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ボクの誕生日−4

   ようやくマユリから解放されると、日番谷は一目散に市丸のところに向かいたかったが、重い酒の包みを根性で持ち続けていた左手が、限界を告げるように震え出していた。
 こんな様子を市丸に見せるわけにはいかない。
 とりあえず路地に入り、包みを膝に乗せて、壁を背に腰を下ろした。
(あー…。なにやってるんだろう、俺)
 やはり柄にもなく誕生日のプレゼントなど買おうとしたのが間違いだったかもしれない。
 手ぶらで行くことよりも、時間に遅れることの方が、よっぽど失礼なのに。
 それに、慣れないことをしたために、もしかしたらもらっても嬉しくないかもしれないものを買ってしまった。
 少なくとも、手渡しされても困るかもしれない。
 後日三番隊にでも送っておけばよかったのに、三番隊に、と店主に告げるそれだけのことが、できなかった。
 それに、…あの時は、きっとプレゼントをその場で手渡ししたら、市丸は喜んでくれるのではないかと思ってしまったのだ。
 喜ばせてやる必要など、冷静に考えてみたら、これっぽっちもないのに。
 膝に乗せた酒の包みは小さな子供の膝にはやっぱり大きくて、重かった。
(…こんなの、全然似合わねえ。無理バレバレだ…)
 自分に無理で似合わなくても、市丸には自然で、無理もない。
 だからこんなことになるとは、思ってもみなかった。
 そうまでしてこの酒を市丸に渡すべきだろうか、とも考えた。
 こんな大きな包みを持って現れたら、笑われるかもしれない。市丸はひと目で自分への誕生日プレゼントだとわかるだろうから、一体何を持ってきたかと、呆れるかもしれない。最悪皆みたいに、重そうだけど大丈夫か、などと言われてしまうかもしれない。
 いつもの調子で、包みがひとりで歩いとるみたいや、などと言われでもしたら、せっかく頑張って持って行った包みを、その顔面に投げつけてしまいそうだ。
 そんなふうに考えていたら、こんなものはどこかに捨てて、今からでも手ぶらで行ってやったらスッキリするように思えた。
(…てゆうか、なんで俺、あんな奴の誕生日なんか祝ってやらねえといけねえの…?)
 こんな重くて大変な思いまでして。
 だんだんブルーになってきて、このまま帰ってやろうかとすら思った時だった。
「あら、日番谷隊長じゃありませんか。どうなさいました、そんなところで。ご気分でも悪いのですか?」
「う、卯の花隊長!」
 またしても、予想外中の予想外の相手だ。
 日番谷は慌てて立ち上がり、背筋を伸ばしてしっかりと包みを下げた。
「いや、草履の紐を結び直していただけっす」
 また面倒なことになる前に、さっさと退散してしまおう。
 そう思い、それでは、と軽く会釈をして去ろうとすると、
「大きなお荷物…その形は、お酒ですか?」
「え、あ、お、俺が飲むわけじゃねえっす、その、贈り物…何がいいのか、わからなくて。大人はこういうの、好きかな、と思って」
 一応は隊長なのだが、相手が四番隊隊長の卯の花だけに、子供なのに酒など飲むのかと咎められたかと思い、慌てて日番谷は答えた。
「ふふ…贈り物。わかっていますよ、上等な包みですものね。喜ぶと思いますわ。何にしようか、一生懸命、考えられたんでしょう?」
 何でもわかっているように優しく言われて、日番谷の頬がカッと熱くなった。
「…こういうの、慣れてなくて…。でも、こんな大きくて重いもの、迷惑だったかもしれない」
 その独特な空気に飲まれて、思わず素直にそんな言葉が飛び出してしまう。
 泣きたいくらい落ち込んでいたから、誰かに吐き出したかったのかもしれない。
「迷惑なわけありませんよ。日番谷隊長が一生懸命相手のことを考えて選んだ贈り物ですもの。喜ぶ顔が目に浮かぶようですわ」
「そ、そうかな…?」
「もちろんです。そんな素敵な贈り物を贈る相手がいる日番谷隊長も、贈ってもらう相手の方も、とても幸せですね」
 その言葉に、さっきまでこんなもの捨ててしまおうとか、このまま帰ってしまおうとか考えていたのがウソのように、胸に染み渡るような幸せな気持ちが湧いてきた。
「…ありがとう、卯の花隊長。…俺、行かなくちゃ」
「そうですね。よい夜を、日番谷隊長」
 卯の花に深く礼をして、日番谷は踵を返した。
 どうしてこんな重いものを持って、どうして市丸なんかに会いに行くのかなんて、その答えは、ごく簡単なことなのだ。
 胸が熱くなるから。
 衝き動かされる衝動が、そこにあるから。
 …市丸の喜ぶ顔が、見たいから。
 だが、今度こそ誰が来ても相手にするものかと駆け出しかかった日番谷の背中に、
「あっ、シロちゃん〜!奇遇だね!どうしたの、こんなところで!」
「てめえ雛森!シロちゃんて言うな!」
 その声で反射的に振り向いてそう言ってしまうのは、もう身体に染み込んだ癖のようなものだった。




 市丸は柳の木に軽くもたれかかりながら、ぼんやりと日番谷を待っていた。
 藍染の言うとおり、何かの企み以外の理由で誰かをこんなに待っているなど、彼にはないことだった。
 これまで唯一市丸を動かすことのできていた幼馴染でさえ、待たせるのはいつも市丸の方だった。
 待つのが嫌いなわけではない。
 特に理由があって遅れてゆくわけでもない。
 あえて言えば、無意識のうちに、人と関係をもつことそのものが、億劫だったのかもしれない。
 嫌なことを後に伸ばす結果、市丸は時間にルーズで約束を守らないというイメージが定着してしまっていたかもしれなかった。
 と、いうことは、やっぱり日番谷は、特別なのだ。
 そんな市丸が、一秒でも早く日番谷に会いたくて、約束の時間よりもずっと前から、今か今かと待っているのだから。
 彼が現れる気配は、今のところまだ、全くなかった。
 藍染が街で見かけたと言っていたから、仕事は終わっているのだろう。
 自分のためのプレゼントを選んでくれているに違いないという見当は、あながち間違ってもいないと思っている。
 真面目な日番谷だから、遅れたことを上手に責めてやれば、ちょっと優位に立てるだろう。それが彼の自分に対する弱みになって、付け込む隙になる。
 次は、遅れんといてな?
