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ボクの誕生日−3

   適当に歩いて酒を奪い返しさえしたら、後はこっちのものだとばかり思っていた日番谷は、目的地に着くまで返してくれそうにない三人の雰囲気に、少々焦りを感じ始めていた。
 善意から言ってくれていることとはいえ、やはり少し乱暴で失礼でも、早いうちに取り返しておくべきだった。
 和やかに楽しく世間話や雑談などをしながら、酒の包みは三人の腕の中を、あっちへいったりこっちへ行ったりしているばかりで、いっこうに日番谷の元へ戻ってくる気配はない。
 そろそろこのへんでいいから、と言うきっかけを掴みかね、日番谷が心底困り果てていると、前方に見知った顔をみつけた。
「あっ、阿近!」
 天の助けとばかりに叫んで、日番谷はぱっと阿近に走り寄った。
 突然名前を呼ばれた阿近は驚いたように日番谷を見ていたが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「この間は世話になったな!」
 言いながら、感謝の意を伝えるボディランゲージのように両手で阿近の両手首を掴み、ぐいっと引っ張って頭を下げさせると、
「…悪いが、ちょっと俺に話を合わせてくれ!」
 小声で言うと、わけがわからないながらも頭の良い阿近は、すぐに小さく頷いた。
「…その礼というほどでもないが、いい酒が手に入ったんで、もらってくれるか?浮竹、ありがとう、こいつにそれ、渡してくれ」
 続けて大きな声で言って浮竹を振り返る。
「ああ、阿近くんへの贈り物だったのか」
 その言葉でようやく、ようやく、日番谷の酒は十三番隊の善意の泥沼から、阿近の腕へと渡った。
「じゃ、俺はこれから阿近とちょっと話があるから。重いのに悪かったな。助かったよ、ありがとう」
 日番谷が礼を言うと、三人は満足そうに頷いて、それじゃあまた、と言って去っていった。
「…はあ、助かった。ありがとう、阿近」
 今度は心の底から言って、日番谷は阿近を見上げた。
 阿近は少し照れたように、
「どういたしまして。…何だったんスか、あれ?」
「いや、なんと言うか、とにかく、助かった」
 日番谷が手を伸ばすと、阿近は、重そうですけど、大丈夫ですか?と同じようなことを聞いてきた。
 重いですけど、ではなく、重そうですけど、と言うところが、微妙に引っかかる。
 自分には重くはないが、日番谷には重いだろうというニュアンスを感じるからだ。
 腕力的には決して重くはなく、体格的に持って歩くのが辛いだけだとよっぽど言いたかったが、気にしていると思われそうなことが、また嫌だった。
「大丈夫だ、これくらい」
 言って受け取り、ようやく大切な酒を奪還したら、ホッとした。
 これくらい簡単に持てるし、たいしたことないと主張するためにも、胸に抱えるのではなく左手に下げて、全く平気だという顔をしてみせる。
 確かに重かったし、ちょっと肘を曲げないといけないところが辛かったが、市丸に渡すまでは、なんとかこれで貫くしかなかった。
 市丸に渡すまでは…。
 もうすぐ市丸に会って、これを渡すのだと思うと、またにわかに緊張してきた。
 今から行っても、おそらく時間には間に合わないだろう。
 怒っているだろうか。
 この酒は、喜んで受け取ってくれるだろうか。
「世話になったな。じゃあ」
 期待と不安と心配と、ちょっぴりドキドキするような気持ちをきゅっと胸に押し込めて日番谷が阿近に礼を言って去ろうとした時だった。
「ああ、阿近じゃないか。こんなところで何をしているのかネ?おや、日番谷隊長と一緒なのか。いいところで会った。先日十番隊から回ってきた依頼書だが、…」
 普段そうそう街など歩いていないような面々と、どうしてこうも次々と会ってしまうのだろうか。
 突然現れた十二番隊の涅マユリに、日番谷は大きく目を見開いて、眉を上げた。
 しかもマユリは、挨拶もそこそこに、突然仕事の話を始めてきたので、相手をしないわけにはいかなかった。
 内容的に阿近も関係があったため、阿近はそのまま隣に立っていた。
 こうなると、今更包みを抱えるわけにも、重そうな様子を見せるわけにもいかない。
 キリリと眉を上げ、背筋を伸ばしたまま、ただひたすら、早く解放されることを祈った。
(…チクショウ、こんな時に限って)
 遠くで時を告げる鐘が鳴っている。
