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ボクの誕生日−6

   可愛らしい足音が聞こえて、市丸は音を聞いた猫のようにピクリと反応して、顔を上げた。
 普段足音など決して立てない日番谷なのに、よほど慌てているのだろうか。
 普通に走っているにしては、少し変わったリズムだ。何か大きな荷物でも持っているような、…
「市丸!」
 次の瞬間現れた可愛い可愛いその姿に、市丸は一瞬声を出すことも、動くこともできなかった。
 本当に本当に可愛らしい天使が現れたかと、本気で思った。
 キラキラ輝く銀色の髪も、ハッとするほど綺麗な碧の目も、何度見ても見た瞬間、心を打たれる。
 日番谷は大きくて重そうな包みを提げていて、おそらくそれは自分への誕生日プレゼントなのだろうと、すぐに市丸は思った。
 大きさや形からして、それは酒だろうか。
 何を思ったのか一升瓶サイズで、日番谷がそれをここまで持ってくるのは、重くて大変だったに違いない。
 おそらくそれのせいでこんなに遅くなったのだろうとも、そのためにそんな泣きそうな顔になっているのだろうとも、すぐに予想がついた。
 そしてあんなに冷たく素っ気なかった日番谷が、今どんな気持ちで自分に向かっているのか、現れてその姿を見、目が合ったその瞬間に、わかってしまった。
 わかった瞬間にたまらなく愛しい気持ちで胸が一杯になって、市丸はただ呆然として、大きな包みを提げたまま、子供のように自分に向かって駆けてくる日番谷を見た。
 必死で駆けてくるその姿があまりに可愛くて、市丸は自分に抱きついてくるのだろうと思って、無意識に両手を広げた。
「市丸…!」
 そのままその腕に抱き締めた感触を思っただけで、痺れるほどの幸せと感動が胸に湧いた。
「…日番谷はん…!」
 誘い出されるように市丸も一歩出したが、飛び込んでくるとばかり思っていた日番谷はその前で足を止め、大きく息をついた。
「市丸、すまない、…俺…」
「ほんまや。ひどいわ。どうしてそのままボクの胸に飛び込んできてくれへんの?」
「えっ…」
 その細い手をさっと取って引き、つれない身体を強引に自分の胸に引きこんでやる。
 軽々と飛び込んできた、夢にまで見たその可愛い小さな身体は、夢で見たより細く小さく可愛らしく柔らかで、いい匂いがした。
 当然怒ってすぐにでも殴って離されると思っていたが、日番谷は息を飲むように固まって、小さく悲鳴を上げただけで、なすがまま抱き締められていた。
 その反応に、ますます鼓動が跳ね上がるのがわかった。

 こんなに遅れたのに、市丸は全く怒っている様子でもなかった。
 それどころか、日番谷がやって来たことそのものを、とてもとても喜んでいるように見えた。
 帰ってしまおうだなどと、どうして一瞬でも考えてしまったのだろうと、その瞬間、日番谷は思った。
 強い腕に引かれ、大きな胸に抱き止められると、自分の何もかもを受け止められ、包み込まれたような気がして、泣きたいほどに安堵した。
 今まで自分に触れてくることさえ決して許さなかったのに、当たり前のように抱き締められることすら当たり前のように感じて、頭がぼうっとなってくる。
(…あ、この着物、新しい…)
 ピシリとした肌ざわりや匂いで、それがおろしたてだとすぐに気が付いて、日番谷は市丸の胸に顔を埋めたまま、小さく笑った。
(ははは、すげえ気合い。ああ、もう、こいつが待ってねえわけねえよ。こいつは、きっと、きっと、…)
 これまで何一つ、一瞬だって信じられなかった市丸の、あの時の声に混じったと思った真剣なものは、きっと聞き間違いではなかったのだ。
 もう少し、もう少しだけ、それを確かめてやってもいいかもしれない。