 そんなふうに言ってやったら、自然に次の約束もできて、一石二鳥かもしれない。
 楽しくそんなことを考えながらも、早く会いたいのになかなか来ない日番谷を待つことにジリジリする気持ちもあって、その後も全く来る気配のない日番谷に、やがて市丸はひとつタメ息をついた。
(まさか来うへんいうことは…あの子の性格から、約束破るなん考えられへんけども、ボクのことほんまに切りたいんやったら、効果的な方法かもしれへん)
 もともと、まさかの承諾だった。
 近付くだけで、猫のように毛を逆立てて怒っていた日番谷が、やけにあっさり頷いたのだ。
 その可能性がないとも思ってはいなかったけれども、そんな気持ちで答えていたようにも見えなかった。
 それとも市丸のそういうものを読む力が、恋に目が眩んで弱まっていたのだろうか。
 ここまでの道に迷っているのだとしたら何かアクションをおこしてやるべきかもしれないが、日番谷は一人でなんとかできる男だった。
 どんな事情があるのかわからないから、下手なことはしない方がいいだろう。
(…もしもほんまに来ぃへんやったら、とりあえず阿近の弱みでも探ったらなあかんなあ…)
 考えが悪い方へ行きかかったのを感じて、市丸はさっと気持ちを切り替えた。
(可愛えあの子と抱き合うた代償は、どれくらいのもんやろか?…まあその前に、その詳細情報ハッキリさせなあかんけども。おっさんの話は、どこまでほんまかあてにならへんし)
 たった一人の少年が、ここまで自分の心を揺さぶってくるとは。
 他人事のようにそれに驚きながら色々と考えていると、またしても巨大な霊圧が近付いてきた。
 すごいスピードで行き過ぎようとして、
「あれっ、ギンギンだ〜っ!まだいたの?」
 可愛い少女の声で、その霊圧の塊が、再び市丸の前で止まった。
「なんでぇやちる!また同じところに戻ったみてえだぞ!」
「ギンギンこんなところで、何してるの?誰か待ってるの?まだ来ないの?」
 更木の追及をごまかすためか、純粋に無邪気なのか、やちるはズバッと聞いてきた。
「うん、まあね。ちょっと遅れとるみたいや」
「ちょっとって、だいぶ経ってるよー!」
「ははぁ、さてはフラれたな、テメエ」
 フラれた、という言葉が、やけに鋭く胸にぐっさりと刺さった。
 ちょっとそんな気はしていたが、言葉でハッキリ言われると、キツいものだ。
 だが市丸は、やっぱりそんな気持ちは顔に出さずに、
「そうかもしれへんね。せやけどキミらも、あれからだいぶ経っとるけども、まだお店みつからへんの?」
「こいつの言う通りに行くんだが、」
「すぐみつかるよー!ギンギンフラれたなら、一緒に来るー?」
 フラれたフラれたと繰り返さないでほしいが、本当にフラれたなら、本当にヤケ酒でも飲みたい気分ではあった。
 市丸にしては比較的気の置けない更木と、無邪気で可愛いやちると飲むなら、悪くない話ではある。
「う〜ん、そうやね…」
「おいでよ、剣ちゃんがすごい芸見せるよ〜!」
「何言ってんだやちる、芸なんかねえよ!」
「すっごくおいしいあんみつがあるんだって!」
「はは、それはええねえ」
 このままここで別れて日番谷を待っていたら、あと一刻後くらいに、またこの二人とここで会いそうな気もする。
 それはそれで、面白いような気もするが。
「誘ってくれて、おおきに。ボクはもうちょっと、ここで待ってみることにしますわ」
 にっこり笑って答える市丸に、更木が感心したように、
「根性だな、お前」
「そんなに好きな人なの〜?」
「うん、やちるちゃんとは方向違うけども、ほんまに可愛え子ぉなんよ?」
「ケッ、ノロけやがった」
「そうなんだ。早く来るといいね!」
「うん。おおきに」
 手を振って、また二人と別れた。
 二人の姿が見えなくなった頃、遠くで次の鐘が鳴っているのが聞こえた。