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ボクの誕生日−5

   日番谷が振り返った先で、雛森がにこやかに、阿散井と立っていた。
 更にその向こうに、なぜか十一番隊の男臭い連中が集まっている。
「…お前こそそこで、何やってるんだ?」
 阿散井を睨みながら雛森に聞くと、阿散井が慌てたように、
「いやっ、俺はただ偶然そこで会って!」
「これから十一番隊で飲み会があるんだって!それに阿散井くんも誘われたんだって。で、あたしも来ないかって誘われたから…」
「ダメだーっ!お前、面子考えろ、女が一人で混ざるような集まりじゃねえだろ!」
 無邪気に言う雛森に、日番谷は反射的に目を剥いた。
 あんな乱暴な大人の男達の中に、雛森が混ざって無事で済むとは思えない。
「大丈夫だよ、阿散井くんもいるし、更木隊長とやちるちゃんも来るんだって」
「大丈夫じゃねえ、絶対ダメだ!阿散井一人で、お前を守りきれるわけがねえ!」
「あっ、言いましたね日番谷隊長!失礼ですよ!」
「じゃあ、シロちゃんもおいでよ〜vv」
 思いがけない切り返しに、日番谷は慌てた。
「そ、それは…無理」
「え〜、なんでー?あたしのことだけ、ダメとか言っといて〜!」
「ま、松本を呼べ、松本を!あいつがいれば、きっと大丈夫…」
「松本さんはよくて、どうしてあたしはダメなのー!!」
「ダメに決まってんだろ!」
 すぐにでも待ち合わせ場所に行きたいのに、このまま雛森をあんな会合に出席させるわけにもいかない。
「おい、まだか、更木隊長ら!ずい分前に先に出てたろ?また迷ってんのか、誰か探しに行けー!」
 二人が押し問答を続けていると、大声で言いながら、男達の中から斑目が出てきた。
「何やってんだ恋次、あ、日番谷隊長」
「斑目…!おい、お前からも言ってやれ、女一人で男の飲み会に入るのはヤベェって!」
「ひとりじゃないもん!」
「ああ見えてあいつら、気のいい人たちスよ?」
 日番谷、雛森、阿散井の言葉を聞いて、状況はわかったらしい。斑目は片方の眉を上げて、ニッと笑った。
「大丈夫ですよ、日番谷隊長。俺がいながら、不埒な真似はさせねえから」
 完全に信用はできないが、斑目に言われると、ちょっと詰まった。
「あれ、日番谷隊長、それ何すか、へえ〜、なかなかやりますね、酒でしょう?」
 酒に目がない斑目はすぐに気が付いて、目を輝かせた。
「丁度いいもん持ってんじゃねえすか。良かったら一緒にやりましょう!」
 舌なめずりをせんばかりに伸ばしてきた斑目の手を、とっさに日番谷は強く払った。
 これは、これだけは。
 ここで絶対に、渡すわけにはいかないのだ。
 命に替えても死守すべき、日番谷の大事な、大事な、

「俺の大事な酒に、触るなーっ!!!」

 雷のようなその怒声と日番谷の迫力に、斑目だけでなく、その場にいた全員が、凍りついた。




 お堂の隣に、一の柳。
 まっすぐ行って、二の柳。
 左に曲がって、三の柳。
 道なりに歩いて、四の柳…



 そこからまっすぐ待ち合わせ場所に行ったら早いだろうが、日番谷はその最短ルートがわからなかった。
 市丸が教えてくれたその場所は、十番隊からの道順だったからだ。
 もっと時間があるとばかり思っていた日番谷は、なんなら一度十番隊に戻ってから行けばいいと思っていたから、街からの道順は調べていなかった。
 四の柳までの道順なら、わかる。
 そのあたりならまだ十番隊に近く、日番谷もわかる辺りだからだ。
 だが、市丸の指定したのは、十の柳だった。
 どうしてそこなのかは、すぐにわかった。
 日番谷の十番隊の十と、自分の誕生日の十を引っ掛けているのだ。
 バカらしいなぞらえだが、ロマンチックともとれる。
 冗談ならオヤジ並みだが、そこに間違いない甘酸っぱい恋愛の匂いを感じて、日番谷はただ照れて、頷いた。
 一本一本柳を数えながら待ち合わせ場所に向かうというのも、恋人に会えるまでの距離をカウントダウンしているようで、逢瀬の粋な盛り上げ方のように思えた。
 誰にも見られないようなところで待ち合わせをしたいと言ったのは、日番谷の方だった。
 それに対し、ただ何もない、殺風景なその場所に彩を加えるような、市丸のその提案は気が利いているともいえる。
 だが今、その一本一本が、日番谷の鼓動をどんどん追い上げてきていた。
 待ち合わせの時間など、とうの昔に過ぎている。
 あまりに遅れすぎだった。
 柳を一本過ぎるごとに、手に提げた酒は重く感じ、市丸がまだそこで待っていてくれているのか、心配でたまらなくなった。
 いたとしても怒っていたら、こんな大きくて格好のつかない贈り物を提げた自分は、どれほど無様に見えるだろう。
 大人の市丸は呆れて、日番谷はやはり子供だったと思うかもしれない。
 卯の花にもらった勇気はまたもどんどんなくなってきて、一刻も早く辿り着かねばという気持ちと、もうやめにして帰ってしまいたい気持ちが心の中でぐるぐる回る。
(どうして俺、市丸なんかのためにこんな重いモン持って、市丸なんかのために焦って走ってるんだろう)
 よく考えたら、市丸が本当にそこで待っているかどうかも怪しいのに。
 あれもただの冗談で、日番谷をからかっていただけかもしれないのに。
 そうに違いないとずっと思っていたから、ずっと市丸の誘いなんか、本気にしなかった。


 突き当たったところに、五の柳。
 左へ行って、六の柳。
 橋のたもとに、七の柳…
 

 あまり早く行き過ぎても、早く会いたがっているみたいで図に乗らせると思ったのは確かだ。
 でも、遅れようと思ったわけではない。
 少なくとも、市丸が待っていてくれるかどうか不安で胸が潰れそうになるほど遅れていくハメになど、なるはずじゃなかった。
(やっぱり、オーケーなんか、するんじゃなかった)
 泣きそうになりながら、日番谷は重い荷物を左手から右手に持ち替えた。
 自分の気持ちを思い知らされただけで、辛い思いを味わわされるだけで、きっとこの後、ロクでもないことになるに決まっているのだ。
 それでも、走らずにはいられない。
 早く市丸の顔が見たいからなんかじゃない。
 今日が、市丸の、誕生日だからだ。

 川を上って、八の柳。
 右に向かって、九の柳。
 
 鼓動が激しすぎて、酒の重みによる手の痺れもわからなくなった。

 左に折れて、十の柳……

「市丸!」
 ひときわ大きな柳の下で、ぴんと背筋を伸ばして堂々と立っているその姿を見て、日番谷は思わず叫んでいた。