 日番谷がようやく市丸の腕をほどき、顔を上げると、市丸は名残惜しそうな、残念そうな顔をしていた。
 だが、いつまでも抱き合っていてもしょうがないし、何より荷物が重い。
 日番谷が手に提げた包みをようやくようやく市丸に渡すと、市丸は目も当てられないほどデレデレの顔になって、ボクへのプレゼント?ほんまに?と言った。
 誕生日だから、と言うと、おおきに、と礼を言ってから、これは酒やね?とすぐに言った。
「ボクお酒好きなんよ。嬉しいわあ。これ、一緒に飲もいうことやね?」
「えっ、別に、違っ…」
 思ってもみないことを言われ、日番谷は慌てて否定するが、市丸があんまり嬉しそうに、幸せそうにしているので、言葉は途中で引っ込んでしまった。
「…ま、また今度、な…」
 それが次の約束になるなどということは、その時日番谷は気付きもしなかった。
 気付きもしないくらい、また今度市丸とふたりで会うことは、いつの間にか当たり前のようになっていた。
 市丸はとろけるように微笑んで、楽しみやね、と言った。
 それから酒の包を右手に提げ、左手をそうっと日番谷の左の肩に乗せ、そうっと優しく抱き寄せて、行こか、と言った。
 日番谷が持ったらあれほど似合わなかった大きな酒の包が、大きな市丸の手に提げられると、とても自然に見えた。
 ああ、と答えながら日番谷は、それがとても嬉しくて、酔うような満足感に満たされていった。






 更木とやちるが十一番隊の隊員によってみつけられ、ようやく店に辿り着いたのは、あれから更に一刻近く経った頃だった。
「まったく、心配しましたよ。どこ走ってたんスか」
 酒を渡しながら斑目が言うと、
「あのねー、ギンギンが柳の下に立ってたよー!」
 どこと言われても困るため、更木が黙っていると、やちるが元気よく楽しそうに言った。
「えー、市丸のことっすか、それ?柳ィ?どこの?」
「好きな子待ってたんだけど、フラれちゃったんだってー」
「市丸隊長の好きな子って、誰??!!」
 斑目を押しのけて、すぐに弓親が食いついた。
「乱菊さんのことかな?」
「あの人なら、向こうの店で飲んでるぞ?」
「あ、だからフラれたってことか」
「ああ、そうか」
 なんとなく納得して、また会は進んでいった。
「そういえば、日番谷隊長には驚きましたよね〜、一角さん」
 今度は阿散井が、思い出したように言い始めた。
「ああ。慌ててたっぽかったしな。一体誰に贈る酒だったんだろうな」
「雛森、心当たりねえ?」
「う〜ん、あんな日番谷くん、初めて見たよ」
 お前関係以外ではな、と阿散井は心で秘かに思ったが、誰もそれを口に出す者はいなかった。
「あれは、相当上等な酒と見た。惜しかったな〜」
「しかし、日番谷隊長の身体には、大きすぎる酒でしたね。送らせればいいのに、わざわざ手で持って、どこ行ったんだろ」
「着いた先でその場で開けて、飲む予定だったんじゃねえ?う〜、更木隊長、ちょっといい酒頼んでいいすか?」
「飲みたきゃ飲めよ、テメエの金で」
「あっ、つるりん、あたしはあんみつ〜!」
「つるりんじゃねえ、どさくさまぎれに俺にたからんで下さい!」
 話がそれてしばらくした頃、今度は雛森が思い出したように、
「そういえば、今日、市丸隊長のお誕生日だ!」
「えっ、そうなの?」
「うん、確か吉良くんが言ってたような気がする」
「ふうん、じゃあ奴は、誕生日に待ちぼうけ食わされたんだ。へへ、いい気味」
 阿散井は嬉しそうに笑って、酒のおかわりをした。
 最初にやちるが「フラれた」と言ったため、誰もその後想い人がやって来たとは、思わなかったようだ。
 うまくつなぎ合わせようとする者が一人でもいたらつながってしまう情報が飛び交いながら、十一番隊の飲み会で、その情報をつなげることができるような者は、誰一人いなかったという。



終わり♪誕生日おめでとう〜!