す気ないくせに、もうその手には乗らねえ」
『…今、一人ですか?誰もこの話、聞いてへんよね?』
「…ああ」
『キミの部屋なん?』
「ああ」
『ボクもあまり大きな声出されへんから、小さな声で言いますけども、一回で聞き取ってや?』
「わかったから、言え」
 ようやく話すかと思って、息を詰めて耳を澄ませると、
『チュッvv』
「うわあっ!」
 モロに聞いてしまい、思わず通信機を放り投げてしまった。
「腐る、腐る、耳が腐る!」
 通信機の向こうで市丸が何か言っていたが、しばらくそれを拾い上げることもできず、屈辱と寒気に身体を震わせながら迂闊な自分を呪った。
 それでも拾い上げて通信を切らないと、いつまでも市丸とつながっていると思うとそれも嫌だ。
 相当ためらってからようやくそれを拾い上げ、速攻切ろうとしたが、
『日番谷はん?ホントの情報、これからやで?厳選した二つの情報があるんや!』
 必死に言っている市丸の声が聞こえた。
 どうせウソだろうとも思ったが、言うと言っている情報は、とりあえず聞いておいてもいいと思った。
「…十秒以内で言え」
 日番谷が答えると、市丸はホッとしたように、
『ああ、大事な情報これからやのに、どないしよう思うたわ〜』
「いいから、言え。早く。十秒以内に言わないと、切る」
『嬉しい情報と悲しい情報があるんやけど』
「悲しい情報を言え」
『日番谷はんも、おいしいもんは後に残しておくタイプなん?』
「テメエの嬉しい情報は、どうせロクでもねえから聞かねえ」
『いやいやいや、キミも絶対、嬉しい思うと思うわ。せやけど、順番的に、悲しい情報が先の方がええね』
「わかったから、早く」
『あんな、出発前にキミに触ってもろたところ、今日とうとう洗わされてもうてん。ゴメンな?』
「は?」
『離れていても、日番谷はんの温もり大事に、時々口付けしてみたりしながらそばにおれん切なさに耐えよう思うとったんに、ひどい話やろ?』
「…何日経ったと思ってる…?いや、そんな話が情報なのか…?」
 また、くだらない変態話を聞かされてしまった。
 つくずく情けなくなって、今度こそ切ろうとしたが、
『あと嬉しい情報な?…こっちに来て顔見れんようなってから、前以上にキミのことばかり考えてまうんよ。キミの連絡はほんま嬉しかったけど、声聞いたらますますこれ以上我慢できへんようになってもうたから、虚退治な、明日決行することに決めたで』
「え、決めたって、…虚が現れないと、どうしようもないんだろ…?」
『…あの虚呼び寄せる方法、知ってますねん』
「なんだとっ?!なんでお前、そんなこと知ってるんだよっ?!」
『情報源は三番隊の秘密やから、教えられませんなぁ』
「呼び寄せる方法知ってんなら、今まで何を…」
『せっかく現世に来たんやから、キミへのお土産とか、今度キミと来た時に連れて行くスポットとか、厳選しててん』
「ア、アホかお前っ…!」
『せやから明日、お土産用意してから、虚退治して帰りますわ』
 どこまで本当かわからないが、ようやく情報らしい情報だった。
「呼び寄せる方法、教えろ!」
『明日ボクが退治してまうから、キミにはもう役に立てへん情報やで?』
「いいから、言え!」
 イライラしながら言うと、通信機の向こうでそっと笑ったような気配がし、やはりもったいぶるように一呼吸おいてから、
『…あいつはな、鈴の音が好きなんよ?霊気を絡めて鈴の音チリーンて鳴らしたったら、じきに聞きつけて現れよるで』
「…鈴…?」
『丁度今日、ええ鈴みつけてきたところなんや。ほれ、こんな音や』
 市丸の言葉に続き、通信機の向こうで、透き通るような鈴の音が凛と響き渡った。