 約束の時間を完全に過ぎてしまった合図だ。
 仕事で遅くなることもあるとは、言ってある。
 だが日番谷の心は、その音を聞いたとたん、胸が押し潰されるように、きゅうっと苦しくなった。
 


 仕事熱心な日番谷との逢瀬だったから、いくら口実が誕生日でも、仕事を優先される覚悟くらいはしていた。
 約束の時間を過ぎてもさほど気にすることもなく、市丸は相変らず高揚した気持ちで日番谷を待っていたが、
「やあ、ギン。何をしているんだい、こんなところで」
「…藍染隊長こそ」
 突然後ろから声をかけられて、市丸は顔をしかめた。
「ボクら、あんまり仲良うしとるの見られたらあきまへんやろ、今は」
「並んで立っているだけで仲良く見えるんだね、僕達は」
「そら、そない鼻の下伸ばしてはったら、そう見えるんちゃいますか」
 ははは、そうか、と、市丸の嫌味も気にした様子もなく、藍染は答えた。
「まあ、柄じゃないのはわかっているけどね。今日は君の誕生日だったなあと思い出したから。一応、お祝いの言葉くらいかけておこうかと思ってね」
「柄やないてわかってはるんやったら、やめときなはれ。気持ち悪いですわ。せやけど、おおきに。お気持ち受け取らせていただきましたから、さいなら」
「なんだい、今日はやけに冷たいね」
 藍染は市丸のことをとても気に入ってくれているようだったが、ただのスケベオヤジではない。
 何か企んでいるに違いないし、何よりいつ日番谷が来るかもしれないので、市丸が警戒しながらも少々苛々しながら言うと、
「誰かと待ち合わせかい?」
 最初からわかっているだろうに、わざわざそんなことを聞いてきた。
「当ててみせようか。日番谷くんだろう」
「わかってはるんやったら、邪魔せんといて」
「おやおや、彼はまだ来ていないのに、もう邪魔なのかい?僕がここにいたら、日番谷くんに会ってもらえないのかな?」
 言外に、お前と会っているところを他人に見られてもいいと思うほどには、彼はお前のことを好きではないだろう、と言っているのを読み取って、市丸はますますムッとしたが、顔には出さず、
「おかしなこと言わはる。ボクと一緒におるとこ見られて困るのは、十番隊長さんよりも、藍染隊長の方やないですの?」
「そうだね、こんなひと気のないところでわざわざ会っているんだからね」
 それは、こんなひと気のないところで待ち合わせをしている、自分と日番谷のことを言っているのだろう。
「藍染隊長?」
 市丸は作戦を変え、ゆったりと微笑んで甘えるように呼びかけた。
「心配ご無用て、何度言うたらわかってくれますの?邪魔されたら、よけいに燃えてまいますよ?」
「それもそうだ」
 くっくっと楽しそうに藍染は笑って、
「いやね、こんなところでのんきに待ち合わせなんて、ギンらしくないなあと思ってね」
「ボクかて待ち合わせくらいしますよ」
「ずい分待たされているようだけどね」
「そういうこともありますやろ」
「さっき街で、日番谷くんを見たよ」
「……」
「何やら十二番隊の阿近くんと、抱き合っていたよ?」
 そういうことか、と市丸は思った。
 そんなことを教えてくれるためにわざわざこんなところまで来て、ご苦労なことだ。
 だが、遊ばれていい気分がするはずはない。
「心配してくれはって、おおきに。せやけどそれもご無用や。あの子はきっと、ボクの誕生日にプレゼント買いに行ってくれはったんや。律儀で真面目な子ぉやからね。阿近くんとも、何もあれへんよ。本気やったら人前でそないなこと、逆にできへん子ぉやから」
「なんだ、つまらない」
 平然としている市丸に、藍染は本当につまらなさそうな顔をした。
「君は本当に、何も顔に出さないね」
 全く気にもならないと言ったらウソになることくらいは、お見通しらしい。
「まあいいや。あんな真面目な子を本当に落とせるのかどうか、ゆっくりお手並み拝見させてもらうから」
 どこから興味でどこから監視なのか、よくわからない。
 どちらにしろ、好きにしたらいいと思って、市丸は軽く肩を竦めて見せた。
「ああ、そうだ。忘れるところだった」
 行きかけて、藍染は足を止め、もう一度市丸を振り返った。
(まだ何かあるんかいな。さっさと去ね、おっさん)
 心で毒づきながらも、市丸は鷹揚に微笑んで、何か、と言った。
「誕生日おめでとう、ギン。心から、この日を祝うよ」
 日番谷や雛森などが見たらコロリと騙されそうな輝く笑顔で、藍染は軽く片手を上げて言った。